2.40.説教


 俺とウチカゲは、ライキとテンダが会議をしている部屋に戻っていた。


「テンダ、大丈夫か? お前も風呂に入って疲れを癒せ」

「いやしかし……まだ話の途中だ」

「構わぬ。もう大方聞きたいことは聞いた。後聞くことと言えば白蛇様である応錬様のことについて位だ。お前がおらずとも問題はない。少し休め」

「わかりました……では」


 そういって俺たちと入れ替わりでテンダは風呂に行ってしまった。

 テンダが疲れているのは勿論だが、ライキも少し疲れているように感じる。

 もう老体だからだろう。

 ただでさえ剣すら握れる力もないのに、こう一日も机の前にいれば気も滅入るはずだ。


「ライキ様。何か決まりましたか?」

「うむ。お前たちの住むところと働く場所……そして今後のことについて話し合った。是が非でも敵を討ちに行くという決意は揺るがないだろうからな。わしでもそうする。で、わしらはこう取り決めをした」


 ライキは机の上に置いてあった巻物を広げて俺たちに見せてくれた。

 俺にはこの字は読めないが、ウチカゲはそれを見て随分驚いているようだった。


「この巻物は……」

「うむ。決書だ。お前は知っているだろうが、応錬様には説明せねばなるまい。決書には書かれた事柄には絶対に逆らってはならないという掟がある。国の法のようなものだな。本当に大切な事柄でしか使わない書物故、目にする機会もめったにないだろうな」


 書いてあることではなくてその書物に驚いていたのか。

 一体何が書かれているのだ?


「ここに記したのは、先ほども言ったがお前たちの住む場所、働く場所。働く場所については個々の能力に応じて決めるのでもう少し時間がかかる。そして、お前たちの復讐に全面的に協力するということも記した」

「な……!」


 良いのかそれ……?

 まぁ同じ種族だから協力するのは良いかもしれないけどさ。

 だがそれだとライキ達にはメリットがなくないか?


「ここは根元から敵を潰さねばならんと考えた。わしら以外の里や集落でも同じことが起こっている可能性は高いからの。誰かが立たねばならんだろうて。だが何もされていないわしらが暴動を起こしても何の意味もない。故にお前たちの立場を利用させてもらう」


 え、かっこいいこのお爺ちゃん。

 でもえらく大きく出たな。

 多分私情も挟んでいるとは思うが……まぁ奴隷商など鬼たちに任せれば一網打尽だろう。

 多分。


「よ、良いのですか?」

「構わぬ。人などに負けるライキではないわ。ただ奴らは交渉が上手い。その手にのせられて国の貴族が騙されて兵を差し向けてくるかもわからぬ。まずは内部事情をすべて洗わねばならん」

「……なるほど。俺の出番ですか」


 まずは敵を知らなければ、勝てる戦も勝てないということか。

 俺はまだこの世界の人がどんな奴らなのか殆ど知らない。

 奴隷商がライキの言っていた通りの奴らであるのであれば、裏を取って兵の拡張を抑えるしかなくなるだろう。


 で、そこで登場するのがウチカゲ。

 技能を前に見せてもらったが、完全に暗殺や追跡のプロだ。

 隠密行動でこいつの右に出る奴はいないのではないだろうか?

 俺でも勝てそうにない。


 ライキはそんなウチカゲに情報を取ってこさせようとしているのだろう。

 ウチカゲもそれにすぐに気が付いたようだしな。


「ですが……一体どこの国が……」

「わからんのはそこだ。テンダも皆を逃がすのが精一杯で敵を見ていなかったというではないか。その時はそれでいいかもしれんが……後のことを考えるとそれは愚策だ。まぁ、そのことについては夕食の席で話すとでもしようかの」


 ライキは巻物をしまう。

 よほど大切なものなのか漆塗りの箱に入れているという徹底ぶりだ。

 席に戻ると今度は俺の方を見て不思議そうな顔をした。


「ところで……何故応錬様は体が大きくなっておられるのだ?」


 今かよ。


「風呂に入っていると、急に体が大きくなりまして……。でも問題はなさそうです。応錬様がそう言っておられました」

「そうであったか。して応錬様。夕飯は肉が良いですかな?」


 それで頼むぜ!


