8.32.魔神ルリムコオス


 悪魔というには似つかわしくない神々しさを漂わせながら、上品なお辞儀をしたルリムコオス。

 余りの敵意のなさに違和感すら抱いてしまう。


 これが悪魔?

 天使の間違いではないのだろうか。

 今まで会ってきた悪魔のほとんどは暗い色をしていた。

 だがこのルリムコオスだけはその根本から違う。


 嫌悪さを一切感じさせない。

 それどころか温かみすら感じさせる。


「……皆さん、武器を降ろしましょう」

「いいのか?」

「はい」


 ウチカゲがそう言い、自身の熊手の鉤爪を元の位置に戻す。

 俺も影大蛇を完全に納刀した。

 他の三人も手を下げて構えを解く。


 こいつがそう言うのであれば、問題はないだろう。

 確かに悪い感じはしないし、なんなら凶悪な技能を持っているようにも思えない。

 ただ先ほどの瞬間移動が気になるところではあるが、あれも害のある物ではなかった。

 更に、彼女は俺たちをもてなしてくれている。


 警戒を完全に解いたわけではないが、今のところ敵意は見られない。

 何かあればウチカゲが速攻で対処してくれることだろう。


 そう思ってウチカゲを見ると、小さく頷いた。

 大丈夫、こいつの速度であれば相手が急に襲ってきたとしても、俺たちが武装する時間くらいは稼いでくれるはずだ。


 警戒だけはせず、俺はルリムコオスと目線を合わせる。


「……応錬だ」

「警戒されるのは最もですが、ご心配なさらず。危害を加えるつもりはありません。もしそうであれば、この家に足を踏み入れた時に貴方たちは死んでいます」

「恐ろしいことを言うもんだ」

「事実ですよ」


 変わらない笑顔にうすら寒さを感じる。

 自信がある、というよりそうなるのが普通であると言っている感じがした。


 ルリムコオスはゆっくりとした穏やかな動きで、椅子に座る。

 そして机の上にあった紅茶の入ったカップを掴み、それを口に運んだ。


「そうですね……。少しでも信じてもらう為に、私の技能についてお話いたしましょう」

「技能の開示?」

「はい。私の技能は万物破壊、ただ一つです」


 そう言って、ルリムコオスは飲んでいた紅茶を机の上に零す。

 びちゃちゃっとまき散らされるが、指を軽く振るとその紅茶は消え、カップの中に戻った。


 これが破壊……?

 壊す技能ということなのだろうが、今見せてくれたものは破壊とは何の関係もないものだ。

 時間を戻す技能と解釈するのが普通である。

 しかし嘘をついているようには見えない。


「それが、破壊なのか?」

「はい。紅茶を零したという事象を破壊しました。なので元に戻ったのです」

「無茶苦茶な……」

「技能とは、そういうものです」


 その発言に、鳳炎が食らいつく。


「お前は技能について何か知っているのか!?」

奄華えんげの生まれ変わりですね。この疑問は漆混が持っていたのですが、今回は貴方が気付かれたのですね」

「この技能っていうのは何なんだ!? はっきり言って異常だ! 生まれ持って使えていいものではない!」

「その通りです」


 ルリムコオスは鳳炎の問いに深く同情し、頷いた。

 技能、それは強力すぎる力。

 子供であっても持っていれば天割を使うことができるだろう。

 大人でも修行方法で様々な技能を手に入れることができる。

 だがそれは自分の力ではない。


 ある種の決められた動きを再現しているだけのもの。

 この世界で努力して獲得できるものは“魔術”だけだと断言してもいいだろう。


 技能は決められた動き、形、その事象を“再現”しているだけなのだ。

 鳳炎は、その事に昔から気が付いていた。

 強すぎる自分の不死能力と確殺炎技能。


 不死能力は死んだら子供になってやり直すもの。

 確殺炎技能、絶炎は燃え移ったら消えないという理が捻じ曲げられているもの。

 そう“設定”されているのだ。


 鳳炎は問うた、技能は異常なものであると。

 ルリムコオスはそれを肯定した。

 だが、それだけだった。


「……それだけなの?」

「はい。私は“その通り”、とだけしか貴方たちに伝えることができません」

「なんで!」

「呪いだからです」


 淡々と答えていく彼女に、鳳炎は歯を食いしばる。

 いつもそれだ、何を聞こうにもそうやって返される。


「なんの……話をしているの?」

「私も分かんない……」

「……申し訳ない、俺にもわかりません。応錬様、鳳炎殿、どういうことなのですか?」


 技能はここにいる全員が持っている。

 これに幾度となく助けられた者も多いだろう。

 だからこそ、今の鳳炎の発言を聞いて全員が困惑していたのだ。


 だが、これを説明しろと言われても無理だ。

 どう説明すればいいのか分からない。

 言えるとするならば……。


「技能は危険なもの、そういう話だ」


 捉え方は様々だ。

 人を殺せるから危ないのか、自分にも危害が加わる可能性があるから危ないのか。

 使いこなせば使いこなす程強くなれる技能という存在。

 増えれば増える程戦略の幅が広がる技能という技。


 信じて止まなかった技能という自分の中の一部が、何なのかと問われて答えられる人間は少ないのではないだろうか。

 武器だ、技だ、そう言う者もいるだろう。

 身を守る術だ、そう言う者もいるはずだ。


 だがそんなありきたりな答えを聞いているのではない。

 誰が考えたものなのだ?

 どうして君はその技能を使えているのだ?

 見たことも聞いたこともない技能を、さも当然のように使っているが、それは一体……どこからきたものなんだい?


 ……ここまで問い詰めて、答えを見出せる奴が居るのであれば、それは賢者か、もしくは理を外れた存在か何かしかいないだろう。


 俺も最初は考えもしなかったことだ。

 だが鳳炎に一度、サレッタナ王国の城壁の上で言われて考えた。

 ここまで引っ張ってくるようなものではないと思ってはいたんだけどな……。


「ゆっくりお話をいたしませんか? まずは座っていただけると、私も貴方たちを見上げずにすむのですけど……」

「それもそうだな」

「え、ちょっ……大丈夫なの?」

「さっきの破壊っていう技能見ただろ。あれは事象を破壊することもできる。さっきの瞬間移動も、玄関からここまでの移動という事象を壊したんだ」

「ご明察♪」

「う、嬉しくねぇ……」


 つまり、俺たちがここにいる間は、相手の手の平の上。

 処刑台に立ってギロチンが降ろされるのを待っている状態だ。

 殺そうと思ったら殺せるんだよな……こいつ。


 魔神と呼ばれるだけの力はあるようだ。

 強すぎる技能ゆえに一つしか所持してはいないが……勝てっこねぇよなこんな奴に。


 俺は用意されていた椅子に座る。

 流石に抹茶や菓子に手を付ける勇気はないが……ここまで来たら腹をくくろう。


「話をしよう」

「よろこんで」

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