2.41.使者


 あれから一週間が過ぎた。

 テンダや姫様たちはようやく前鬼の里に慣れて来たらしく、今では城下町の鬼たちや畑で作業をしている鬼たちとも仲良く話している。


 勿論ライキに言われた通り、皆仕事をちゃんとこなしている。

 テンダは指揮統率ができるように城下町、城の作り、周囲の地形を頭に叩き込んでいた。

 それだけに留まらず、ライキの仕事の手伝いをしている。

 前世で言うデスクワークである。

 少し見せてもらったことがあるが、大体は城下町の状況や兵糧の貯え、武器の数などといったものだった。

 大体は在庫管理だな。


 ウチカゲは敵の情報を探るべく、外に出て情報を集めて回っている。

 三日に一回帰ってくるので、その時にライキと話をして集めてきた情報を伝えている。

 だが、まだこれといった成果は出ていない様だ。


 姫様はというと、織物をしている。

 初めて姫様らしいことをしているなと感心したが、前の里では里の者たちの服を作っていたらしい。

 前鬼の里には鬼たちが多いため、服を作るスピードが間に合っていないのだという。

 そこで即戦力になる姫様は重要な存在として重宝されているらしい。

 シムもそれのお手伝いをしているな。


 他の者たちもそれぞれに見合った職へと就いてもらっている。

 商い、取り締まり、農業や木こりなどだな。

 どこも人手が足りないようだったので、とても助かっているようだ。


 そして俺。

 あれから一週間は基本的にはテンダについて回っていた。

 何故かというと、この城の内部構造を覚えるためだ。

 一つ覚えるだけでも大変で苦戦しまくったというのにまだほとんど覚えれていない。

 まず人とは見ている目線が違うのだ。

 地面から見ていては覚えれるものも覚えれなかった。

 そして俺は三日目でついに間取りを把握することを諦めた。


 だがついて回るだけでは面白くない。なので俺は皆には隠れて技能の熟練度をあげる修行をしていた。

 主なものは、『暗殺者』、『連水糸槍』、『多連水槍』、最後に『鋭水流剣』だ。

 暗殺者は気配を消す練習を。

 連水糸槍は三本の槍を巧みに操って糸で対象を捕縛する練習、多連水槍は二十五本の槍を今出せる最高速度で連撃させる練習を。

 そして鋭水流剣では、とにかく硬い物を斬りまくった。


 熟練度はレベルのように成長したかどうかを数値で見れない。

 だがそれが面白かった。

 自分が今どこまでできて何ができるのかは自分でしかわからない。

 数値がない為、いつまで練習すればいいのかと言う明確な指定がない。

 だからこそ終わりの見えない練習を繰り返し続ける。


 暫く同じことをやっていると何かに気付くことが時々あった。

 そしてそのイメージを頭に思い浮かべて技能を使うと更に動きがよくなったように思う。


 この一週間は俺にとってとても有意義なものになった。

 早く実践でその威力を確認してみたいものだ。

 これも全てサテラ捜索の布石であるが。


 だが一つ困ったことがあった。

 毎日食事をしていたというのに未だフォレススネークのままなのだ。

 どうやらフォレススネークは少し特殊らしい。

 それが発覚したのはここにきて二度目の食事の時……朝食をとった時だった。

 その時のご飯は俺だけ肉のステーキ。

 別に蛇なので胃がもたれるとかそういうのは一切ないので逆に嬉しい献立だった。

 だが完食したというのにレベルが1しか上がらなかったのだ。


 見た目からして昨日と同じ肉だ。

 昨日は三枚食べてレベルが30も上がった。

 同じ肉なので少なくとも10くらいは上がってくれないとおかしい。

 だが上がったレベルは1だった。


 いくら何でもそれはおかしいと思った俺は即座に天の声に聞いてみたところ、このような答えが返ってきた。


【フォレススネークは森の主として君臨しています。そのため、一度食べた獲物を食べることはまずありません。森の秩序を守るためだと考えられています。なので同じ肉を食べると最低限の経験値しか入手できません。そのため生存率が低いです。その代わり、食べた分だけ長生きする個体です】


 とのことだった。

 出された肉はこの前鬼の里の名物なのか知らないが、毎日出てきた。

 ということで俺は一週間で二十一回の食事をしたが、レベルは21しか上がらなかったという前代未聞の状況に陥っていた。

 現在のレベルは51だ。

 後レベル4でやっとレベルがMAXになる。

 あまりにも長すぎる……。


 もういっそのこと一人で狩りにでも行こうかと思ったが……如何せんこの城から出ると帰ってこれる自信がない。

 だってこの城もう迷宮だもん。

 俺が寝させてもらってる二の丸御殿ですらやっと間取りを把握してきたというのに……。

 ライキは全ての間取りを覚えているようだが……どうなってんだあの爺さん。

 もう頭の中に地図が入っているんだろうな。


 そんなライキはいつものように筆を走らせていた。

 相変わらず文字は読めないが綺麗な字だなとは思う。

 作業をしているライキの隣で俺はその作業を見ながらウチカゲが帰ってくるのを待っていた。

 今日はウチカゲが帰ってきて進捗を教えてくれる日なのだ。

 俺もその話を聞きたいのでいつも同席させてもらっている。

 サテラのことが少しでもわかればと思うのだが……今日はどうだろう?


