2.42.緊急会議
前鬼の里、前鬼城の二の丸御殿の一室で緊急会議が開かれていた。
上座にライキが座り、そのライキを左に見るようにシムと侍女であるランが並んで座り、右に見るようにウチカゲとテンダが座っている。
俺はライキの隣な。
こういう座り方をなんていうのか俺は知らないが、時代劇とかでよく見たことのある座り方だな。
軍議とか開かれている時の座り方も同じようなものだったか。
その場の空気はピリピリとしており、呼ばれたテンダとシムはこれがただの会議ではないということを感じていることだろう。
しばらくの沈黙を破り、ライキが口を開いた。
「……テンダ、お主に聞きたいことがある」
「は。なんでございましょうか」
「……俺たちは奴隷商だ。今日はこの国から奴隷とする鬼を数人もらい受けに来た。罪人でいいからそれを全て寄越してくれないか」
「!? な、何故それを!」
「……やはりか……」
このセリフは先ほど来た奴隷商がライキに向かって言い放った言葉だ。
それを聞いたテンダは驚き、手を前について体を前のめりに出している。
シムにいたっては両手で口を隠していた。
二人共この言葉を“一度”聞いたことがあるのだろう。
テンダは里が襲われる前、奴隷商が里に訪れたと言っていた。
そして奴隷商に「鬼を奴隷として使うから寄越せ」と言われていたのだ。
あの時は忠実に再現はせずにわかりやすいように話してくれたのだろうが……恐らくテンダたちの里に来た奴隷商たちは、ライキが言った言葉をそのまま言ってきたのだと思う。
「……お主の里に来た奴隷商も、同じことをお主らに言ったのであるな?」
「はい……」
「ライキ様! その者たちが本当に私たちの里を襲った奴隷商であれば、必ずここも襲撃されます! 今のうちに対策を練られた方がよろしいかと!」
シムが珍しく大きな声を上げながらライキに進言した。
「落ち着くのだシム。確かに襲われる可能性は高いがまだ時間はあるのだ。幸い見張りをしている者からの通達はまだない。此処を攻めるにせよ、まだ相手も動けぬだろうからな」
「奥方様、お気持ちはわかりますが、事をそう焦ってはいけません」
「そ、そうね……少し取り乱しました。申し訳ございません」
ライキとテンダに止められて素直に謝った。
だがシムのいうことも一理ある。
先ほど来た二人は奴隷商であり、テンダ達が聞いたセリフと全く同じセリフを吐いてからこの場を去った。
この情報だけでは確信は得ることはできないが、危険性は十分に高い。
相手がいつ攻めてくるかわからない以上、できるだけ早く策を講じなければならないのだ。
もたもたしているとテンダ達がいた里と同じ結末を迎えてしまうだろう。
それはライキにもわかっているはずだが……ライキはとても落ち着いていた。
「……テンダよ。使者が来てから何日後に襲撃されたかの?」
「は。三日後にございます」
「……敵の数は千だったかの?」
「その通りです」
「……では……後一日は平気じゃの」
……ん? それはどういうことだ?
他の鬼達もよくわかっていないようで、ウチカゲがその意味を聞いていた。
「それはどういう?」
「……ここから一番近い国はガロット王国。そこからここまではおおよそ一日。出兵して一度休息をとれば二日までにはここに来れる。断られること前提の話し合いであれば、既に兵を用意していると考えても良いじゃろう。攻めてくる理由はわからぬがな。だが兵士を準備していないのであればもう少し時間が稼げるはずじゃ。もし二日までに兵が攻めてくれば策士が必ずいる……というより統率している人物がいるといったほうが良いかもしれぬな。そしてそれよりも遅いようであれば烏合の衆。ということじゃ」
確かに一日でここに来れるとは言っても、その足で城攻めをするのは無理だ。
どんなに頭の悪い奴らでもそれくらいはわかるだろう。
何処かで一日休んでから万全の状態で城攻めをするはずだ。
だからライキは一日は確実に安全だと断言したのである。
そして進軍速度で事前に兵を準備していたか、していないかを判断することができる。
確かに断られてから兵士を集めるのであれば、ここに来る時間はもっとかかるはずだ。
しかし事前に準備をしているのであれば二日以内には城攻めを開始することができる。
これはその兵士たちをまとめ上げ、使者を送り付けた人物がいるということになるのだ。
少なくとも統率力のある兵士たちが敵になるということはこれで間違いないだろう。
「では……いかがいたしますか? ライキ様」
「うむ。恐らく先ほどの使者は何処かに潜伏しているはずじゃ。目的は監視だ。戦の準備しているのがバレれば通達されると思っていた方が良い。国と通じていた場合、とても面倒くさいことになるでな。故に明日の朝まではいつも通り過ごしてもらう。そして今より、里の者すべてに話を通しておけ。明日の朝、全員を城へ向かわせるのだ。そして里の者たちにはこう伝えろ。「敵が攻めてくるから身支度をして明日の朝城へ集まるように。我らが戦の準備をしているとバレれば敵が増えるため慎重に動け」とな」
敵はまだ近くにいるということか。
この世界には魔法がある。
通信機的な魔道具や魔法があっても不思議ではないので、こちらの動きがバレればすぐに通達されるだろう。
だが、こちらが戦の準備をしているとバレれば何故面倒くさいことになるのか……。
これは俺の予想なのだが、ライキは「国と通じていた場合」と最初に言っている。
戦争のない今、どこかの国が、里が、戦の準備をしていれば周辺諸国の国々はその国や里を危険視するからだろう。
そうすれば攻める理由にもなるし、奴隷商も奴隷を獲得しやすくなる。
ライキはそれを見越して、朝に集まるという策を講じたのだろう。
あくまでもやられたからやり返すという体裁が欲しいのだ。
「お、お言葉ですが……そこまでの情報を里の者たちに知らせてしまってもよろしいのでしょうか? 不安が募ってしまうのでは? 里の者が噂を流すやもしれません」
「……テンダよ。里の者を信じぬ領主は、同じく里の者から信じられなくなるぞ?」
ライキは真剣な面持ちでテンダを睨んだ。
その言葉に何か気が付かされたようで、テンダは小さく申し訳ありませんと謝って引いた。
「それにな、隠すから噂が広まるのじゃ。逆に隠さねば誰もが理解してくれる。自分と里の者たちを、種族を信じるのじゃ」
「はっ」
流石爺ちゃんいいこと言うな!
