2.46.訪問


 今日は本当に訪問客が多い。

 髭面の奴隷商。

 そしてアスレ・コースレットの家臣である二人に続き、アスレ・コースレット本人が出向いてくれていた。

 騎士の格好とほとんど同じだが、マントを着ている。

 一目見ただけでも上の人物ということがよくわかった。

 だが想像していたより若い。


 しかし敵の総大将が自らこの城に来るとは……一体どうなっているんだ。

 だが、来てくれたということは、もしかすると話し合いが終わって軍を引くことになったのかもしれない。


 と思ったのだが……どうやらそういう訳ではない様だ。


「お初にお目にかかります。前鬼の王よ。私はコースレット家三男のアスレ・コースレットと申します」


 右手を胸に当てて一礼をする。

 これが貴族の作法だろう。

 ライキは本陣に座ったままで挨拶をした。


「アスレ殿か。まさか総大将が自ら赴いてこられるとは思わなんだ。わしはこの前鬼城の城主、ライキじゃ。できれば王ではなく城主と呼んでくれた方が違和感がないの」

「そうでしたか。ではこれからはそのように」

「して、どういった用件で総大将自らこんな所へ来なすった?」

「……はい……。それが──」


 アスレは家臣たちが報告してくれたことを王都に報告したのだが、王と兄は全く取り計らってくれなかったという。

 それどころか奴隷商に騙されていたということを利用してこの城を攻め滅ぼし、自らの国の兵力を他国に見せつけることを目的としていた。


 アスレは奴隷商に利用されていること、前鬼の里の者たちに敵意はないということ、そして噂は嘘であったということを全て話したにも関わらず、王はこの城を攻め滅ぼせと命令したのだというのだ。


 このことを聞いた家臣二人も大層驚いているようで、話している最中であるにも関わらず「それは本当なのですか!?」と声を荒げてアスレに聞いていた。

 だが残念ならがらこれは事実であるようだ。

 でなければそもそも総大将がこんなところまで一人で来るはずがない。


「……と、いうことなのです……」

「ふむぅ……」


 流石のライキも難しい顔をしていた。

 それもそうだ。

 真相がわかれば流石に兵を引き上げるかと思っていたのだが、そうはならなかった。

 このままでは確実に戦いが始まってしまう。

 家臣たちが話をしに来た時までは良かったのだが……こうも状況が変わってしまうとは思ってもみなかっただろう。


 ここに居る鬼たちも、アスレが悪い奴ではないということは既に分かっているはずだ。

 アスレは王に全力で説得を試みたが失敗した。

 しかしそれでも諦めずにこちらに一人で赴いたのだ。

 相当の覚悟がなければできる芸当ではない。

 誰一人として、アスレを責める鬼はいなかった。


「アスレ殿よ」

「なんでしょうか……ライキ様」

「お主、人質を取られておるであろう?」

「!? な、なぜそれを……」


 ライキは口元を隠しながらアスレに告げた。

 その予想は当たっているらしく、初めてアスレが動揺した。

 先ほどの話では人質の事は一切触れていなかった筈。

 ただの現状報告だけだ。

 それだけでどうして人質がいるということが分かったのか、アスレも家臣たちもわかっていないようだった。


 ライキは真剣な面持ちになり、少し間を開けて話すあの口調でアスレに何故分かったのかということを伝え始めた。


「……簡単なこと。アスレ殿、お主は失うものがなければ此処には来ていない。何もなければすぐに兵を引き返すじゃろう。ここに来る必要がないからの。何もなければ誰も悲しむことはない。だがお主はここに来た。何か下手なことをすれば妻か子を殺すとでも言われたのであろう? でなければ国の事情を全てわしに話したりなどせぬはずじゃ」


 確かにライキの言う通りかもしれない。

 話を聞くに、王とその息子である長男はクズだ。

 全てを話したにもかかわらず自国の力を見せつけるためだけに、意味のない戦いをさせようとしている。

 そんな話を他国の主にすることは、普通であればないだろう。

 実際にその王に会ったことがあるわけじゃないが、これからも会いたいとは思わないな。


 そんな王と兄にアスレは戦うことを強制させられた。

 既にアスレは王と兄には失望しているだろう。

 であればすぐさま兵を引いて全力で説得をするはずだ。

 最悪攻め入ることになりそうだが。

 こればかりは国の頭が考えを変えるか、国の頭を挿げ替える限りは変わらないことだしな。

 だがそれができない理由はある。


 人質。

 それか揺るぎない忠誠心。

 この場合は忠誠心はもうないと思っていいだろう。

 話の中で王と兄のことを普通に悪く言っていたしな。

 となれば残る理由はただ一つ……人質だ。

 アスレはこの状況を何とか打開するため、ライキと直接話をしてなにか打開策を講じようとしていたのだろう。


「……妻と……娘が……おります」

「……そうか。私情を持ち込まなかった事は称賛に値する。なかなかできることではない。恐らくだが……お主がそのまま帰れば家臣たちの家族も捕まるだろう。他人ごとではないのだぞ、そこの家臣二人」

「「!!」」


 事の重大さは理解していたが、危機感は感じていなかったらしい二人の家臣に、ライキは言葉を投げるける。

 家臣二人は、これからどうなってしまうのか固唾を飲んで見守っている。


「すまない……ジルニア、ターグ……。お前たちを巻き込んでしまった」

「そ、それは……アスレ様も同じでございましょう……」


 流石に思うところはあるようだが、同じ境遇にいるのだ。

 一方を責めることなんてできないだろう。


 しかし……これからどうするというのだ?

