8.4.Side-鳳炎-朝顔


 牡丹雪が降っているが、それは背中に生えている炎の翼で全て溶けてしまう。

 それなりのスピードで飛んでいるのだが、炎が体を温めてくれるのでどれだけ速度を出しても濡れることはないし、寒くなることもない。

 自分の炎の能力は夏には苦しいものになるが冬であれば頼りがいのあるものになる。


 応錬たちより一足先に出立した私は、既に前鬼の里に到着していた。

 上空から一度里の様子を見てみたが、倒れていた家はほとんどなくなっており、驚異的なスピードで復興が行われている。

 流石、力のある鬼だ。


 鬼たちは応錬たちと共に姫様であるヒスイを助けに行った私の事を知っているので、門前から歩いていくのではなく、早々にウチカゲに会うために直で本丸御殿へと急ぐ。

 その玄関らしき場所に降り立ち、ようやく炎の翼を引っ込めた。


「ふぅ。こう見ると綺麗な里じゃないか」


 鉄製の槍を地面に突く。

 この槍は少しばかり重いが、全て鉄で作られているので頑丈である。

 だが素槍のしなやかさはないので、壊れるときは簡単に壊れてしまうだろう。


 だがそれでもこの槍は私にとっては貴重な物。

 初めて武器屋で作ってもらった思い出の品なのだ。

 無駄な装飾はなく、美しいフォルムの槍。

 一目見てこれがいいと決めた物なのだ。


「誰かと思えば、鳳炎殿でしたか」

「テンダであるか」


 気配を感じたのか、それともたまたま近くを通っただけなのか。

 テンダが本丸御殿から姿を現し、草鞋を履いて外に出てきた。


 だが以前とは少し身なりが変わっている。

 黒い一本の角、左目に眼帯をしており、服装は小豆色を基調とした綺麗な着物だ。

 そして腰には三尺刀が携えられていた。


「……普段はそのような服装なのか?」

「何もない時はそうですね。初めてお会いした時は武装しておりましたし」

「それに三尺刀……」

「ああ、これですか」


 テンダは三尺刀は使っておらず、普通の日本刀を使っていたはずである。

 長さが違う為戦い方に違いが出ると思うのだが、問題ないのだろうか?


 するとテンダは腰から三尺刀を抜き、その刀身を半身だけ見せてくれた。

 それは赤く燃えるような彫刻が施されており、刃はそれに相反するようにして白く綺麗な刃紋が波打っている。

 刀身彫刻……。

 自分が持っている槍が霞んで見える程に美しい形とその色使い。

 やはり日本の伝統を受け継いでいる鬼の技術には、どんな武器も敵いはしないようだ。


「実はこれ、名があるのです」

「名前、であるか? 普通は刀を打った者が名を付けるのではないのか?」

「はははは、実は我ら鬼が打つ日本刀は不思議なことに、打っている時に名が彫られるのです。鍛冶師が誰かの為に打つと名が彫られるのですが、それが俺の所にも届きました」


 テンダは刀身を全て抜き放ち、その三尺刀を光に当てる。

 だが今は雪が降って曇っているため、本来の輝きは見ることができなかった。

 しかしそれでも、曇天の中に浮かぶ赤い刀身は見る者を魅せつける。


「アサガオ。こいつの名です」

「……姿に似合わない名であるな」

「そうなのですか? 残念ながら俺はアサガオというものが何か良く知りません」

「花である」


 そう言って、私は炎操を使って朝顔を作り出す。

 漢字もこの世界にはないので、それも同時に炎操で書いて教えてあげることにした。

 

「夏から秋にかけて開花する花。色も様々だが、この花は一日で枯れてしまう儚い花である。花言葉は明るめの物が多く「明日もさわやかに」、「結束」、「愛情の絆」などがあるが、一つだけ「私はあなたに絡みつく」という不気味な言葉もある」

「ほぉ……。それはなかなか……。では、俺はこのアサガオに愛情を。そしてアサガオは俺に絡みつく。ふむ、なかなか良いかもしれませんね」

「ん……? いいの、か……?」


 何故だかいいようにとって満足してしまったようだ。

 まぁ彼がいいというのであれば、私がこれ以上言うことは何もない。


 何度か頷いて満足したテンダは、静かにその刀身を鞘に納める。


「して、今日はどういった御用で?」

「む、そうであった。ヒナタに会いたいのだ。またシムに頼んで会わせてはもらえないだろうか?」

「なるほど……。申し訳ありませんが、今は無理ですね」

「そうなのか?」

「はい。奥方様のあの技能は少々体に負担がかかるようで、一週間に一度しか使えないのですが……。以前は一時間ギリギリまで門を開いていただいたので、その負担が相当来ているらしく……。再度開いてもらうのはもう少し奥方様を休ませてからにしてあげたいのです」


 どうやらシムは今、自室で眠っているらしい。

 あの技能を使った後はあまり動くことができなくなるので、調査をさせに行くときは十分から十五分程度で閉じていたらしいのだが、前回は救出が目的だったので本当にギリギリまで開いてもらっていた。

 あの一時間という制限時間は、シムが門を維持できる限界だったらしい。


 それならそうと言ってくれればよかったものを……。

 応錬に心配かけまいと、救出に集中してもらおうとして無理をしたのだろう。


「お前たちは応錬の為になると自分の身を挺してでも役に立とうとするな……」

「はは……」

「まぁ良い。ではまた今度当たるとしよう。復興はどうであるか?」

「はい、それなら順調ですね。あと少ししたら落ち着きますし、ウチカゲも応錬様の元へと戻そうと考えております」

「それは朗報だ。テンダ。二ヵ月後……バミル領に鬼の応援を送ることはできるか?」

「何かあったのですか?」


 テンダは不安そうに聞いて来た。

 バミル領がガロット王国の領地だということは彼も知っている事である。


 私は今バミル領で起きようとしていることをテンダに伝えた。

 悪魔の襲撃。

 これが約二ヵ月後、バミル領で起こるのだ。

 もう二ヵ月を切ってしまっているので正確にはもう少し早めに援軍が欲しいという旨をテンダに伝える。


 それを聞いて暫く考えていたテンダだったが、すぐに目を合わせてきた。


「可能です。あと一ヵ月もあればほとんどの復興は終わるでしょう。後は職人のこまごまとした作業が残っているだけなので、数仕事はなくなると思います。ですが、向かわせられるのは、二百人が限界です。皆、まだ疲弊しておりまして、まともに機能するのは精鋭部隊だけかと」

「それだけいれば十分である。すまない、時間を取らせてしまった」

「いえ、この程度のことであれば何時でも。これも応錬様の案なのでしょう?」

「ま、そんなものだ」


 話は終わったので、炎の翼を広げて飛び立つ。


「あ、すまない! ガロット王国にも聞いておいてもらえないか!? 私ではあの国で顔が利かなくてな! 応錬の名前でも使ってくれれば大丈夫だ!」

「お任せをー!」

「頼んだ! ではな!」


 とりあえず緊急の目的は達成した。

 ヒナタに会えなかったのは残念だが、まだ時間はあるのでまた今度でもいい。

 無理をさせるわけにはいかないからな。


 よし、では私も、バミル領で戦の準備の手伝いをするとしよう。

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