「では、直ちに行動を開始しよう。猶予は一日じゃ。それまでに全ての民にこのことを伝えよ! よいな!」
「「「「は!」」」」
ライキが号令を出した後、その場にいた四人はすぐに動き出す。
まずは城の家臣たちにこのことを伝え、今度は家臣たちが城下の者達に伝えた。
それは繰り返され、城下の民からまた城下の者達に、そして最後に農作業を営んだり木こりをしている城下より外の民たちにもこのことは伝わっていった。
城内にいた俺たちはそんなことは知らないのだが、前鬼の里の民たちには俺たちの想像よりも早く、情報が行き渡っていたらしい。
民たちは不安にはなっていたかもしれないが、全てを話したおかげで理解はしてくれていた。妙な噂も流れることはなく、民たちは気が付かれないよう、慎重に準備を整えていたようだった。
一方テンダたちは別の仕事に追われていた。
ウチカゲと侍女は兵糧の確認、民たちの確認と戦力の確認。
刀、弓、弓やであったりといった武器も全て確認していく。
民たちが城に籠城できるように、最低限のスペースを確保したりと大忙しだ。
勿論家臣たちも一緒なのだが、如何せん人手が足りていないように思えた。
だが人を増やすことはできない。
城の中にいる家臣や兵士たちだけでやらなければ勘づかれる可能性があるからだ。
人を城に多く入れるという行為自体が勘づかれる原因に繋がる。
なので少ない人数でやり切るしかない。
明日には里の民たちがなだれ込んでくるのだから。
テンダは戦える兵士たちをどう配置するか、ライキと策を練り続けている。
この城は難攻不落と言ってもいいほど様々な仕掛けと門がある。
門の数が多ければいいというわけではないが、仕掛けは多ければ多いほど良い。
門の役割は、仕掛けを確実に発動させるための足止めの役割を担っているようだった。
だからこそ兵をどこに配置するかを入念にチェックしているのだ。
足止めができても仕掛けが発動しなければ意味がない。
テンダとライキは寝る間も惜しんで策を練り続けていた。
シムはというと、姫様と共に兵糧を作っている最中である。
時間が経っても食料として使える干し飯だ。
これは本来湯につけて水分を吸収させて食べるものなので、簡単に食べることができる携帯食料。
だが城の中にある兵糧を用いても、里の民たちを食べさせるには精々一か月分の食料しかなかった。
そしてこの干し飯……作るのに時間がかかってしまう。
二日から五日ほど天日干ししなければならないのだ。
そこで、一週間分の米を残し、その他の米は全て干し飯にすることになった。
屋敷の外を埋め尽くす干し飯に若干引いてしまった。
一週間分の米は粥にして分け与える予定である。
後は味噌や醤油などがある。
長期保存の利かない野菜や魚などは全て一週間のうちに使い切ってしまう予定である。
勿論今日中に全ての米を干し飯にできるはずもないので、里の民たちが城内に入ってきたら手伝ってもらい、数日かけて作り続けていく予定だ。
この中で一番大変なのは武器の確認でも戦略を立て続けることでもなく、食料を作る女性たちだろう。
女性たちがいるおかげで、明日食べるものが作られているのだ。
感謝しなければならない。
俺は何もできないが、水であれば作り出せるので城内全ての井戸一杯に水を入れておいた。
食料も勿論必要だが、水はもっと必要だろう。
水さえ飲んでいれば一週間は生きられると言われるほど、水は大切なものなのだ。
ありすぎて困るだなんてことはないはずだ。
汗だくになりながら働く者、終わりの見えそうにない作業を延々と繰り返している者、地形を暗記し、明日出す指示を確認している者など様々だが、それぞれが任された事を懸命にこなしていた。
気が付けば日は落ちていて、誰もが疲れている表情を見せているが一人として手を止めようとはしなかった。
だがその成果は勿論あり、日付が変わる前にちゃんと全ての作業が終わったようだった。
気の緩んだ若い鬼たちは意識を手放すように寝てしまったが、誰もそれを咎める者はいない。
それほど必死にやっていたことをその場にいる全員が知っていたからだ。
鬼たちは片づけを終えると、明日に備えて寝室に帰っていった。
後は手はず通り、朝になるのを待つだけだった。
「……さて、このような戦は初めてじゃ。敵はどういう理由で戦を仕掛けてくるか……楽しみじゃのう」
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