6.26.理由
目の前には血を口から吐いている悪鬼がいた。
既に内臓はボロボロの筈で、立っているのも不思議なほどではあるが、未だに俺の方を睨みつけている。
まだ戦う意思は残っている様だ。
あの波拳をもろに喰らってまだ立っているとか……。
零漸でも激痛が走るらしいというのに、何というタフさだ。
もう一発くらい入れないと倒れてくれそうにはない。
鳳炎とライキももう何処かに飛ばされてしまったし、無事かどうかも分からない。
鳳炎に限っては不死身なので何とでもなると思うのだが、ライキが心配だ。
何処かに身を潜めてくれていたらいいのだが……。
「ゴフッ……ガハ……」
「もう無茶すんなって。よっ」
俺は乗っていた岩から降りて、悪鬼と同じ目線に立つ。
また空気を殴られて爆風を起こされても困るので、今はその対策に空気圧縮で空気を固めて展開している。
殴る瞬間に破裂させれば、威力は落とせないかもしれないが、軌道を変えることくらいできるだろう。
ていうかこいつ、なんでここまでして戦おうとするんだ。
「おい悪鬼」
「……ガラク……だ」
「ああ、そう。じゃあガラク。お前、なんで姫様攫って行ったんだよ。お前らのことは分かんねぇけどさ、悪鬼になるのを必死に堪えてる姫様を、悪鬼にする為にここに連れて行くのはちげぇだろ。元鬼だろお前も。姫様攫った他の鬼はどうした? まだ仲間がいるだろう」
「……仲間、は死んだ。生き残り、は私とゴウキだけだ……」
……なんだって?
何で仲間が既にいないんだよ……。
つっても嘘だっていう可能性もあるが……ここまでこいつが暴れまくってるのに他の悪鬼が来ないのは確かに変だ。
音聞いてこっちに来てもおかしくはない。
「仲間は、現世に行くと死ぬ。ここは悪鬼にとって、は過ごしやすい場所だが、現世は空気自体が毒。あり得ない速度で寿命が削られ、灰となる」
「……そう言えば、ラックに乗っていた時に服を何着か見たな……」
ウチカゲとアレナが誰かと対峙しているのを見た時、その周辺に服が何着落ちているのを見た。
不自然だったから目に入ったのだ。
数までは把握していないが、随分と綺麗な物だったという事は覚えている。
ガラクの話が本当であれば、灰になって消えた悪鬼が来ていた服という事になる。
あの場で悪鬼の大半は死んでしまったのか……。
「まぁそれはいい……。で、理由は? なんかあんだろ。仲間犠牲にしてでも連れて来たかった理由が」
「あるが……!」
そこでガラクは腕を振るって空気を殴ろうとする。
胸に激痛が走り全力では振るえなかったが、それでも火力としては十分だ。
しかし、そこでガラクの拳が破裂する。
「っ!?」
「お前の周囲に爆弾を仕掛けてある。動けば全部爆発させるぞ」
これは脅しではない。
動かれて負けるのはこっちだからだ。
もし大きな技を撃つようであれば、本当に全部破裂させて怯ませなければならない。
一個空気圧縮で圧縮した空気を破裂させて見てわかったが、これだけでも十分悪鬼には通用する様だ。
殴ろうとした腕が破裂したからな。
だがすぐに再生し始めている。
あまり有効ではなさそうだが……数うちゃ当たる。
威力は申し分ないし数も揃っているので、今は優勢かな……?
