4.35.報告と奴
少々離れた場所に降り立ち、俺たちは持っていた魔法石に魔力を込めて教会に戻ってきた。
全員無事なことを確認してから、今までにあったことを報告しに行くべく冒険者ギルドへと向かうことにする。
冒険者ギルドはいつものように賑やかであり、様々な冒険者が受付に並んで依頼を受けている最中だ。
「んー……」
「アレナ眠そうだな……。先に帰っとくか?」
「んー」
「俺が連れていきましょうか」
「頼めるかウチカゲ」
「お任せください」
随分長い間ダンジョンに潜っていた反動が今になってきたのだろう。
アレナもまだ子供ではあるし、よくもまぁあれだけ長い期間ダンジョンに潜り続けれたものだ。
とりあえず説明に必要だと思い、アレナからマップだけは受け取っておいてウチカゲと一緒に宿に戻ってもらう事にした。
ウチカゲはひょいとアレナを担ぎ上げて冒険者ギルドを後にする。
相当疲れていたのか、アレナはウチカゲの腕の中ですでに眠っていたようだ。
随分無理をさせてしまったな。
「じゃあ行くか」
「うっす!」
残った俺と零漸だけでマリアに報告をしに行くことにした。
冒険者ギルドはそれなりに歩き回ったので、ギルドマスターの部屋くらいは覚えている。
なので受付をすり抜けて直で部屋へと向かうことにした。
こういうことをしていると真っ先にやってくる奴らがいるのはわかっているが……俺たちだとわかったら別に何もしてこないだろう。
操り霞で場所がわかってはいるが、とりあえず無視して歩く。
何もしてこないのであれば問題ない。
すぐに部屋の前に辿り着いた俺たちは軽くノックをして中から聞こえてくる返事を待つ。
「どぞ~」
俺たちを見送った時とは比べ物にならないほどゆる~い返事をマリアは返してくれた。
それを聞いてすぐにドアノブに手をかけて部屋へと入る。
部屋の中にはソファに寝転がって優雅にくつろいでいるマリアがいた。
気になって仕事机を見てみるが、そこは綺麗になっており仕事自体は終わっているようだ。
では何も言うことは無い。
「よぉ」
「ん? ……っであ!?」
俺たちに気が付いてばっと飛び上がる。
そして何事もなかったかのようにキリッと表情を整えてもう一度俺たちに挨拶をしてきた。
「やぁ! 応錬君!」
「お前その切り替えは無理があるだろ」
「だよねー!」
素直に認めるのであれば始めから普通にしておいて欲しい。
マリアは諦めてまたくつろぎはじめ、俺たちに座るように勧めてくれた。
それに素直に従ってマリアと向かい合うようにソファに座る。
「あー……そうだった……君たち攻略してきたんでしょ?」
「ご明察」
「仕事増やすな!」
「知らんな」
「あーはいはいわかったわよー……。とりあえずお疲れ様。でもなんで直々に報告しに来たの?」
それを話しに来たのだ。
「話が速くて助かるが……あれは本当にBランクダンジョンなのか?」
「その筈よー? 何かあったの?」
「いや……ウチカゲもいたからわかったのだが明らかにあれはBランクダンジョンではなかったぞ?」
それから俺はマリアにダンジョンのことを全て説明していった。
まずは洞窟内にいたあの蜘蛛の事。
異常な数とその頭の良さを説明し、洞窟内に設置されていたネズミ返しの事も教えておいた。
それを説明した途端、何かわからないことがあるといった風にマリアは首を傾げる。
「ちょっと待って? ねぇ、その蜘蛛の素材とか持ってる?」
「ああ、ウチカゲがその蜘蛛の牙が解毒薬になるってんで回収したぞ」
そう言って魔道具袋の中から牙を取り出す。
時間がたって色が抜けたのか、気持ち悪い色から白い色に落ちていたが……これで理解してくれるだろうか。
牙を渡すと慎重に手に取って牙を見回したマリアは、難しい顔をして顎に手を当てていた。
「でも数は多かったけど強くはなかったっすよね」
「それは俺が水で殺したからだ。実際に一匹一匹と戦って見ろ」
「ああー……あの数は面倒っすねぇ……毒もあるし俺じゃなきゃ死んでますね」
数もそうだが、大きさも大概だった。
蜘蛛のくせにあんだけでかいって一体どういう了見なのだ。
おまけに入り口も最悪だ。
一回降りたら中々出られない。
出れないことは無いだろうが、その前に襲われるんが目に見えているからな。
「ケイブスパイダー……」
「ああ、そういえばウチカゲがそんな奴だって言ってたな」
「あり得ない」
マリアはそう言うと、牙をポイっと机に放り投げて本棚を漁り始めた。
乱暴に本を投げているのを見て零漸が一生懸命キャッチしていたが……何をそんなに焦っているのだろうか。
「ちょっ! ほ! はっ! せいや!」
「その無駄な運動神経もっと別の所に使ってくれ」
「あった」
「なにがっすかっいだぁ! くないわ」
最後の本だけキャッチできずに頭に当たったようだが、別に零漸にダメージはない。
思わず痛いと言ってしまうのは、ゲーム内で自分が操作するキャラがダメージを受けた時に痛いと言ってしまう時と同じような物だろう。
条件反射だ。
そして、マリアの手には一つに地図が握られていた。
それをすぐにこちらに持ってきて机の上に広げる。
「これ見て」
「なんだこれ」
「あのBランクダンジョンの地図よ」
「何?」
それを聞いて広げられた地図をよくよく見てみる。
随分と綺麗に書かれているようで、細部までしっかりと書き記されているようだ。
だが……何かが違った。
まず一層目。
これはアレナが書いていた地図と全く同じである。
真っすぐな道で、横幅が非常に広い。
二層目。
これも"ほぼ"同じである。
