8.18.空からの襲撃
援軍が来て二日後。
ジルニアが引き連れて来てくれたガロット王国の兵士は、既にバミル領に配置された。
兵力は四千という大きな軍団だ。
そんなに援軍として寄越してもらってよかったのだろうかと、少し心配になったが、どうやらなにか深い事情があるとジルニアから説明をしてもらった。
詳しい内容までは教えてもらっていないようだが、ここだけは何としても守らなければならないらしい。
なんかガロット王国はバミル領に気をかけているようだしな。
深い事情というのは気になるが、戦闘には関係ないから今はいいか。
ガロット王国からの援軍は、やはりと言うべきか歩兵が多かった。
防衛戦では騎兵はあまり使えないだろう。
重装歩兵もいるようで、弓兵もいる。
だが残念ながら魔法兵は少なく、回復職の兵士だけ。
しかしこちらには俺が作った水弾ガントレットがあるので、居なくても問題はないだろう。
誤射しないように祈るばかりではあるが。
援軍が到着してからは、水を凍らさないようにかき混ぜてもらっている。
まぁそれでも凍るときは凍るので、何度か鳳炎が溶かしたり、新しい水を俺が出したりしているわけだが、そういった報告も少なくなってきた。
水を凍らさない魔道具とかないのだろうか……。
しかし今回は水が命綱になるので、絶対に凍らせず、絶やしてはいけない。
今は昼なので凍ってないだけかもしれないけどな。
交代で見張りをしてもらっているし、見張りには水弾ガントレットを装備してもらっている。
水なので冷たいらしいが、暇なときは外してもらっているし、練習に使ってもらったりしていた。
精度も上がってきているようだ。
戦闘が近いということで、全員が少しばかりピリピリとしている。
なんせ初めて戦う者も多いのだ。
援軍が来たからといって安心はできない。
「さむぃ……」
雪が降り始めて二ヶ月……。
日本の季節に合わせると、今は正月か? それとも節分か……?
こんなに寒くなるとか聞いてない……。
というかこの世界、年越し行事とかそういうのはないんだな。
まぁこの状況だからしていないだけかもしれないが。
だが、領民は皆あんまり寒そうにはしていない。
これくらいの寒さが普通であると言わんばかりに平然としている……。
雪国に住んでいる人たちってこんな感じなのだろうか。
「お、いたいた」
「鳳炎か。ちょっと温めてくれないか?」
「私を暖房代わりにするのではない……」
とか言いつつ、炎の翼は仕舞わないでいてくれる辺り優しいと思う。
鳳炎が来てくれたおかげで寒さは一気に緩和された。
いなくなると再び地獄が待っているのではあるが。
「様子はどうであるか?」
「操り霞を展開してはいるが、今のところ敵は確認できない」
俺は今、建設したばかりの城壁の上に立って索敵を行っている。
敵が来たら空気圧縮で押し込めた空気を破裂させて音を出し、敵が来たことを伝える役割を担っているのだが……。
寒いよね!
そりゃそうですよ、ここ結構高いもん。
風の通りがいいんですわぁー森もないしー平原側だしぃー。
もうこうして待ってるのもあれだし、早く来てくれないかな……。
「ていうか寒すぎないか……」
「はいはい、じゃあこれでも飲むのだ」
そう言って、鳳炎はガラスのカップに入った飲み物を渡してくれた。
透明な色をした……お湯である。
「白湯かよ」
「味のついている飲み物など、この世界では紅茶か酒程度である」
「ミルクは?」
「ここに牧場はない」
「そうかぁ……」
何もないよりはましだと思い、その白湯を飲む。
体の中から温まる感じはするが、それも一瞬である。
生姜でもあったら違うのだろうが、贅沢は言うまい。
……なんかこうしていると、サレッタナ王国の城壁で鳳炎と喋っていた時を思い出すな。
そっからすぐに敵が攻めて来たっけか。
でもまぁ、同じことなどそうそう起こるわけもない。
まだ敵の姿は見えないしな。
突如、上空で黒紫色の門が出現した。
「「えっ?」」
門の大きさは有り得ないほどに大きく、バミル領に設置してある正門の十倍ほどはあった。
明らかに異様な光景に、誰もが上空を見上げる事だろう。
用意していた空気圧縮の爆弾を破裂させるまでもなく、敵襲だ、と理解することができる。
すぐに警鐘がバミル領の各場所で鳴らされ始め、兵士や鬼はバタバタと動き出す。
領民もすぐに動き出して城壁に待機し、水弾ガントレットを装備して狙いを定めている。
この動きはバラディムが教えたものだ。
戦いの時にすぐに動くことができるようにと、これだけは何度も訓練をさせていた。
水の運搬には少しだけ時間がかかってしまうが、それもあと少しで到着する予定である。
すると、門の中から一匹の魔物が出現した。
その魔物は子供ほどの大きさではあるが、足はなく頭と翼と胴体、そして大きな両腕しかついていない奇妙な姿をしている。
頭に顔という顔はなく、覆面を被っている時のような輪郭だけしかない。
そして次に、小さな悪魔が出てくる。
「ハッハーイ! チョットハヤメニ、キタヨー!」
小柄な悪魔は楽しそうにクルクル回りながら、そう言った。
妙によく響く声。
子供らしいその無邪気さには何の悪意も感じられなかった。
「ミンナニゲテナイ! ジャアヤクソクドオリ! コロスヨー!」
「鳳炎!」
「分かっている!」
おそらくあの悪魔が、アレナと戦った奴だ。
鳳炎であればどのようなカウンター攻撃であっても死ぬことはない。
すぐに飛び立った鳳炎は、子供の姿をしている悪魔に接近する。
「キミハ、マダダメ! サァーナカマタチ! オーイデー!!」
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」
隣にいた小さな魔物が不気味な声を発したと同時に、門の中から大量の魔物が出現した。
それは声を発した魔物と同じであり、門の隙間を埋め尽くさんばかりの勢いで雪崩のように飛び出してきたのだ。
先陣を切って迎え撃った鳳炎だったが、その魔物の雪崩に飲み込まれて弾き飛ばされてしまう。
だが死ぬことはなかったようで、更に炎翼に触れた悪魔は燃えて地面へと落ちていく。
「飛ぶ魔物……! この数はマズいぞ! 応錬!!」
「分かってるって! 全員! 撃ち込めぇ!!」
俺の掛け声と同時に、準備していた領民が一斉に射撃を開始した。
それが今回の戦いの始まりであった。
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