9.31.阻止するために


 限りなく俺に似たような服を着ている奴こそが、地の声だった。

 彼女は俺の進化先のことについてもよく知っている。

 だから、進化に必要な覚悟も、こんな夢の中での空間ではすることができないと断言したのだ。


 恐らくそれは、他の声たちも思っている事だろう。


「まずは自己紹介。さっきも言ったが私が地の声。そんでこっちの爺さんが陸の声。こっちのふわふわしてんのが空の声だ」

「よろしくの」

「よろしく」


 お年寄りらしい声をしている陸の声に比べ、あまりにも容姿とかけ離れたぶっきらぼうな挨拶をする空の声。

 空の声は鳳炎が持っている特殊技能だったはずだ。

 あいつが虫食ってたからこの子こんなになっちゃったのかな。


 って今そんなことはどうでもいい!


「いや自己紹介とかどうでもいいっす! 早く俺を起こしてくれっす! 神様なんでしょう!?」

「そのつもりだよ。でも、君に掛けられた呪いがちょっと厄介でね……」

「呪い!?」


 うぐぐ、俺に呪いの耐性はないっす!

 ってそうだ、俺の映像もスクリーンに映ってるんだったっす。


 クライス王子も気になるが、まずは自分の現状を知っておかなければならない。

 俺がいる場所はクライス王子の寝室と思われる場所であり、そこにはバスティも倒れている。

 そして俺の周りに四人のローブを着た人物が立っており、何かの呪詛を唱えていた。


 自分の腕に何かの絵の具で模様を描いている。

 あれは何だろうか。

 そしてその模様はクライスの腕にも書かれていることに気が付いた。


「……あれは何すか?」

「よく気が付いたね。あれは奴隷紋だよ」

「どっ!?」

「今君とクライス君は、奴隷紋によって完全に拘束されている状況にある。君は戦力として使われるだろうね」

「何とかならないんすか!?」

「難しいと思う。多分喋れる言葉も制限されるだろうね」


 なんすかそれ!

 そんなこと簡単にできるんすか!?


 で、でもこの状況だと……クライス王子を人質に取られそうっす……。

 奴隷紋ってどんな効果があるんすか?

 それを知っておかないといけないっすね。


「行動の制限、言葉の制限……まぁいろいろ都合の良いように設定できる」

「くそゲーっす……。これ神様の力で何とかできないんすか!?」


 天の声たちは神だ。

 地の声、空の声、陸の声も同じようなものだろう。

 大体のことはできていいはず。


 だが、そう簡単な事ではなかったようだ。


「僕たちはこの空間にいる間は、世界の生きている生物に干渉することができないんだ」

「ぐぅ……! こいつら何の目的でこんなことをしてるっすか!?」

「戦争だね。それも悪魔による手引きによって」

「また悪魔っすかぁ!?」


 なんでいっつもこうなるっすか!

 俺が動けない時に限って問題が発生しまくっているっす!

 ていうか警備はどうしたっすか!

 ざるっすねぇ!


 ……ちょっと冷静になるっすよ。

 ここで騒いでいても問題が解決するわけじゃないっす。

 これを何とか応錬の兄貴や鳳炎に伝えないと……。

 だけど行動、言動が制限されるかもしれないっすから、もしかしたら伝えることができないかもしれないことも考慮しておかないとっすね。


 そもそも何でバルパン王国の人間は王子誘拐をしたっすか?

 これが悪魔の手引きだとしても、何かしらの理由が……。


「! 戦争によって、自分たちの手を使わずに人間を減らそうとしている……?」

「ご明察。流石元諜報員だね」


 そういうことっすか……。

 戦争を仕掛けられる理由としては、王子を誘拐した時点で簡単に作られているっす。

 王子が誘拐されて黙っているサレッタナ王国ではないと思うっすからね。

 そこまで回りくどいことをして人間を殺したいんすか、悪魔って奴は……!


