4.36.鳳炎
俺と零漸は、入ってきた鳳炎と目を合わせていた。
マリアは俺たちがどういう関係であるのか知らないようで、頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
まさか鳳炎がまだここで活動しているとは思っていなかったため少々驚いたが、それは相手も同じだろう。
鳳炎は俺たちの姿を一拍遅れて認識すると……燃え滾るような赤い槍をこちらに向けて構えた。
「貴様ぁああああああ!」
「なん!?」
飛び掛かってくる鳳炎はそんなに早くないため、腰に未だ携えていた影大蛇でその攻撃に立ち向かう。
だがその前に零漸が前に出て、鳳炎の攻撃を片腕で防ぐ。
「なにぃ!?」
「ふん! 兄貴に攻撃したかったら俺を倒してみるんだな!」
「君ら表出ろ」
その声に俺はともかく、零漸と鳳炎はぎょっとした様子でマリアを見る。
マリアは何故かわからないが後ろに黒いオーラが揺らめいているような幻覚を発現させていた。
いや、実際には出ていないけど……出ている風でとても恐ろしいという印象を受ける。
二人はすぐに拳と槍を引っ込めて静かになる。
まぁここマリアの仕事部屋だしな……こんなところで騒ぎなんて起こされたくはないだろう。
「まぁまぁマリア。ちょっと話を聞いてもいいか?」
「これ以上暴れたら窓から放り投げるからね」
とりあえずマリアから許しを貰う事ができたので、話を整理してみたいと思う。
まず……なんで鳳炎は怒っているのだ。
槍を向けてきた方角からして俺に怒っているのだとは思うのだが……。
「鳳炎、お前何を怒ってんだ」
「はぁ!? 貴様忘れたとは言わさんぞ! あの声! あれは確実にお前の声だったはずだ!」
「だから俺がお前に何をしたって言うんだ」
「マナポーションを無理矢理飲ませたではないかぁ!」
……お?
…………ん?
いや、確かにあの時鳳炎にマナポーションを無理矢理飲ませた記憶はある。
確かあれはベドロックを討伐しに行く為に、あえて蛇の状態で進んで行ったときの話だ。
道中たまたま鳳炎の姿を見かけた俺は、間接的にではあるがマナポーションを飲ませられたことを根に持っていたので、鳳炎を拘束してマナポーションを二本ほど無理やり飲ませた。
だがそれは蛇の姿での話だ。
蛇になっている時の俺は人と会話ができなくなる。
それに、鳳炎に俺の姿を見られたという事は絶対にないはずだ。
何故なら俺は水の中に潜んでいたし、鳳炎は俺の蛇の姿を見たことがないはずである。
なのに……何故バレているのだろうか。
「おいおい……何で知ってんだ」
「やっぱりお前かぁああああ!!」
「ええええ!? 兄貴がそんなことを! 流石っす!」
「おいこらてんめぇそりゃどういう意味だ」
零漸の放った言葉に鋭く突っ込む鳳炎。
ていうか……鳳炎ってこんな口調だったっけ?
もっと……なんだろう……うざいかんじだったよな。
「貴様なんか失礼なこと考えたな」
「いやお前女か」
「男だっ──いや、そんなことは良い! お前の声が聞こえたんだよ! 声が!」
「……声?」
声……?
