10.4.悪魔イルーザ
「あの魔女っ子のことっすよね?」
「そうである。記憶を思い出してからあいつの言動に引っ掛かりがあって寝られないのだ」
「いや昨日普通に寝てたじゃないっすか」
「言葉の綾というのを知らんのか」
魔水晶のことに関して口を閉ざしたイルーザ。
そのことに少なからず疑問を抱いていた。
なので帰ってきたその日に会ってみることにしたのだ。
だが一人で行ってもまた誤魔化される可能性がある。
であれば零漸という証人を連れて行けばいい。
言い逃れができないようにしてしまえば、あとは彼女が折れてくれるのを待つだけだ。
彼女が隠したことは、悪魔の手掛かりに何か直結している気がする。
鳳炎の勘がそう言っており、ここに帰ってきた今は居ても立ってもいられないといった様子だ。
「急ぐぞ」
「分かったっすよぉおおおおおお!!?」
鳳炎が炎の翼を広げ、零漸を掴んで飛んでいく。
許可なく空中散歩に付き合わされた零漸は大声を上げて驚いた。
急に体が浮上したら、誰でも叫ぶというものである。
「暴れるな!」
「無茶言うなっす!!」
◆
数分間の空中散歩を終えた零漸がようやく地面に足を着けた。
慣れない空中は体力を消耗する。
大きく深呼吸をして、ようやく脱力した。
「はぁああああ……。もう少しやりようがあったんじゃないっすか……?」
「善は急げ、だ。できるだけ早く話を聞いておきたいのだ。悪魔の情報を今から探していても遅くはないしな」
「それはそうっすけど……。あの魔女っ子、本当に何か知ってるんすかね?」
「悪魔とレクアムが研究をしていた魔水晶。あれは魔道具の一種と考えるのが妥当だろう。魔物を召喚し続ける魔道具……そんな危険な奴らが研究していた物を知っているのだ。もっと言うのであれば、止め方を知っているのだから、何かしら知っていなければおかしい」
やはり鳳炎が説明をすると説得力がある。
誰でもこの説明を聞いたら「確かに」と頷くだろう。
零漸がとりあえず話を飲み込んだところで、鳳炎はイルーザ魔道具店の扉に手を掛けて中に入る。
カランコロンという音が店内に響き渡った。
前に来店した時と同じように、男の子が走ってくる。
「あ、鳳炎さん! いらっしゃいませ!」
「久しぶりであるな。イルーザはいるか?」
「先生は奥に居ますよ。呼んできましょうか?」
「込み入った話になる。できれば中に入りたいので許可を取ってきてくれるだろうか?」
「分かりました!」
男の子はすぐに奥へと入っていき、イルーザに許可を取りに行ってくれたようだ。
鳳炎は空いた時間で、周囲を見る。
今日はお客さんがまったくいない。
休業日だったのだろうか?
だが店の前にはそんな看板は掛けられていなかったはずだ。
となるとサレッタナ王国で何かあったのだろうか?
「ふむ……」
「凄い魔道具の量っすね……。なにがなんだか……」
「これのほとんどをイルーザが作っているらしい」
「テキルにも負けないくらいの技量っすね。でも日用品が多いんすかねこれ」
「一般家庭に向けられて作っているらしいからな。湯が湧いたり火を簡単に起こすことのできる魔道具を作っていると聞いたぞ」
「冒険者にとってもいい道具が置いてあるんすねー」
感心しながら見学しているところで、男の子が帰ってきた。
どうやら許可を取ることができたらしく、案内をしてくれるらしい。
二人は促されるまま、奥へと足を進めていった。
そういえば、今日は二人の姿を見ていない。
前回は女の子が二人いたはずだ。
今は中で作業をしているのだろうか?