「ではよい肉をご用意いたします」


 ライキは俺に確認を取ると、隣に置いてあった小さな呼び鈴を数回鳴らす。

 するとすぐに襖が開き、一人の鬼が部屋に入ってきた。

 若い女性の鬼のようで、恰好からして侍女のようだ。


「お呼びでしょうか?」

「うむ。今晩出す食事だが、白蛇である応錬様には最上級の肉をお出ししてくれ」

「白蛇? ……へ!?」


 あ、どうも。


「これこれ、驚くな」

「申し訳ございません! すぐに支度を致しますので、此処でお待ちください。持ってこさせます。で、ですが伝承によると……白蛇様は木の実や山菜などといった山の幸を好んで食されたとありますが……お肉でよろしいのでしょうか?」

「うむ。構わん。応錬様に聞いてみたところ、肉でよいとのことだったのでな」

「かしこまりました」


 そう言うと侍女は部屋を出て襖を閉めて行ってしまった。


 そういえば……白蛇様の伝承って俺全く知らないんだけど……一体どんな感じなのだろうか?

 言葉を理解できるって聞いたり、鬼たちの危機を助けたっていう話もそれとなくあった。

 そして好きなものまで伝承に残されている。

 一体何したんだよ先代白蛇様。


 だけど先代白蛇様のおかげで、俺がこうして鬼たちと仲良くできているのは間違いない。

 全く知らない蛇だが、こればかりは感謝しておいた方がいいだろう。

 少しでも先代白蛇様のことが知れればいいんだけど……それ知ろうとしたら俺が先代の白蛇とは違うってバレるかな。

 いやもうバレてるだろうけど。

 でもこうしてよくしてくれるのは、白蛇自体が信仰対象になっているからなのだろう。


 鬼たちは誰でも俺を慕ってくれているしな。

 何もしていないけど。


 ダッダッダッダッダ!


 誰かが渡り廊下を走っている音が聞こえてくる。

 音はどんどん大きくなっていることから、この部屋に向かってきているということがわかる。

 十中八九姫様だろう。

 スパン! という音を立てて勢いよく襖が開いた。

 そこには予想していた通り姫様が立っていた。


「応錬様!?」


 進化して巨大化した俺に驚いているようだ。

 先ほどまでは五メートルくらいの大きさだったからな。

 驚いてしまうのも無理はないだろう。


「ご無事ですか!? 一体何が!」

「これこれ、落ち着かぬかヒスイよ。応錬様は少し体が大きくなっただけじゃ。このことは伝承にはなかったがの」

「大丈夫なのですね? よかったです……で! ウチカゲは何処に!?」


 怒りの形相で姫様はウチカゲを探している。

 おおよそ姫様がしていい顔ではないのだが……。

 というかウチカゲなら俺のすぐ隣にいたはずである。

 何故気が付かないのだろうか。


 そう思ってウチカゲのほうを見てみると完全に気配を消していた。

 操り霞がなければ俺も気が付かなかっただろう。

 座禅を組んで、右手だけで拝むポーズをとっているのだが、人差し指だけを折りたたんで他の指は伸ばしていた。

 これは前世で言う黙祷の姿勢なのだろうか。


 俺もこんな風に気配を消したい。

 『暗殺者』の能力なのだろうが……これは熟練度の違いだろう。

 今後姫様から逃げる意味合いでも暗殺者は極めておいた方がいいかもしれないな。


「そうカリカリするでない」

「ですが!」

「ウチカゲが何をしたかはわしは知らんが、応錬様に関することなのであろう?」

「何故それを?」

「ウチカゲがこの部屋を出る前に嫌な予感がすると言っておってな。わしもなんとなく予想はついとったが……お前が怒ってこの部屋に入ってきたことで確信に変わった。応錬様は男の白蛇で感情がある。このことは名前を見たときからわかっていたが……ヒスイよ。お前は応錬様が嫌がるようなことをしたのではないか?」