天の声か何かでしょうか。
「お前が笑っていたのを私は覚えているぞ! あの声は確実に貴様であった!」
「だが考えても見てくれ。俺はお前のせいで間接的にではあるがマナポーションを飲まされたのだ。村に火をつけた張本人のせいでだぞ?」
「ちょっと待って応錬君。それ聞き捨てならないんだけど」
「「あ」」
「貴様っ! よりにもよってギルドマスターの前でそれを言うか!?」
しまった口が滑った。
いや、だがしかしこれは鳳炎にとっては良い機会になるのではないだろうか。
だってマリアが知らなかったってことは、こいつまだ罪を償っていない。
あの時は俺が何とか消火活動をしたおかげで助かったようなものだし、こいつ自体は何もしていなかったようだしな。
よし、ここはマリアに任せよう。
「鳳炎君。これは一体どういう事かな?」
マリアギルドマスター。
その笑顔は怖いぞ。
「い、いや……えっと……若気の至りと言いますか……何と言いますか……。手加減を覚える前のことでしたのでぇ……」
「でも報告自体は上がっていない。何とかしたのね?」
「えっと……そこにいる二人のおかげで……」
「……貴方金貨百枚その燃やした村に寄付しなさい」
「なんとぉ!!?」
まぁ妥当な線だろう。
俺たちが想定していた金額よりも相当上がっているような気はするが……。
ていうか何こいつ。
幸運マイナスにでもなってんのかな?
めっちゃ運悪いじゃん。
鳳炎は随分と落ち込んでいるようだが、こいつなら何とでもなるだろう。
何故か死ななそうだし。
さて……そっちの話は終わったようなので、今度は俺が疑問に思っていることを解決させていきたい。
「鳳炎。お前……なんで俺の声が聞けたんだ?」
「……え? ……普通に聞こえたぞ?」
「あの時俺はとある事情で人に声が聞こえない状態になってたんだ。だがお前は聞こえた。何故だ?」
「え、何故って……んなもん分かる訳ないではないか」
まぁわからないだろうな……。
それはなんとなくわかっていたのが……ふむ。
「零漸」
「俺は何のことかさっぱりわかんないっす」
「だよな」
何故一瞬でもこいつに頼ろうとしたのだろうか。
つい数秒前の自分を誰か殴って欲しい。
「……すまんが……ここであったのも何かの縁。名前を聞かせてもらっていいか」
「あれ!? 名乗ってなかったっけ!?」
「尋問されて私だけ名前を聞かれたからなぁ!!」
そういえばそうだった。
俺たちが質問したり確認したりで、こいつが俺たちの名前を聞く時間などなかったからな。
「では改めて……俺は応錬。こっちは零漸だ」
「うっす」
「おうれん……れいぜん……。ん? 応錬、零漸か?」
「お? 無駄に発音が良いな」
初めて綺麗に俺たちの名前を呼んでくれたような気がする。
今まで出会って来た人たりもそれなりに発音は良いのだが、これは俺たちがこの世界の言葉に順応しているからそう聞こえているだけで、実際にはそんなに良い発音ではないはずだ。
だが鳳炎は非常に綺麗な言葉で……ここで言ってしまえば日本語で名前を呼んでくれた気がする。
「ま、マスター! 紙とペンを!」
「? はい」
マリアから手渡された紙とペンを鳳炎は奪い取るようにして机に広げ、何かを書き始めた。
それはすぐにできたようで、それを俺たちにばっと見せてくれる。
「こ、これが読めるか!?」
「ん? 鳳炎だな」
「え!? 兄貴!」
「なんだ零漸」
「こ、これ日本語! 漢字っすよ!」
「……ああ!」
今までこの世界の文字がなぜか読めるようになっていたから一瞬気が付かなかった。
確かにこれは漢字だ。
俺はすぐにそれを手に取って詳しく見る。
画数も書き順も綺麗に整っており、非常に美しい文字であった。
このような文字を、まさかこんな所で見れる日が来るとは思っておらず、俺はただそのことだけに感動した。
「お前……まさか……!」
「や、やったああああ! 私以外の日本人だああああ!」
鳳炎はそういうと、ばっと飛び掛かってきて俺と零漸をまとめて抱え、力強く抱きしめてくる。
時々すすり泣くような声が聞こえはしたが、こいつははじめっから一人でここまで生きてきたのだろう。
故郷の者と会えてどれだけ嬉しい事か。
それは、零漸も知っているし、俺も知っていることである。
とりあえず落ち着くまでこうしているとしよう。
「私は何を見せられているの?」
「そう言うなKY」
「けーわい……?」
「空気読めないって意味っす」
「はぁ!?」
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