 相手方もこちらももう戦う意思はない。

 だが戦わなければアスレたちの家族の安全は保障できない。

 クズである王の事だ。

 こういうことはちゃっかりやるだろう。


 それに、戦わなかったという事実が漏れでもすれば、ガロット王国自体に大きな負荷がかかる。

 民たちはそれを言及してくるだろうな。

 本来であれば国民に事情を説明するのが一番いいのだが、それは王の仕事である。

 だが、今の王がそんなことをするとは思えない。

 奴隷商の噂を利用するなんて言っているしな。


 俺的にはもう戦うしか穏便に済ませれない気がする。

 ていうかもうこっちの方が強いんだぞって言わせてもいい気がしてきた。

 しかし、それだとどちらも甚大な被害が出ることは避けられないだろう。


 ライキは少し考えた後、その三人を見据えたまま話を始める。


「……お主らの家族を守り、勝敗は別としてこの戦を終わらせる方法が三つある」

「! ……ライキ様。それは……」

「わしらと戦うか、アスレ殿よ。お主が死ぬか、わしが死ぬかだ」


 その言葉に、アスレとその家臣は言葉を詰まらせた。

 それはこちら側も同じで、テンダもウチカゲも驚いている。


 確かに今の現状を考えると、勝つか負けるかのどちらかしかない。

 そして一番被害を抑える方法は、大将だけが死ぬこと。

 敵の頭を潰せば敵は戦う意味をなくす。

 そういう意味でライキはこの選択肢を用意したのだろう。


「選ぶのだ。アスレ殿。わしらと戦うか、お主が死ぬか、わしを殺すか」


 考える猶予を与えないといった風に、ライキはアスレに問い詰める。

 家臣は心配そうにアスレを見ていたが、どこか諦めている表情も見て取れた。

 それもそうだろう。

 この選択肢の中で一番被害が出るのが鬼たちと戦うこと。

 これは誰の目から見ても明白だ。

 もし、ライキが死ねばこの城の城主はいなくなる。

 しかし、ライキには後継者がいない。

 この中で争いが起きる可能性もあるだろう。


 だがそれ以前に、アスレがライキに死んでくれと言えるはずもない。

 あの選択肢はアスレに死ねと言っているようなものだ。

 恐らくこの場にいる全員がわかっていることだろう。

 アスレはしばらく考えていたが、すぐに意を決したように言い放った。


「……私が死にましょう。これが一番被害が少ない」

「アスレ様!」


 アスレの決断に家臣は叫ぶが、その決断が変わることはなさそうだ。

 アスレの決断にライキは深いため息をついた。

 安堵しているような、怒っているような。


 アスレはすぐに防具を脱ぎ始める。

 自分の前に丁寧に防具を並べていき、鎖帷子も取った。

 アスレはこの場で死ぬ気なのだろう。


 家臣はそれを何も言わずに見つめている。

 だがその腕は震えていて、これ以上何もできない自分を恨んでいるようにも思えた。

 今まで付き従ってきた主をこんな形で無くしたくはなかっただろう。


 アスレは全ての防具を取り外し終えたようで、片膝をついていた。

 ただ、武器だけは持っていなかったようだ。


「……お恥ずかしながら武器を貸していただけませんでしょうか?」


 その言葉を聞いたライキは、また深くため息をついた。

 今度は誰にでもわかりやすいようにわざと大きく声を出していた。

 そして大きく息を吸った。


「愚か者が!!!!」


 こんな老体のどこからそんな声が出るのかというほど大きな声で怒鳴った。

 その声は三の丸まで聞こえたようで、待機していた兵がこちらを向いているのが見て取れる。

 その声は周囲をビリビリと震えさせ、若い鬼たちは尻もちをついてしまっていた。

 それはアスレとその家臣も同じだった。

 流石のテンダたちも、急に怒鳴ったライキに驚いているようだ。


「お主はまだ若い! そんな風に命を粗末にするものではない! それにお主がいなければ国はどうなるのだ! お主が変えねばならんだろう! お主が変えねば誰が国を変えるというのだ! 実に愚か! 目の前にある選択肢にだけが答えだとは限らぬのだぞ! 見えぬものを見よ!」


 先ほどよりは大きくないが、それでも怒気の篭った声はこの場を震え立たせた。

 こんなライキは見たことがない。誰もがそんな表情をしている。

 アスレたちも呆気に取られていて、まだ立ち上がろうとすらしていなかった。


「若造! お主はそれで良いのか!? お主のような才のある者がこんなところで死に、後を任せられぬような王や兄に、国を任せてよいのか!? どうなのだ!」

「……ま、任せられません……」

「であろうが! だったら死ぬことを選ぶな! 生きて国を変えるのだ! 若造! お前にはそれほどの力がある! 自信を持て!」


 ライキはいつの間にかアスレに近づいて腕をとって立ち上がらせていた。

 アスレはまだ困惑した表情は消えないが、何処か吹っ切れたような顔だちになっていた。

 ライキは手を手刀の形にして、アスレの首を軽く数回叩いた。

 そのあと力強く肩を叩いてやっと手を離す。


「若造。今ので先ほどのお主は死んだ。死を選んだお主は死んだのだ。今は生きることを選んだお主がここにいる。さて、お主が今からすることは何だ?」

「…………皆が生きて帰る道を探ることです」


 長い沈黙の後、アスレは不可能に近い最善の策をライキに伝えた。

 だがライキは肩を竦めることも一笑することもなかった。

 むしろ称賛した。


「……ご明察。良い案だ。だが安心せよ。既に考えてある」

「既にそこまで……一体どのような……」


 ライキは一度鼻で笑い、城下全体が見える石垣のそばに立った。

 そこで俺たちに振り向いて、大きな声でその策を伝えた。


「模擬戦じゃ!」


 その場にいた全員の頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がった。

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