2.43.軍勢


 ―朝―


 夜が明けた。

 昨日のうちに全ての準備を整えていたので、里の民たちの受け入れは驚くほどスムーズに行われている。

 一時間もしないうちに全ての民たちを城内に入れることができたようだ。


 その後は戦える兵士たちを募っていく。

 女と子供だけは戦闘員には数えず、男たちだけ募集すると、老齢の鬼以外の全ての鬼たちが志願してくれた。

 その兵力はおおよそ二千にまで上る。

 それぞれに武器を持たせ、配置へとつかせていく。


 この兵力があればそうそう簡単に城は落ちないだろう。

 兵たちには櫓や弓狭間の前に待機させ、全員に退路を伝えて、危なくなれば逃げるように指示されている。

 城には弓狭間はあるが鉄砲狭間はない。

 火薬を使った火縄銃などは作られていないのだろう。


 食料も里の者たちが、少しでもと持参してくれたおかげで、更に三日分ほどの食料を確保することができた。

 なんと気の利く民たちなのだ……。

 これはこいつらを信じて正解だったな。


 だが城に入ってきた鬼たちの中に、既にくたびれているであろう様子の鬼たちが数十人混じっていた。

 この一週間、あいさつ回りなどを城下町の見学ついでにやっていたことがあるので、俺はその鬼たちが何をしている鬼たちなのかは知っている。

 木こりや漁、それに畑仕事をしていた鬼たちだ。

 服装を見て大体の職業はわかるようになっていたが……どうして来ただけでこんなに疲れているのだろうか?

 毎日体力仕事をしているので、あれば城に上がってくるだけで疲れることはないと思うのだが……。

 その理由を聞きたいが……これまたどうして聞けばいいのかわからない。

 喋れないと本当に不便だ。


 空を見てみれば曇だ。

 この世界に転生して初めての曇なのではないだろうか?