少し考え事をしている間に、イルーザが待つ部屋の前まで来ることができたらしい。
あの時通された部屋と同じ場所だ。
「こちらです」
「ああ」
男の子が開けてくれた扉を通る。
そこにはイルーザが座っており、机には既に茶菓子が準備されていた。
零漸が来ても彼女の表情に変化はない。
ただこちらを笑顔で見ていた。
「お久しぶりです、鳳炎さんと零漸さん」
「なんで俺の名前知ってるっすか魔女っ子」
「応錬さんのお仲間ですからね。お話くらいは聞いていますよ」
二人に椅子に座るようにと促した後、男の子に扉を閉めるように手で合図をした。
扉はすぐに閉められる。
その音を合図に、とりあえず椅子に座った。
そこでイルーザが人差し指を立てて小さく振った。
するとカーテンが閉められ、部屋の中が暗くなる。
ふよふよよ浮いてきた燭台が机の真ん中に置かれ、最後に小さな炎が火を灯す。
鳳炎はこれに見覚えがあった。
「静寂か……? なぜ……」
「はい。『静寂』」
空気が少し冷たくなる。
技能が発動した証だ。
だが鳳炎は眉を顰めて訝しんだ。
ここまでするということは、これから何か重要なことを話すということ。
やはり彼女は魔水晶のことを知っている。
どうやら鳳炎が彼女と話したあの時は嘘を言っていたようだ。
すぐに問いただそうとした鳳炎だったが、その前にイルーザがサイズの合っていない三角帽子を外す。
それを見て、鳳炎と零漸は固まった。
「え、えぁ!? え、え、ええ!?」
「……イルーザ……君は……」
「見ての通り、私は悪魔です。隠していたことを謝罪いたします、生まれ変わりよ」
イルーザの頭には、青く尖った角が生えていた。
鬼のように綺麗な角ではなく、少しだけねじれている。
翼も背中から生え、彼女が悪魔だということを更に決定づけた。
だが分からなかった。
どうして今このタイミングで自分が悪魔だということを二人に明かしたのか。
彼らはまだ自分たちが悪魔の目的を明確に掴んでいるとは知らないはずだ。
知っていればこうして正体を明かすことは容易に想像がつく。
だが何も知らないはずの彼らが、こうも簡単に姿を現すのはおかしい。
「なぜ今……」
「……クティ。鳳炎さん。貴方を刺し、子供の姿にして記憶を取り戻させた上位悪魔の名前です。彼女の技能、報告が私の元にもやってきました」
「……あの時か……」
悪魔の技能はよく分からないものが多い。
あの時クティという悪魔が使った技能は、遠く離れた人物の元にまで情報が行き渡るものだ。
戦っていた時は『零漸を使った』とだけしか言わなかったで、鳳炎は激情してしまったが。
だがクティの技能で自分たちが悪魔の目的、本当の敵に気付けたということを知らせていたのであれば、イルーザが正体を明かすのも納得できた。
何か裏があるのではないかと勘繰ってしまったが、問題はなかったようなのでほっと胸をなでおろす。
「……零漸を連れてきた意味はなかったらしいな」
「ふふ、すいません」
「なんか頭が付いていかないっす……」
「しっかりするのだ。この話はあとで皆に共有しなければならん。……私たちの方から出向いてよかった。話が円滑に進められそうだ」
「元々こちらからお誘いしようと思っていたところでしたしね。帰ってくるタイミングはもう少し後だと思っていましたけど。……ですが、私も悪魔です。多くのことについて話せませんので、そこはご容赦ください」
「重々承知している」
悪魔はほとんど有益な情報を話すことはできない。
声に関することと、その仲間のこと。
それ以外のことに関しては、しっかりと話をすることができるだろう。
彼らは協力者だ。
だから信用することはできる。
鳳炎は話をする姿勢を作り、肘を机に置いた。
イルーザも手を机に置き、両の手を合わせる。
この際、もう魔水晶のことはどうだっていい。
今はそれ以上にしなければならないことがある。
「「話をしよう」ましょう」
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