「うっ……」


 まぁー……わかるわな。

 ウチカゲも隠れてるし、それを見ただけでも何かがあったということは明白だしな。


「何があったのかまでは問わぬが、応錬様はお前だけのものではないのだ。いつまでも我儘を通すようであれば、応錬様をお前の近くには置いておくことすらできなくなるのだぞ? そもそも応錬様が嫌がることをすれば、ヒスイが嫌われる可能性だってある。応錬様には感情があるのだから、もう少し節度を持って接することだ」

「はいぃ……」

「そして、ウチカゲには感謝しておけ。お前たちの里の中で唯一お前を甘やかさぬ男だ。お前が何か間違いを起こそうとすれば必ず助けてくれるだろう」


 確かにウチカゲが姫様を甘やかしているところは見たことがなかったな。

 野営をするときもバシバシ姫様に向かって物を言っていたし。


「さ、夕食じゃ。ヒスイよ。シムとテンダを呼んできてくれるか?」

「わかりました。応錬様、ごめんなさい。今度から気を付けます」


 姫様は俺に謝ってから部屋を出で、二人を呼びに行った。

 姫様がこの部屋を後にしたことを確認すると、ウチカゲも気配を消すのをやめて座禅を解いた。


「ライキ様。有難う御座います」

「なに、気にするな。しかし……お前たちも苦労しておるの。説教などここ十年したことがなかったぞ」

「返す言葉もございませんね。ははは」


 ウチカゲは頭に手をやって愛想笑いを浮かべている。

 俺は鬼たちと出会ってから、姫様の我儘ぶりを見ていたが、ちゃんと叱ってくれたのはライキが初めてだった。

 シムはずっと甘やかしているしな。

 俺が女湯に連れて行かれそうになった時も、困惑こそしてたが止めはしなかった。

 母親にはもう少し頑張ってほしい。


 それからたわいもない話をしていると、夕食が運ばれてきた。

 それに合わせるように姫様がシムとテンダを呼んできてくれたのですぐに食事をとることができた。

 シムとテンダは俺がでかくなっていたことに驚いていたようだったが、すぐに理解してくれた。


 夕食に出されたのは、味噌汁や刺身、そして大きな肉などで和風と洋風が混じったような料理だった。

 ここでは純和風料理という物はなさそうだ。

 豆腐とかないしな。

 俺には肉のステーキが三枚積み上げられていた。

 めちゃくちゃ分厚い。


 姫様は久しぶりに食べるまともな食事がおいしかったようで、ガツガツと食べている。

 相変わらず食べる速度が速い。

 他の皆も美味しそうに食べていた。


「ヒスイ。もう少しお行儀よく食べなさい」

「はーい」


 そうは言っているが食べる速度は変わらない。

 あんまり気にしていなさそうだ。

 まぁ食事は好きなように食べるのが一番おいしいだろう。

 礼儀作法を気にしまくった食事なんてあんまりおいしい物ではないしな。

 何より量が少ないし。


 そんなたわいもない会話をしていた楽しい食事はすぐに終わってしまった。

 テンダ達は、まだ寝るには早いが旅の疲れもあるので今晩は早めに就寝するようだ。

 ウチカゲにいたっては三日も寝ていなかったのだから、体には相当な疲れが溜まっていたようで、布団を敷いた瞬間に倒れたという。

 角で枕を貫かなかったらいいのだが。


 俺は姫様が反省したということは知っているので、隣で寝てあげることにした。

 だが説教が堪えたのか、抱き枕にすることはなかったな。

 あれくらいなら別によかったのだが。

 まぁいいだろう。


 因みに……。

 俺のレベルは食事で30まで跳ね上がった。

 一体何の肉だったんだあれは。

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