 天候が曇になったことで俺の中に眠っていた技能の一つが目を覚ました。

 そう、『悪天硬』である。

 見た目には全く変わりはないが、身体能力が上がると説明にも書いてあったので、どんなものかと思ったが、なんだか体が軽い気がするくらいの変化しかない。

 だが確かに動きは速くなっている。

 ちゃんと効果はあるようだ。


 とりあえず、俺たちも戦いの準備を整えることができ、民たちも全て受け入れて武器を持たせてある。

 ここまでは順調で予想通りだったのだが、一つだけ想定外のことが起きたのだ。

 ライキは城下町を見渡せる二の丸に陣を取って、その予想外の事案を見つめている。

 ライキの見つめる方向を見てみると、敵勢力であろう軍隊が前鬼の里に向かって進軍してきていたのだ。


 一日の猶予はあると思っており、敵が速く来ても精々昼過ぎか夕方だと思っていたライキたちは、少し驚いているようだった。

 あまりにも進軍が速すぎたのだ。


「朝に来るとはの……わしの頭も老いたと見える」


 ぼそりと誰にでも聞こえるようにそう呟くが、口を開く者はなかった。

 誰かフォローしてやれよと思ったが、流石に口出しできる状況ではない。

 誰もがこの先どうするかの策を講じているはずだ。


「テンダ。敵の数は?」

「は。およそ七千に上るかと」

「で、あるか……。国がらみなのは確実じゃの」


 ここから見るにその軍は統率が取れているように思える。

 その軍は三手に分かれてこの城を取り囲むように進軍中だ。

 七千の兵であればこの城を取り囲むことなど容易いだろう。

 だがまだこちらから手は出せない。

 まだやられたという体裁が取れていないからだ。

 だがこの数だ。

 手をだそうにも手が出せないというほうが正しいだろう。


 味方兵力は二千。

 女や老人を合わせれば三千五百ほどの戦力にはなるが……それでも敵の戦力は七千だ。

 数では圧倒的にこちらが不利である。

 城攻めには三倍の兵力が必要だといわれているが、この世界には魔法がある。

 俺の前世の知識は役に立たないと思っておいた方がいいだろう。


「殿、あれを……」


 家臣の一人が何かを見つけたようで、敵陣にある旗を指さす。

 遠くて確認し辛いが、他の鬼たちはその旗を見て少し驚いているようだった。

 俺は何故あんなに小さな旗が見えるのかと驚いている。


「ガロット王国の旗だな。あの色から見るにコースレット王家三男のアスレ・コースレットの旗か」


 どうやら色だけで判断していたらしい。

 驚いて損した。


 敵はガロット国のコースレット王家三男、アスレ・コースレットらしいが、俺は知らん。

 誰だそれ。

 ていうかガロット国が攻めてきているということは、確実に黒幕はガロット国の中にいるな。


「ライキ様はアスレ・コースレットのことをご存じなのですか?」

「王家の出来損ないと聞いておる。どう出来損ないなのかは知らぬが見事な兵の配置だ」


 この前鬼の里の城の三の丸は、乾大手門、東搦手門、そして南大手門の三つの大きな門がある。

 因みに乾という方角は今でいうところの北西に当たる。

 東搦手門は裏口に当たる門なのだが、この前鬼城の搦手門は大手門のように大きかった。


 敵はまず、軍隊を大きく三つに分けた。

 配備する場所は乾、南大手門と、東搦手門だ。

 そしてその三つの軍隊を更に三つに分けた。

 乾大手門に集結していた軍隊は北と西に分け、南大手門に集結した軍隊は南東と南西に分けた。

 東搦手門に集結していた軍隊だけは、北東に一部隊を展開しただけで二部隊を東搦手門に留めていたままだった。


「……俺にはとりあえず囲んでしまおうという感じにしか見て取れませんが……」

「何を言う。確かに大きな門は三つで退路はそこだけしかないように思えるだろう。だが見えぬ退路というのも存在するのじゃ。現に今、そこを二つほど潰された。見えない物にも気を配るあの大将はなかなかやるやもしれぬぞ?」


 ライキはテンダを一笑する。

 それに続けてまた話し出す。


「あの退路はこちらから攻撃に転じるときにも使えるのだが……こうされてしまっては本当に籠城戦に持ち込むしかなくなるの」


 そんな抜け道があるなんて知らなかった。

 今までこの城を練り歩いてはいたが、そんなもの見たことがない。

 ライキのことだから、まだまだ俺たちに教えていない仕掛けなんかもあるのだろう。


 そしてこれは普通の籠城戦ではない。

 魔法ありの籠城戦なんて俺は知らないからな。

 どんな攻撃が飛んでくるのかすらも未知数だ。

 まぁライキはその全てを知っていて、罠や退路などを作っているのだろう。


 ザッっという音と共にウチカゲが戻ってきた。

 片手には一人の男が首根っこを掴まれて運ばれている。

 どうやら人間で、その人物には立派な髭があった。

 使者としてこの城を訪れた髭面の男である。


「いでででで!」


 手足を縛られたまま引きずられているが、案外元気そうだ。


「ライキ様。あの者を捕らえました。しかしもう一人は加減ができなく……」

「よいよい。一人だけでも十分じゃ。さて、使者よ。お前に聞きたいことがある」


 ウチカゲは髭面の男をライキの前に座らせて頭をあげさせる。

 少々乱暴だが、本当であればすぐにでも殺したいだろう。


「……何故この城にガロット国の兵士が攻めてきているのじゃ?」

「はっ! 俺の知ったことかよ!」

「ふむ……そうか……残念だ。シム」

「はい」

「吹き飛ばせ」

「は?」


 シムはライキに呼ばれて男の前に出てくる。

 男は間抜けな声を出していたが、シムが前に出てくると凍り付いたように固まってしまった。

 それは何故なのか。


 シムは男の前に出てくると、紫色の瘴気を纏い、それを腕に絡みつけた。

 その途端急に空気が重くなる。

 地面を揺るがすのではないかというほどの強い気がシムから放たれていたのだ。

 それを見て怖気づかない人などいないだろう。


 俺もシムにこんな力があるとは知らなかった。

 だから唯一女でここに呼ばれているのかもしれない。

 あのかっこいい毛皮の羽織を着ているし、やる気満々だ。


「残念だ。素直に話せば丁寧に返してやろうと思うたが……言わぬのであれば仕方がないの」

「ちょ! ちょまって……わかった! わかった! 話すからやめさせてくれ! 頼む!」

「はて? 知らぬのではなかったのか?」

「う、うそだ! それは嘘だ! 悪かった! 知っていることすべて話す! だからやめさせてくれ!」


 うわぁ……ライキさんこわぁい……。

 まぁ嘘をついている奴が悪いと言えば悪いのだけど、ライキも人が悪いな。

 いや、ここは鬼が悪いといったほうがいいか?


