5.38.文句


「撤退だ」


 その言葉を聞いて、俺たちは勿論悪魔たちも驚きの表情を見せていた。

 ここまでやっておいて逃げれると思っているのか。

 俺たちはそういう意味で驚いていたのだが……悪魔たちは違う様だ。


「ダチアさん! そりゃないだろうが! 俺たちだったらこんな奴ら!」

「では何故君は吹き飛ばされてきたのだ」

「ぐっ! ……いやそれは……!」

「でもでも! イウボラは弱いから仕方ない! でも僕は違うよっ!」

「わざと壁を壊したとでも言うのか。無様に地面を転がっておきながら」

「油断しただけだよー!!」

「おいアブスてめぇ煮るぞ」


 男と女の悪魔が銀色の翼の悪魔に抗議している。

 だが撤退以外の行動を取るつもりはないらしい。


 何なんだアイツら……。

 あいつらは兄妹なのか?

 どっちも襟の長いマントして似たような格好してるけど……。


 奥にいるのはオレンジ色の髪の毛の悪魔だな。

 黒い翼を持っている。

 下をずっと向いているので表情は分からないが、指示が無ければ動かない奴なのだろうか?

 よく分からん。


「ねぇ。遠距離攻撃持ってるのは何人いる?」

「この中にいるのは俺、鳳炎、アレナだな。だが俺はもうMPが無い。天割は後一発しか撃てん」

「じゃあアレナやる。動きしか止めれないけど……」

「「十分です」よ」

「二人が前に出るのであれば、僕は一度様子を見るね」


 ウチカゲとマリアが体制を低くして突撃準備をする。

 マリアも速度が速いのだろうか?


「『重加重』」

「「ん!?」」


 襟の長いマントを着た悪魔に重い重力がのしかかる。

 一気に膝が崩れて地面に伏した。

 それを確認したウチカゲとマリアは一気に飛び出して武器を構える。


 流石にマリアはウチカゲよりも遅いが、それでも十分な速度を有していた。

 十分に近づいたウチカゲは、一気に蹴り上げようとする。


「まぁ、そう急くな」

「!?」


 ウチカゲの蹴りが止められた!?


「俺はダチア。魔将の一人だ。お前は?」

「悪魔に名乗る名など持ち合わせていない!」

「そうか」

「ぐっ! うおお!?」


 ダチアは力を籠めてウチカゲを持ち上げる。

 そのまま一回振り回してマリアへとぶん投げた。


「え、ちょ!?」

「ぐあっ!」

「ふぐ!?」


 二人はぶつかり合って転倒する。

 ウチカゲの一撃を止めるとか並大抵の奴じゃできるはずもない。

 何だあいつ……。


 すると、ダチアは重加重を掛けられた二人の悪魔のもとに歩いていき、ダイスを二つ千切って地面に転がす。

 出た目は二と五。


「……はずれだな」

「た、助かった……。すまねぇダチアさん」

「フギュギュギュギュ……」


 一人はまだ辛そうにしているが、歩けないことはない様だ。

 アレナの重加重を喰らって動ける奴とか見たことない。

 ていうか技能を解除するなんてどうなってんだ。


 何の技能だ……?

 ていうか……あいつ強すぎね?


「あ、兄貴……。どうするっすか……?」

「俺ももう魔法は連発できん。様子見はできないな……」


 だが接近戦でウチカゲが止められたのだ。

 その事実だけでもそいつの反射神経と機動力が異常に速く、更には鬼の力を上回っているという事が分かる。

 それに加えて周囲の悪魔が出てくれば、こちらの勝ち目は低くなる。

 どうする……?


「はぁ……。今俺はお前らと戦う気はない……。三人も既にいるんだからな……」

「何のことだ!」

「こっちの話だ。行くぞお前ら」


 ダチアはそう言って、二人の首根っこを掴んでから飛び立つ。

 どうやら本当に戦う気はない様だ。

 だが、最後の一人がまだ動かない。


 先程レクアムから出てきた悪魔だ。

 そいつはダチアが動いているというのに全く動いていない。

 それに気が付いたのか、また声をかける。


「おい、イーグル。行くぞ」

「…………」

「イーグル」


 イーグルと呼ばれたオレンジ色の髪の毛をした悪魔は、俺たちの方に近づいてくる。

 一定の距離に近づいた時、ようやく顔を上げて俺たちの方を見た。

 その顔は、泣いていた。


 俺たちはなぜ彼が泣いているのか全く理解できない。

 すると、その悪魔は絞り出すかのような声で言葉を投げつけた。


「どうして! 貴方たちはあの方たちの生まれ変わりなのに! どうして邪魔をするんですか!」

「……なに?」

「どういう事っすか……? てか生まれ変わりって……?」

「イーグル!!」


 ダチアが大声を上げてイーグルを止めようとする。

 だが、スイッチが入った彼は言葉を投げかけ続けた。


「ダチア様がどれだけ頑張ってると思ってるんだ! これもお前たちの為なのに! 貴方たちの為なのに! 早過ぎる! 復活が早過ぎるんだ! どうして今なんですか! どうしてまだ眠っていられなかったんですか!」

「イーグル!!!!」


 ダチアは両手に持っていた二人を捨てて、羽でイーグルを包み込む。

 イーグルはその羽の中で大きな声を上げて泣いていた。

 ダチアは彼を静かに撫でる。


 俺たちからしてみれば何を言っているのか分からない事ばかりだ。

 だが、何か訴えようとしているという事は分かった。

 それはこの場にいた全員が分かっている。

 だから誰も技を出さず、静かにその訴えを聞いていた。


「すまないイーグル。俺の代わりに文句を言ってくれてありがとう……」

「うううう……。ううううーー!!」


 彼の言葉が何を意味するかは未だ理解できない。

 何故ここまで言って確信となる部分を言わないのかは分からなかったが、とても重要な事なのではないかと、俺は思っていた。

 確証はない。

 信じられるかどうかも分からない。


 聞かなければ。

 こいつらがしようとしていることを聞かなければ。


「おい……」

「すまない、生まれ変わりよ。君たちに言っても意味のない言葉だというのはこの子も分かっている。だが許して欲しい。そして覚えておいて欲しい。俺たちは、君たちの為に行動しているという事を。ではな。『ゲート』」

「お、おい!」

「待つっす! しっかり説明するっすよ!!」


 悪魔たちは、突然現れた小さな隙間に吸い込まれるように消えてしまった。


 あいつらがやろうとしたことは、到底許されることではない。

 数多くの命を奪おうとしたのだ。

 それが俺たちの為になるとは思えない。


 それに加え、ダチアが言った暇つぶしという言葉。

 あれは嘘だったようにも感じ取れる。

 わざと言ったような……。


 というか、俺が天割を発動した後と前で態度が少し違った。

 そんな気がする。


 煮え切らないが、俺たちは何とか魔物を退けることが出来た。

 俺たちの知らないことが、水面下で起こっているという事が分かったが……これから何が起こるのかは未だ分からない。


「……帰ろう」


 鳳炎のその一言で、俺たちはようやく立ち上がった。

 そしてサレッタナ王国の門をくぐる。

 門をくぐり、ギルドに着くまでは誰一人として口を開く者はいなかった。

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