 そんな面持ちでウチカゲを待っていると、ライキが筆を止めて机の上に置いた。

 これは癖か何かはわからないのだが、人が来る直前、ライキはこのように筆を止めるのだ。

 どこにそんなセンサーが付いているのかわからないが……まぁこれは直感的なものなのだろう。


 するとすぐに襖が開いてウチカゲが現れた。

 ウチカゲはそのまま歩いてライキと俺の前に座った。


「ご苦労だった。で、どうじゃ?」

「は。此度はガロット王国へと赴いて独自に調査してまいりました。結果から申しますと……黒です」

「……続けよ」


 黒。

 これが意味する事はただ一つ。

 鬼たちの里を襲った奴らを見つけたということだろう。

 この短期間でよく見つけたものだ。


 ライキはウチカゲの言葉を聞き逃さんと少し前のめりになって話を聞いている。

 ウチカゲも自らが発する言葉を丁寧に選んで伝えていく。


「ガロット王国は鉱石の採掘量で有名な国です。ですがその採掘はとても危険な作業。そこに奴隷に危険な作業をさせることがほとんどの様でした。そしてその中に、鬼がいました」


 話を要約するとウチカゲは闇媒体を使ってその鬼達と接触を試みたらしい。

 ウチカゲの闇媒体は、姿さえ決まっていればどんな大きさの物でも分身を作れるという。

 そこでウチカゲは小さな自分の分身体を作って、それをその鬼たちにくっつけたそうだ。

 自分の分身体なので話もできる。


 話を聞いてみたところ、その鬼たちはテンダ達が住んでいた里の鬼たちだったという。

 力があり体力もある鬼は鉱石採掘にはもってこいの奴隷らしい。

 自分たちの里が襲われた理由はその者たちにはわからなかった。

 捕まってからそういう話は一切聞いていない様だ。


 その後ウチカゲは、その鬼たちを奴隷として扱っている人物を聞き出してその館に向かった。

 そこはアクセサリー商などを生業としている場所で、沢山の奴隷を従えていたらしい。

 その全てが採掘に行かせるためだけの奴隷だったそうだ。


 奴隷商ではないただの商人であったので、奴隷商のことはわからなかったらしい。

 だが、鬼たちがここ居るということは、そのアクセサリー商に奴隷として鬼たちを売った奴隷商が必ずいるはずである。

 ウチカゲはそう確信して、一度ここに戻って報告をしに来てくれたということだ。


 狙いが絞れたライキは満足そうに顎を撫でていたが、その一方俺は心臓が跳ね上がった。

 その理由はウチカゲが先ほど言ってくれた言葉にある。

「ですがその採掘はとても危険な作業。そこに奴隷に危険な作業をさせることがほとんどの様でした」

 これだ。


 サテラはガロット王国に連れていかれたというのが仮説としてある。

 まだ確信ではないが可能性は一番高い。

 だが今、ガロット王国に連れていかれる奴隷のほとんどは、鉱石を採掘させるための奴隷となると聞いた。

 しかしその鉱石採掘作業がとても危険な作業だとは一度も聞いたことがなかった。


 そこにサテラが連れていかれていたら?

 もし事故が起きていたら?

 サテラがもういなくなっているかもしれない。

 アレナからサテラを助けてと言われたから随分長い時間がたったはずだ。

 随分鬼たちの世話になっていたが……俺もそろそろ動き出さなければいけないだろう。


 だが後一日だけ待ってほしい。

 最後に一度種族変更進化をしてからサテラを本格的に探しに行くことにする。

 鬼たちはもう俺がいなくても大丈夫だろう。

 こいつらはいろんな意味で強いからな。

 俺がいなくても絶対に自分たちの力だけでこの里を守ってくれるはずだ。


 礼を言えないことが悔やまれるな。

 だがもう会えないわけじゃないから、サテラとアレナを助けたらもう一度この里に来ることにしよう。


「よくやったぞウチカゲ。して、奴隷商の情報は掴めそうか?」

「まだ全員の鬼と話したわけではございません。なので有益な情報が手に入る可能性は大いにあると思います。ですがそうなると俺の活動時間を伸ばしていただきたい所ですね。二日ではあまり良い成果は見込めません」

「わかった。明日からはしばらくガロット王国に潜伏して、情報を掴むまでこの地に戻るを禁ずる。これでよいな? だが今日はゆっくり休むのだ」

「承知いたしました」


 ウチカゲは軽く頭を下げる。

 敵である商人を見つけて手をだすことも、奴隷にされている同族を助けることもしなかったウチカゲは相当忍耐力がある。

 次のことを確実に成功させるために、意味のないことはしなかったのだろう。


「ライキ様。今よろしいでしょうか?」


 襖の外から急に声がかかった。

 女性の声で、この声には聞き覚えがある。

 いつも俺たちに食事を運んでくれた侍女の声だった。

 おしとやかな声なのだが、口調が硬すぎるのでちょっと慣れない。


「なんだ?」

「ライキ様に用があると、ヒューマンの使者が来ております」

「要件は?」

「ライキ様に直接会って説明するとの一点張りで要領を得ません」


 なんだその使者は。

 あまりにも無粋すぎやしないか?