 何とかしなくちゃいけないっすけど、これ、俺の決壊で壊せたりしないっすかね……。

 破壊行動も制限されてるとなれば、もうどうにもならないっすけど。


 とにかく俺がまずしなければならないことは、目を覚ますことっす!

 動けなければ何もできないっすからね!!


「とにかく早く起こしてくれっす! 何とかならないんすか!?」

「できるよ。でも起きるのは半日後だね」

「それじゃ間に合わないっすね……。あれ、でも神様は干渉できないんじゃなかったっすか?」

「君たちに魔物の情報や進化のことを教えているのは誰だと思っているんだい? 君たちになら、多少は融通が利くんだ」

「なるほどっす」


 まぁ細かいことは無視しておけばいいっすね。

 とにかく起こしてもらうことが何より先決っすから。


「じゃあさっさと起こしてくれっす!」

「はいはい……分かったからちょっと離れてね? おまけに起こすのは僕じゃなくて地の声だよ。じゃ、後お願いね」

「りょーかい」


 地の声はそう言うと、パンッと手を合わせる。

 その音を聞いた瞬間に、俺の意識は暗転していた。

 気が付くと、そこは王子の自室であり、俺はベッドで寝ている状況だ。

 だがすぐに寝たふりをする。


 周囲の気配を感じ取ってみれば、数人の人物がそこにいたからだ。

 今は休憩をしているらしいが、それであれば命令を聞く前に潰してしまえばいい。

 そう思って数を確認する。


 五人。

 大したことない数だと思いながら、爆拳一発でまとめて殺してしまおうと考えた。

 距離が少し離れているので、貫き手は少し難しい。

 声を出される前に始末するのが、今回の勝ち筋。


「『爆拳』!! ……あり?」


 状態を起こして技能を発動させたが、爆発は起こらなかった。

 ただの正拳突きが繰り出される。

 それに気が付いた五人のローブを着た人物は、こちらを向いて不敵に笑う。


「座れ」

「っ!?」


 がくんと膝が落ちて跪いてしまう。

 抵抗してみようとするのだが、全く意味がない。

 体が言う事を聞かないというのが一番正しい表現だろうか。


 とりあえず自己強化だけはできるようなので、何をされてもいいようにそれだけは発動しておく。

 自動発動の技能だが、自分の意志で使うことによりそれはもっと強化される。


 すると、ローブを着た人物が話し出す。


「簡単に状況を説明する。お前は今奴隷となり、我らには逆らうことができない。そしてクライス王子にも同じ物を施しているので逃げることは叶わない。更に、呪いをかけた」

「!? 奴隷紋が呪いではない……!?」

「その通り」


 すると、隣にいたもう一人のローブを着た人物が、水晶を取り出した。

 それは映像水晶と呼ばれるものであり、小さなスクリーンが映し出される。

 そこには完全に拘束されたクライス王子がいた。


「クライス王子!」


 俺がそう叫ぶと、何故か苦しそうにクライス王子がもがき始める。

 だがそれは数秒であり、すぐに落ち着いたようではあったが、相当苦しかったのか息を荒げていた。


「何をした!」

「呪いだよ呪い。お前がクライス王子のことを口にするたび、同じようなことが起こる。俺たちのこと、この状況。クライス王子を助けるためにお前が口にした言葉が、クライス王子を殺す要因になる」

「な……!?」


 声たちはそんなこと言ってなかったじゃないか!!

 なんで呪いのことを教えてくれなかったっすか!?

 厄介な呪いって言ってたのに!


 ……これ、俺があいつらを急かしたからっすかね……?

 ぐぬぅ、これからは人の話は最後まで聞くっす……。


 でも……制限された行動、助けを求めることができないこの状況……。

 俺、完全にクライス王子を人質に取られてしまったっす……。


 応錬の兄貴、鳳炎、アレナ……!

 ごめんっす……!!

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