8.31.小さな小屋


 道中、風が急にきつくなり始めた。

 ラックはともかく鳳炎はこれ以上飛んでの移動ができなくなったため、仕方なく歩いて向かうことになった。


 雪山登山などしたことがないので、今俺たちは技能をフル活用して登山に挑んでいる。

 まず鳳炎には炎翼を出し続けてもらい、寒さを緩和してもらっていた。

 俺は土地精霊で雪の道を歩きやすく加工。

 更に無限水操を出して凍らせ、それを壁にして風を凌いでいる。


 凍っても移動させることができるということが分かったので、とりあえず四枚作って風を防いでいた。

 壁は透明だし、地面は歩きやすいようにしているので、歩く速度はそれなり速い。

 俺たちは着実に目的地へと進むことができていた。


 しかしそこで一つの問題が発生していた。


 ドドドドッ!!


「うぐ!?」

「応錬大丈夫!?」

「あぶねぇー……。ここの風強すぎるだろ……」


 雪を巻き上げる程の強風。

 そして作り上げられる登り氷柱。

 これが俺たちの行動を著しく制限していた。


 歩きやすいが、進みにくい。

 かれこれ一時間はこんな感じで進行を妨げられている。


 何とかならないものかとは思うのだが、流石に自然相手に勝とうというのは無理な話だ。

 だが確実に目的地へは向かっているはずなので、今はリゼを信じて歩いていくしかない。

 あと少しだとリゼは言っていたが、見えるのは登り氷柱と雪だけである。

 本当にこの道であっているのだろうか。


「スンスン……。あの先ね」

「あそこか」


 どうやらもう近くに来ていたらしい。

 その事にほっとして、また歩みを進めていく。


 すると、強かった風がフッと止んだ。

 ゴウゴウという音もなくなり、なんなら寒さすら感じなくなってしまっていた。

 全員がその異変に気が付き、先頭を歩いていた鳳炎がまず外の様子を見る。

 凍った無限水操で作った氷から顔を覗かせた。


「小屋があるよ。風もないし温かい……」


 それを聞いて、俺は展開していた氷を地面に置く。

 本当に風もなく、雪が積もっているというのに温かい奇妙な空間。

 そしてその奥に、小さなとんがり屋根の小屋があった。


 こんな所によく家なんか建てられたなと感心する。

 建材を運ぶだけでも重労働だろう。


 俺は操り霞を小屋の中に集中させる。

 すると、そこにいる何かと目があった気がした。

 ぞっとするほどの冷たい視線。

 すぐさま操り霞を引っ込めたが、その視線は未だにこちらに突き刺さっている気がする。


「……いるぞ……」


 俺の言葉に、全員が身構える。

 リゼは見たことがあるだけで、面識は一切ない。

 なので実質初めて対面することになる。

 後は相手の動き次第ではあるが……どうなるか。


 暫くすると、小屋の扉がゆっくりと開く。

 だが中からは誰も出てこない。

 しかしその開いた扉からは、俺たちを招き入れているようだと感じることができた。


 影大蛇に手を置いて、俺が先頭を切る。

 その後方に熊手を展開したウチカゲが付き、後の三人と一匹はゆっくりとついてきてくれた。


 そして、小屋の中へと足を踏み入れる。

 最初に感じたのは良い匂いだった。

 何処かで嗅いだことのあるとても懐かしい匂い。


「……抹茶……?」


 リゼはそう呟いた。

 言われてみれば、そんな匂いのような気もする。


 それに気が付いた瞬間、俺たちは知らない間に客間にいた。

 フッと景色が変わったのだ。

 目の前には、大きな湯飲みに入った抹茶と和菓子が用意されている。

 それも人数分。


 だがラックだけは外に放り出されたようだ。

 俺たちを心配する声が聞こえてくる。


「……」

「……」


 警戒。

 俺は影大蛇の鯉口を切り、ウチカゲは目隠しを外して集中する。

 アレナも小太刀を取り出して構え、鳳炎とリゼは後ろを警戒してくれていた。


 これだけの狭い空間で戦うのは難しいかもしれない。

 加えて相手は俺たちをテレポートするような技能を持っている。

 厄介だとは思ったが……どれだけ時間がたっても襲ってくる様子はない。


「……冷めますよ……?」


 沈黙を破ったその声に、全員が反応する。

 反射で動きかけたウチカゲだったが、俺は片手でそれを制止した。

 その後、悪魔の姿をまじまじを見てみる。


 背の低い色白の悪魔。

 金の角と翼を有しているが、その翼はボロボロだ。

 だがそれを隠すようにして宝石やネックレスのような物が飾り付けられている。

 白く綺麗で上品な服を身に纏い、その服装にふさわしい丁寧な動きで高貴さを漂わせていた。

 その中で輝く彼女の赤い目は、明るい服の中にあったとしても非常に印象の強い瞳であった。


 鳳炎は直感する。

 この感じは、アトラックとあった時と同じもの。

 有り得ない程の不気味さをアトラックからは感じたが、今回もそうだ。

 それは悪魔なのに天使のような服を着ていることに起因しているのか、また再現されていた。


 あまりにも美しすぎる悪魔。

 悪魔と呼ぶのが憚られるほどのその立ち振る舞いに、全員の思考が停止する。

 これが魔神なのかと。


「お初にお目にかかります。生まれ変わりとその仲間たちよ。私がルリムコオス。魔神アトラックの妻です」

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