「で? 理由は?」
これだけは聞いておかなければならない。
こいつは敵だが、俺も好き好んで誰とでも戦いたいという訳じゃないんだ。
避けられる戦いなら、避けたい。
その理由によって、この戦い自体を止めることも出来るかもしれない。
初手であんな攻撃されたから話し合う機会が無かった。
だが今はできる。
何としても、その理由を俺は聞きたい。
「……理由……か。私、は人間が好かん。故、に何故ここに人間が来ているのかも、理解できん。鬼に手を貸す人間、などいない」
「俺は人間じゃねぇ」
「!? ……ぐ、ぐはははははは! なわけなかろう! どう見ても、人間、のそれだ」
「ていうか質問の答えになってねぇ。姫様攫った理由を俺は聞いてんだよ」
「話したところで分かる物かぁ!!」
ガラクが足を上げた為、すぐに周囲の空気を破裂させる。
ベドロックも吹き飛ばした技だ。
ガラクは破裂と同時に躍るように吹き飛びまわり、地面に倒れた。
だが再生して、またゆっくりと立ち上がる。
攻撃は脅威だが、その速度は遅い。
その前に何か手を打てば、簡単に対処することが出来た。
「で、どうなんだ?」
「しつ、こい!!」
「『波拳』」
「!!?」
泥人分身体を地面から生やし、足を軽く殴った。
泥人に波拳を使わせて殴り、足の筋繊維をボロボロにする。
それだけでガラクは立てなくなり、ドシャリと地面にまた倒れた。
だが地面に腕が近いと俺の攻撃が間に合わないかもしれない。
そこで、泥人による派遣で両肘、両膝を破壊しておく。
また再生されるかもしれないが、また聞きなおす時間くらいはあるだろう。
「がああああ……ッ!」
「話聞けよ。どうなんだよ。なんで姫様攫った! 答えろこの阿呆が!」
「泣かぬ鬼など、哀れであろうが!!」
「……」
ようやく聞けた。
だがそれだけでは良く分からない。
もう少し詳しく聞こうとしたが、スイッチが入ったのかガラクは愚痴をこぼす様に俺に向かって言葉を投げつける。
「泣いてはならぬなど、誰が決めた!」
倒れている状態で腕を噛み千切り、再生させる。
再生した腕で、今度はもう片方の腕を。
「テンマの娘だぞ! テンマは死んだ! 泣いてもいいのだ! だがテンマの死を悲しまぬなど、哀れで仕方がない!」
両腕で足を千切り、また再生させる。
既にボロボロであるにも関わらず、戦えるようにわざと手足を千切って再生させた。
それ程の執念がガラクにはあった。
「悪鬼になれば泣いても良いのであれば! 悪鬼にさせて泣かせれば良い! だから、私は……」
「……姫様は、ずっと泣いてたぞ」
力を籠めて喋っていたガラクは、それを聞いて固まった。
「……な、に?」
「テンマがまだ生きているという錯覚……いや、思い込みをしているようではあったが、好きな時に好きなだけ泣いてたぞ。俺が前鬼の里を出る時、帰って来た時、テンマが死んだときも泣いたって聞いてる。ショックで生きてるって思い込むようになったんだろうけどな。もしかしたら今も泣いてるんだろうけどよ、それは恐怖による物だろ」
これは本当のことだ。
姫様は割と好きな時に泣いていたように思える。
俺が見ている時に泣いていたのは、大体俺が前鬼の里から出て行くときくらいだったが、他の場所でも泣いていたと思う。
我慢という物があまりできない子なのだ。
今はシムに色々教えられている様だけどな。
その辺はあまり分からない。
「嘘を、言うな」
「嘘じゃねぇよ」
「で、では何故悪鬼、にならん……。何故……」
「いや、知らんがな……だけどな……」
理由なんて知らない。
姫様は悪鬼になろうとしていたが、そこまで深刻な物ではなかった。
元気だし、良く笑うし、良く泣くし、ちょっと我儘だけど性格は普通に良い。
悪鬼になる様なそぶりも見せなかった。
それに力を使った所を見たこともない。
「今までここに閉じこもったお前が! 姫様の気持ちわかった気になってんじゃねぇよ!」
「がっ!」
ガラクの所まで歩いていき、防御貫通だけを使って普通に殴り飛ばした。
威力は弱いが、それでいい。
俺が全力で殴り飛ばせれたのだから。
普通に殴っても素の力が強いので、結構吹き飛んだ。
それに少し驚きはしたが、とりあえず手を払ってガラクに問う。
「まだやるか!?」
「……一度……挑ん、だ勝負で負けるわけ、にはいかん……。そう言えば名前を聞いていない」
「応錬だ」
「……応錬か。では、去らばだ」
「は?」
ガラクがそう言った瞬間、自分の首を刎ね、もう片方の腕で心臓を貫いた。
頭がごとりと落ちた後、体の方も倒れて傷口から血が止めどなく流れていく。
まぐれではあるだろうが、転がった頭は応錬をしっかりと見据えていた。
まだ、死んではいない。
「ふふ……ふ、し、しき、し『死鬼骸』」
そこで、完全にガラクの目の瞳孔が開いた。
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