3.17.子供救出


 無事に館内に侵入した俺たちは倉庫を目指す。

 館を入って左に曲がって、道なりに進んだ後分かれ道が見える。

 そこをまた左に曲がって突き進み、右手に見える扉を二回ほど無視した次の扉が倉庫だ。


 鍵はかかっていないようなので、ちょっとだけ扉を開けてその隙間を通って中に入る。

 物が乱雑に置かれているがそれを飛び越えて隅にある地下室への扉を見つける。

 見つけた後は窓を割っておいてすぐに脱出できるようにしておく。

 館の窓は日本と違ってでっかいから脱出が楽そうだ。


 だがここで問題が発生した。

 地下室の扉に取っ手がないのだ。

 流石魔術師……こういうところは魔力を流して開けたりするのだろう。

 ウチカゲも俺もそんなことはできない。


「応錬様、どうしますか?」

「大丈夫だ。『無限水操』」


 水を作り出して扉の下に水を入り込ませる。

 そこでMPをその水に注ぎ込んで圧力をあげる。

 そして下から持ち上げた。


 意外と軽かったようで簡単に持ち上げることに成功した。

 音を立てないように慎重に隣の床に置いておく。

 よし。


「行くぞ」


 それにウチカゲは頷いてついてきた。

 梯子を使うことはなく飛び降りる。

 俺もそれに続いて飛び降りた。

 ウチカゲのように音なく着地はできないが、出来る限り音は殺したつもりだ。

 許してほしい。


 降りてみるとランプなどはついていないようで真っ暗だった。

 だが俺とウチカゲは夜目が聞く。

 暗い所でも周囲の状況がわかるので、こんなことは何の問題にもならない。


 入ってすぐにわかったのだが、ここはとても血生臭い。

 何か腐ったような匂いがこの部屋に充満しているのだ。

 思わず吐きそうになって急いで口元を手で覆う。

 この匂いは奥の扉から漏れ出ている匂いだろう。

 ここにいるだけで気分が悪くなってくる。


 それはウチカゲも同じな様で、苦虫を潰したような顔をしていた。

 中の様子を見ていなくても、この匂いを嗅げばここで何が行われていたのか、大体の予想はつく。


 周囲は石造りで地下は非常にひんやりとしていた。

 子供にはこれだけでも過酷な環境になる。

 俺たちは急いで子供たちだけが入れられている牢に向かった。


 とりあえず俺は、操り霞を倉庫の扉に展開させている。

 人が来た時にすぐに対応するためだ。

 誰かくればすぐに隠れれるようにしておかなければならない。

 もっとも、あいつが帰ってきたら最悪だけどな。


 牢の前に行って中を覗いてみると、全員がみすぼらしい服のまま寝ていた。

 俺は急いで二つの牢の鍵を無限水操で作り出す。

 牢を開けて急いでウチカゲと一緒に中に入った。


 近くにいる子供を抱き起こして状態を確認してみる。

 目はつむっているし寝息もたてているが、何処か生気がない。

 顔も青白い。

 死人一歩手前のような感じがする。

 もしかしたら仮死状態なのかもしれない。

 脈を測ってみると心拍数がとても少ないように感じた。

 これが寝ている人間の心拍数なのか?


「応錬様……」

「どうした?」

「こ、この子たちに……呪いがかけられています」

「なに?」


 呪い?

 そういえば俺の耐性に呪いと言う物がある。

 詳しいことは知らないがこういう技能もあるのだという事だけは知っている。

 呪いにかけられた人は、この子たちのようになるのか……。


「どうすれば助かる?」

「お、俺の知る限りでは……特別な浄化技能が必要だったはずです。浄化技能は様々な呪い、感染、不浄などの効果に効くとされています。俺は見たことがないのでこれくらいしかわかりませんが……」


 ……あー……。

 持ってるわ。

 俺持ってるわ『清め浄化』。

 やべぇこんなに真剣に悩んでくれたウチカゲを裏切るようで申し訳ないけど、俺多分その技能持ってるわ。

 まさかこんな所で役に立つとは……!

 あのダトワーム……本当にいい仕事してくれるぜ!