ダンジョン内にある冒険者キャンプがあった広い空間があり、その先に道が続いている……。
が。
「ん?」
二層目から三層目に降りる道が階段だった。
三層目の地図を見てみると、そこからはアレナの書いていた地図とは全くの別物だ。
しばらくの直線の後に扇状に広がりながらダンジョンが伸びている。
だがアレナの地図はまず降りる道が穴であり、階段ではない。
ダンジョンの形も全く違っていて、同じダンジョンに本当に潜ったのかと疑問に思えてくる。
「おいマリア。これは本当にあのダンジョンなのか?」
「間違いないわ」
「これを見てくれ。これは俺たちが潜った同じダンジョンの地図だ」
そう言って魔道具袋からアレナの書いた地図を取り出してまだ空いている机に広げる。
マリアはそれを見比べるようにしながら驚きの表情をしていた。
「どういうこと!?」
「道が変わっているのは二層目からだ。おそらくここ」
俺が示した場所は、アレナが冒険者キャンプから違う洞窟も見ていこうと言い出したあの場所である。
そこから地図が大きく変わっていた。
今マリアが持ってきた地図がどれほど前に書かれた物かわからないが、それなりに紙は新しい。
とは言っても再度綺麗に書かれただけで、本当にそれが最近の物なのかははわからないが……この地図の変わりようは少し異常である。
「マリア。これはどれくらいに書かれた地図なんだ?」
「一昨年よ。依頼としてAランク冒険者にこのダンジョンのマップを全て埋めるように指示したことがあるから間違いないわ」
「見逃したっていう可能性は?」
「そのパーティーには感知技能を持っている人を入れていたはず。だからその可能性はないに等しいわね」
「となるとこれは……」
「ダンジョンが拡張された」
そんなことがあり得るのだろうか。
ダンジョン自体が生きているとは思えないし、今更拡張だなんて人の手が入らない限り不可能だとは思う。
とは言ってもここは異世界……。
もしかしたらそう言うことは普通にあるのかもしれない。
「こういうことは普通なのか?」
「異例中の異例に決まってるじゃない。ねぇそれよりも……何層まであったの?」
「全部で十五層だ」
「この地図では八層までしかないわよ」
階層もほぼ倍違う。
つまり俺たちは全く同じ入り口から全く違うダンジョンに突き進んで行ってしまったという訳か。
通りで冒険者いねぇわけだよ。
とりあえず他の事もマリアに報告しておくことにする。
あのダンジョンには宝箱もあったし、他にもいろんなフロアボスが出てきた。
後は無限に出てくるムカデ水晶。
あれはマジで面倒くさかった。
そして最後の極めつけが、鏡越しに映った俺たちの偽物と戦うことになってしまったという事。
これが一番重要だ。
そんなものは聞いたこともない。
「君ら……良く帰ってこれたわね……」
「最後はマジで怪我人出たけどな」
「うっす……」
「君が怪我するって相当ね」
「なんせ俺の偽物だったからな」
流石に零漸が怪我してしまったという事には焦ったが……まぁ俺の大治癒と回復水にかかればこんなものどうってことは無い。
これが言えないというのがなんともむず痒い所ではあるが。
「ん!? ていうか十五層分全部地図書いたの!?」
「あ、熱心な子がいたもんでな……」
「そこまでしてくれる冒険者他にいないわ……」
子供とは無駄に物に執着するときがある。
アレナはそれが出てしまったと言う所だ。
良く最後まで飽きなかったとは思うが、あれは重要なことだし、覚えさせておいて損はないだろう。
マリアが言うように、そう言ったことをしてくれる冒険者はいない様だし、これは重宝されること間違いなしである。
「ねぇ、この地図売ってくれない? 相当の値段で買うわ」
「俺は構わんが、それは書いた張本人に聞かないとわからんな」
「じゃあまた明日来て頂戴。これ、早く調べないとまずいわ」
まぁ確かにあのダンジョンを放っておくのは良くないだろう。
何かの拍子であそこにいる魔物が出たのであれば、周囲にいる冒険者では歯が立ちそうにないからな。
「あ、そういえば俺も魔術強化が発動したっすね」
「そういやそうだったな」
「え、なに?」
「零漸は土地の性質を読み取って自分の力に変える技能を持ってるんだ。それがダンジョン内で発動した」
「俺も初めての事だったんで、何がその発動条件なのかわからないっすけどね」
まぁ、零漸の大地の加護が発動したという事は、その場所だけ土地の性質が変わっているという事だ。
それが何を意味するのかは、結局よくわからなかったが、そのせいで強い敵が出てきたのではないかと俺たちは踏んでいる。
「なるほどね……ありがとう。こっちでそれは調べてみるわ」
「でも気を付けろ? あらかた間引いたつもりだが……まだ敵はいるかもしれんからな」
「とりあえず明日にでも調査させに行くわ。あの前に地図買わないとだけどね」
「ああ、わかったわかった」
ん?
そういえば、今回俺たちの行ったダンジョンには誰も入っていないという事になるのだろうか。
だとすれば……あの宝箱は一体誰が……。
それをマリアに聞こうととしたとき、誰かが勢いよく扉を蹴り開けて入ってきた。
「ギルドマスター! 居られるかっ!」
「あ」
「あ」
「ん? あ」
俺と零漸はその人物に見覚えがあった。
赤い髪、そして真っ赤な槍を携え、眩しいくらいに白い武具を着こなした人物……。
俺がマナポーションを無理やり飲ませ、零漸の青空事情聴取室が開かれた根源となったやつがそこにいた。
「鳳炎か」
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