8.33.話をしよう


 ウチカゲ以外の面々は、用意された椅子に座った。

 流石に座っていたらすぐに対処できないだろうからな。

 こいつの間では意味ないかもしれないけど。


 とりあえず、俺たちは話し合いの場を設けてもらった。

 この、悪魔に。

 まだ警戒は解けないが、相手は俺たちが話をしてくれる姿勢を見せたことで上機嫌になっているということが分かる。


 ただこの悪魔は、全てを知っている。

 それを俺と鳳炎は見抜いていた。


「お話の前に一つだけ、宜しいでしょうか……」

「なんだ」

「アトラックは……」

「僕が死んだのを見た。何かを伝えようとしていたけど、悪魔はて……だけしか聞けなかったな」

「そこまでは話しているのですね。夫ながら素晴らしい功績です」

「……悲しまないのか?」


 ルリムコオスは夫の死を嬉々として受け入れているように感じられる。

 口調もそうだ。

 大変喜ばしいことだと言っている風に思う。


「すいません……。私は感情を表情に出すのが苦手らしくて、この顔だけで今まで取り繕ってきました」

「それも呪いか?」

「これは違いますね~」


 軽く笑いながら、置いてあった紅茶を飲み干した。

 静かにカップを置いた後、両手を膝の上に置く。

 そのあと、俺が問いかける。


「悪魔の目的は」

「伝えられません」

「初代白蛇、日輪との関係は?」

「伝えられません」

「レクアムとの関係は?」

「利害の一致、ですね」


 こいつらにとってレクアムの情報はさして問題ではないらしい。

 あいつは自分の研究室を壊したがっていた。

 とは言えあんまり悪魔に関する物はなかったわけだが……。


「詳しく」

「レクアムはサレッタナ王国を壊したいと考えていました。自分の魔法で。その為に研究を続けていたのです。おおよそ、自分の力を試したかったのでしょう」

「お前たちは何故それに加担した?」

「先ほども申し上げましたが利害が一致していたからです。サレッタナ王国の破壊は悪魔も考えていたことなのです。バミル領についても」


 そこでアレナが立とうとする。

 だがそれを俺は静止した。

 キッと睨みつけてくるが、今どうこうしたって何かが変わるわけでもない。


「落ち着け」

「でも応錬……」

「分かっている。だが堪えてくれ」


 ここで動くのは、駄目だ。

 恐らくだが、この悪魔の攻撃範囲は広い。

 風が止んだあの場所までは、こいつの攻撃範囲である可能性が高いのだ。


 一つしかない技能。

 風が吹いたという事象を壊し、温度の低下という現象も壊しているのだ。

 こいつに攻撃したいのであれば、あの外まで行かなくてはならない。

 そうでなければ、一発で俺たちの首は飛ぶ。


「聞きたいのですが、どうして逃げなかったのでしょうか。しっかりと逃げる時間も作りましたし、それ相応の対応もしたつもりです」

「ルリムコオス。毛を逆なでするな」

「それは申し訳ございませんでした。ですが不思議でして……」

「貴方たちの価値観と、私たちの価値観を一緒にしないで」

「……申し訳ございません」


 意外と素直に謝った。

 一体何なんだこいつは……。

 感情を煽ったり急にしおらしくなって謝ったり……。

 良く分からんぞ。


 だが話を聞けば答えてくれる。

 何を考えているか分からないが……あの洗脳能力を持つ悪魔は嘘を言っていなかったな。


 そこで、頭を抱えていた鳳炎は感情を爆発させる。

 机をダンと叩き、食器を揺らした。


「お前たちは……一体何なんだよ……。もう分からないことだらけだ! 呪いってなんだ! 目的って何!? 僕たちをここに呼んだのはやっぱり殺すためなのか!? あいつは嘘をついていなかったが嘘をついていたのか!?」

「イウボラですね。いえ、彼は嘘をついていません。私は貴方たちが無事にバミル領へと帰れるようにしようと考えています」

「じゃあ教えてよ! 僕はお前たちが敵なのかどうか分からなくなってきた! 言えない理由があるならそれを教えてくれよ!」

「伝えると、私たちは死ぬのです。そういう、呪いなのです」

「解呪方法は!?」

「ありません」


 そこでまた鳳炎は机を叩く。

 どうしようもないではないかと、小さく恨めしそうに呟いた。


 何をどうしたって、これ以上聞けることはない。

 言葉を発せないこの呪い。

 解呪方法がないのであれば、もう俺たちにできることはないだろう。


 結局何も、分からなかった。

 無駄足もいいところだ。

 俺たちはこれからどうすればいい?

 悪魔たちがやろうとしていることを止めるほかにない。

 どんな理由があろうとも……。


 そこで、恐る恐ると言った様子でリゼが手を上げた。


「一つだけ……いいですか?」

「一つと言わず、私が答えられるものであれば何個でもいいですよ」

「あ、はい……。あの……貴方は、いや悪魔たちは、人間をどう思っているんですか? 嫌いなんですか? 好きなんですか?」


 何を突拍子もないことを聞くのだと、誰もが思った。

 そんな質問、答えは一つしかない。

 悪魔は人間たちを滅ぼそうとしているのだ。

 その理由は分からないが……。


 ルリムコオスはその質問に大層感心したようで、初めて驚きという表情を見せる。

 その後、綺麗な笑みを浮かべてこう言った。


「“大好きです”」


 今までとはまったく違う笑顔。

 作りものではない本当の笑顔を、彼女は俺たちに向ける。

 まるで母が子を慈しむような美しすぎるその表情を見て、俺たちの思考は停止した。

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