 シムは腕を下ろすとその気と瘴気を霧散させた。

 男からは滝のように冷や汗が流れていたが、誰もそれを気にはしなかった。


「して? なぜこの城にガロット国の兵士が攻めてきているのじゃ?」

「ど、奴隷狩りだよ! うちでは今奴隷の数が足りなくて困ってんだ! だから周辺の村々を襲って奴隷狩りをしていたけど、それでも足りなくなってきちまったんだ。だから国に協力を求めたんだよ」

「国が奴隷狩りを承諾し、兵を出したというのじゃな?」

「いや、承諾はしていない。だけど理由を付けて何か戦争を起こさせれば奴隷は手に入る。だ、だからこうして適当な理由を付けて噂を流し、兵を出させるように工面したんだよ」


 男はぺらぺらと国の事情と奴隷商の立ち回りを喋っていった。

 どうやら奴隷商は、王国に反旗を翻そうとしている国があるという噂を流していたらしい。

 その噂は国の民たちに不安を募らせるには十分で、その国をどうにかしろという声がいくつも上がったようだった。

 国としてもそんな勢力を放っては置けないし、どうにかしなければと考えている矢先、奴隷商の使者が説得を試みると名乗りを上げた。

 この使者は王族に奴隷商とはバレていなかったため、難なく説得をするために派遣された使者として使わされたらしい。

 出発する前、説得に応じなければ力を持って叩き潰すことになっていたため、兵はすでに準備されていたのだという。


 そして今に至る、ということだ。

 なんてくそな奴隷商となんて馬鹿な国なんだ。

 確かに国を守るためにこういったことは必要かもしれないが、自分で確かめずに赤の他人に事を頼んでそれを丸々信じるだと?

 よくもまぁ国が成り立っているものだ。


 まぁ……それで鬼たちを襲うのはまだわかる。

 種族の違いから攻め滅ぼせという言葉が出てきてもおかしくはない。

 今はどうなっているのかはわからないが。


 だがやはり……どう考えてもアレナのいた故郷を襲う理由がわからない。

 同じ種族だろう?

 それに距離的に考えてそこはガロット王国が治める領地だ。

 領地の民であったのであれば、このような変な噂が舞い込んできた場合はまず話し合いに発展するだろうし、意味なく攻め滅ぼすということは無いはずである。


「そんな……そんな身勝手な理由で……貴様らはいくつの里を落としてきたんだ……!」


 テンダの周囲の空気が変わった。

 また何かが発動しているらしい。

 だがテンダの気持ちはよくわかる。

 ただの奴隷欲しさに国を巻き込んでこんなことをするとは。

 逆に尊敬するよ。


「ひっ! だ、だが俺は……すべて話した! さぁ! 帰してくれ!」

「そうだな。シム」

「はい」


 シムは先ほどと同じように男の前に立ち……縄を解かずに腕に瘴気を纏った。

 すぐに開放してくれると思っていた男の顔は、安堵の表情から驚愕の表情に変わり、一気に血の気が引いていく。


「!? な、な!? おい! どういうことだよ!」

「何、丁寧に返してやると言ったのだ。命の保証はしておらん。いや、運がよければ生きて帰れるの。これがわしたちの“丁寧な返し方”だからの」

「ふっ! ふざけんな! おい! やめろ! やめろぉおおお!!!」

「…………『金剛力腕』、『金剛拳』……里の皆の恨み!」


 シムがそう言った瞬間、腕を振るって男にぶち当てる。

 その剛拳は胸に穴をあけ、衝撃波で男の体は空高くへと飛んでいった。

 方角的には敵本陣の方角だ。

 ちゃんと狙ったのだろう。


 俺は目の前で普通に人が死んでびっくりしていた。

 そしてその威力にドン引きしているのだった。

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