 どういった話なのかくらい教えてくれないとほとんどの場合は帰らされるぞ……?


「良いだろう。通せ。ウチカゲ、ラン。お前たちは隠れてすぐに手をだせるように待機しておけ」

「「はっ」」

「応錬様は掛け軸の後ろに」


 そう言ってライキは掛け軸をめくる。

 すると人が一人通れそうな長方形の穴があった。

 一週間ここに居たけど全く知らなかったぞ。

 忍者屋敷か此処は。


 俺は促されるままその穴に入る。

 ウチカゲと侍女は気配を消して佇んでいる。

 侍女も相当強そうだな。

 ウチカゲ並みに気配を消していた。


 全員が配置につくと、侍女が呼ばせた案内役にくっついて二人の男が部屋の中に入ってきた。

 一人の男は髭面の男で髪の毛はぼさぼさだ。

 綺麗な屋敷に盗賊が入ってきたかのような場違い感がある。

 もう一人は頭に手拭いを巻いている。

 この人物は結構重装備で、重たそうな甲冑をギッチギッチと揺らしながら入ってきた。


 入ってきた二人は侍女とウチカゲには気が付いていない様だ。

 結構見えやすい所にいるんだけどな……てか侍女とウチカゲ……あんたらなんて堂々と隠れてんだよ。

 いやもうそれ隠れてないよ。

 気配消すのにどれだけの自信があるんだよマジで。

 それでこの二人に気が付かないこいつらもなんなんだよ。

 これ俺がおかしいのか?

 これが普通の隠れ方なのか?


 俺が心の中でツッコミを入れていると、男たちが話し出す。


「おい、椅子は何処だ?」

「……座布団があるであろう」

「これか? はん。枕じゃなかったんだな」


 悪態をつきつつ、ドスンと座布団を潰すように座った。

 礼儀作法も何もない荒々しい座り方だ。

 それをみた侍女は少し顔をゆがませているな。


 それに少しライキの雰囲気が変わった。

 これは俺が初めてライキと出会った時の雰囲気に似ている。

 会話をするとき、少し溜めてから言葉を発している。

 警戒しているのか……腹の底を探ろうとしているのか……。


「茶はないのか? 客人だぞ?」


 まず口を開いたのは髭面の男だった。


「……生憎、お前たちの所とは文化という物が違うようでな。わしらは目上の者にしか待遇は良くせぬのだよ」

「けっ。しけてんな」

「……して? 何の用じゃ? まさか悪態をつくためだけにここに赴いたわけではなかろう? そもそも挨拶もできぬ若造なのか?」


 言いたいことをさっさと言えとばかりに、投げるように言い放った。

 それも皮肉付きで。

 もしかしてライキちょっと怒ってない?


「あ? ああ。じゃあ単刀直入に言うぜ。俺達は奴隷商だ。今日はこの国から奴隷とする鬼を数人もらい受けに来た。罪人でいいからそれ全て寄越してくれないか」


 その言葉に、ここに居た鬼全員の目つきが変わった。

 ウチカゲが右手の鉤爪を下ろして力強く握っている。

 侍女にいたっては笑顔は崩さないが額には青筋が幾本も伸びていた。

 それは怖い。

 だがライキは動揺した様子はない。

 流石だな。


「……わしらに一切の利点がない。お断りする」

「利点~? あるぜ? 俺たちの口からは言えねぇけど、ちゃんと利点はあるんだぜ……?」


 ついにウチカゲは右手の熊手で器用に左腕の鉤爪も下ろしてしまった。

 完全にやる気だ。

 目元は相変わらず目隠しで見えないが、その姿勢からすぐにでも切りかかれるように待機しているのがわかる。


「……もう一度言う。断る。貴様らは二度同じことを言われぬと理解できぬ阿呆なのか」

「……フッ。おい、帰るぞ」

「ウス」


 男は隣にいた甲冑を身にまとった男に声をかけて立ち上がる。

 もう少し食らいつくかと思っていたのだが、意外とあっさり諦めてくれた。

 だが、その男の表情は不敵に笑っていたのを俺は見逃さなかった。


 男たちはその部屋を後にしたが、数分間は誰も動こうとも喋ろうともしなかった。

 俺が掛け軸の後ろから出てきても、誰も反応してくれない。

 ウチカゲと侍女は何かを必死に堪え、ライキはずっと何かを思案していた。


「……ラン。テンダとシムを呼べ」

「…………承知いたしました」


 侍女は二人を呼びに行くべく、部屋を後にした。

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