 だがここで持っていると言うのはやめておこう。

 どうせまた驚かれるのがオチだ。

 とりあえずこの子たちを連れ出すことにしよう。


「そうか……だがこのままと言うわけにもいくまい。とりあえず外に運ぶぞ」

「はい」


 ウチカゲにこの部屋を任せ、俺は隣の部屋の子供たちを抱える。

 そこにはアレナがいた。


「!!」


 俺はすぐにアレナに近づいて抱きかかえる。

 残念ながら感動の再開とはならなかったが、なんとかまた出会うことができた。

 俺はそれにひどく安堵した。

 まだ息はあるし、特に目立った外傷はないようだったからだ。

 だがまだ油断はできない。

 一気に三人の子供を抱えて立ち上がる。


 子供たちはとても軽かった。

 碌なものを食べさせてもらってなかったのだろう。

 誰もが痩せていた。

 あばらも出ている。

 勿論アレナもそうだ。

 脱水症状が出ているし肌も少し荒れている。

 二週間……この子にとってどれだけ長い時間だったんだろうか。

 随分と遅れちまったな……すまん。


 申し訳なさが心に残り、それと同時に子供たちを心配していた俺だったが、その後沸々と怒りの感情がこみあげてくる。

 レクアムに対する怒りだ。

 非人道的行為を子供にまでするなど……。

 Sランク冒険者ではなくただの狂人なのではないだろうか。

 俺はあいつを許すことはできないだろう。


 しかしこの呪い……一体どんな効力があるのかわかったもんじゃない。

 一刻も早く治してやらなければ……。

 他の子供たちもそうだ。

 早く何とかしてあげなくてはな。

 本当ならここにいる人たち全員を助け出さなければいけないのだろうが……そんな余裕が今はない。

 とにかく戦争を回避するのが今回の目的だ。


 心の中で謝りながらウチカゲと地上を目指す。

 幸い誰も来なかったようで安全に脱出することに成功した。

 本当に運がよかった。

 奇跡と言ってもいいだろう。


 塀を乗り越える時は、流石にウチカゲに放り投げて貰うわけにはいかないので、無限水操でゆっくりと運んだ。

 全員一度びしょ濡れになってしまったが無限水操の能力で水気を払う。


 とりあえずすぐにでもここを離れなければならない。

 ここから一番近い安全な所……。

 うん、悪いけどあそこにお邪魔させてもらおう。


 俺とウチカゲはイルーザ魔道具店に向かった。



 ◆



「イルーザ! イルーザ!」


 壁をドンドンと叩いてイルーザの名前を大きな声で叫ぶ。

 今は非常事態だ。

 近所迷惑かもしれないが許してほしい。

 暫くそうしていると二階の窓から寝間着姿のイルーザが姿を現した。


「うるさいわね! 一体何時だと思ってるのよ! 何処のどいつよ!」

「イルーザ! 俺だ! 応錬だ!」

「って応錬さん!? え、なになにどうしたんですか!?」

「とりあえず入れてくれ! 緊急事態だ!」

「わ、わかりました! 今行きます!」


 家の中でバタバタした音が上から下に降りてくる。

 そしてすぐに扉は開いて俺たちは子供五人を連れて中に入ることができた。

 事情はまだ話していないが、子供の様子を見て何かを察した様で、すぐにベットを用意してくれた。

 ベットは一つしかないが子供たちが五人並んで寝るには十分な大きさだった。

 イルーザに感謝だ。


「お、応錬さん。この子たち呪いがかかってますけどどうしたんですか?」

「! 何かわかるのか!?」

「え、ええ。まぁ。この呪いは随分と高度な呪いです。どんな効果があるのかはこの状況ではわかりかねますが、呪いは高度になればなるほど、解くのが難しくなります。この呪いですと……浄化技能を使わない限り難しいかもしれません」


 俺たちの想像より遥かに強い呪いだったらしい。

 だが呪い自体は何とかなりそうだ。

 問題は呪いを解いた後だ。

 見る限り随分衰弱している。

 このまま呪いを解いても大丈夫なのだろうか?


「イルーザ、このまま呪いを解くとどうなる?」

「ちょっと待ってください」


 そう言ってイルーザは子供たちの体を触って状態を確認し始める。

 目を開けて瞳孔を見たり首に手を当てて脈を測ったりしている。

 随分と手慣れた様子で五人全員分の診察を終えた。

 ぶつぶつ言いながら状況を復唱して子供たちの状態を再確認している。

 そうしてから俺たちに教えてくれた。


「脱水症状が続いています。起きたらすぐに水を飲ませてあげないといけませんね。ですけどお腹は出ていないので栄養失調ではないようです。最低限の食事は与えられていたようですね……。ですが体の痩せ方が少し異常です。胸はあばらが出ているのに頬はコケていませんし腕にも問題はありません。ここだけの肉を吸い取ったかのような……そんな感じです。でもとりあえず浄化して起こしても問題はないでしょう。私はできないので一刻も早く浄化できる人物を連れてこなければなりませんが……」

「それは問題ない。『清め浄化』」


 これも初めて使う技能だ。

 発動させると腕がボウッと淡い青色に光った。

 だがこれだけでは意味がないようだ。

 なので子供に手を当ててみる。


 すると淡い青色の光が子供の体全体に行き渡って、しばらくすると静かに消えた。

 子供顔の色は健康そうな肌色に戻っており、むにゃむにゃと寝返りをうって気持ちよさそうに寝ている。


 どうやらこのやり方で問題はないようだ。

 他全員にも同じように清め浄化をかけてあげる。

 全員の顔色は綺麗に戻ったようで、浅かった息も深い呼吸に変わった。


 子供の胸あたりを触ってみると、あばらの出ている感触がなくなっていることに気が付く。

 どうやら体の方も治してくれたらしい。

 いい技能だ。


「良し……イルーザ、ウチカゲ。これでいい……か?」


 二人のほうを見るとなんだか様子がおかしかった。

 子供たちの顔色は戻ったのに、何故だかこの二人の顔から血の気が引いて行っている。

 どうしたんだ……?


「お、おお、応錬様……。絶対に、絶対にその技能は、他の所で、使わないでください」

「…………またそういう感じの技能なの?」


 俺の技能がどんどん封印されて行っている気がする……。

 あ、イルーザが倒れた。

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