2.57.状況説明


 ターグはジルニアの言葉に深く頷いた。


 水晶……。

 これはターグがアスレから頼まれて集めていた物だ。

 だがその水晶は特別なもので集めるのにも使うのにも相当なコストがかかる代物だ。

 それは一体何かと言うと、映像水晶と通信水晶だ。


 ターグはこれを様々な町から輸入をしていた。

 一週間という短い時間で何十個と言う貴重な水晶を集めなければならなかったのだ。


 アスレは王座を奪う時にその光景を配信しようとしている。

 そのため相当な数の映像水晶と通信水晶、そして人員が必要なのだ。

 ただでさえ時間をかけて水晶を集めなければならなかったのだが、その期間が明日までになってしまったのだ。


 現在集めてた映像水晶は十七個。

 通信水晶は二十個だ。

 だがこれでもまだ足りない。

 なにせガロット王国は広大で様々な場所に映像を届けるには少なくともどちらも二十五個は必要だ。


「何かあてはあるのか?」


 テンダがターグに問うた。


「今はサレッタナ王国からの報告を待っています。ガロット国の中にも水晶はまだあるのですが……なかなか渡してくれなくて困っているのです。只でさえ貴重なものですから無理もないのですが……」


 通信水晶と映像水晶はどちらも作るのに相当な時間がかかってしまう代物だと聞いたことがある。

 魔術師三人がかりで一か月の時間を有してゆっくりと作り上げていく繊細な物で、酷く脆いという特徴がある。

 貸すのは良いが壊されて帰ってきたらたまったものではないだろう。

 その分の金額は用意しているが、やはりなかなか貸し出してくれないというのが現状だった。


「サレッタナ王国から取り寄せるのは諦めたほうが良い。ガロット国の中で集めるしか間に合いそうにないな……」


 ここからサレッタナ王国の場所までは時間がかかる。

 流石に今からではもう間に合わないだろう。


「ターグ。一番多く水晶を抱えている場所は把握しているか?」

「ああ……。だが壊される可能性がある限り貸したくはないと突っぱねられてしまった。理由を言えばまだ貸してもらえたかもしれないが流石に貴族共にアスレ様の作戦を教えるわけにはいかないからな……」

「そうか……こうしていても始まらないな。俺も動いてみるとしよう」

「頼む……俺も全力を尽くす。水晶の配置はもう決まっていて担当の兵士たちも準備を完了させているはずだ。バルト様がその辺は指揮してくれた」

「何!? バルト様が!?」


 ジルニアが随分と驚いた調子で声をあげた。

 バルトという名前はどこかで聞いたことがあるような気がするけど誰だったか……。

 ジルニアとターグが様付けをしているところを見るに、結構上層部にいる人間であるという事はわかる。

 しかし気になっても聞けないのがこの体の不便な所。

 俺はとりあえず話を聞いてバルトと言う人物がどんな人物かを探り当てることにした。


「バルト様が味方になったという事なのか?」

「そうだ。今ではバルト様が反乱分子をまとめ上げて着々と準備を整えてくださっている。アスレ様も表立っては行動できていないが、王とラッド様に俺達の行動を気が付かれないようにしてくださっている」

「そうか……バルト様が加わってくださっているのであれば成功したも同然だな。しかしなぜ予定が明日に早まってしまったのだ?」

「ああ……それなんだが……」


 ターグは急ぎ気味に今まであったことを説明してくれた。

 水晶を集めるにあたっては特段問題なく事が進んでいたようだ。

 反乱分子もバルトが直接話に行って協力を仰いだことによって戦力は増大し、想像より早く水晶は集まっていたらしい。

 が、その矢先。

 とんでもない話をアスレが聞いたそうだ。


 前置きとして王とラッドが奴隷商と結託していると言う話をターグはしてくれた。

 俺は聞いたことがあるので何とも思わなかったが、それを聞いたジルニアたちは驚いていた。

 だが問題はそこではない。ターグはアスレに聞いた話を事細かく教えてくれた。


 内容は戦争に関する話だった。

 サレッタナ王国に難癖をつけて戦争を起こさせるつもりだというのだ。

 戦争のきっかけを作るためのサテラが行方不明になったことで、いつアレナのことがバレるかがわからなくなってしまった。

 その為事を焦ってすぐにアレナをこちらが発見し、領主の娘を奴隷にしている事実を叩きつけて戦争に持っていこうとしているらしい。

 これは俺が昨日サテラ救出の時に聞いたものと同じだ。


 随分ときな臭い話になってきているが、これを止めるには明日までに事を起こさないと止めることができないらしい。

 王とラッドは明日にでも兵をサレッタナ王国に行かせて調査を行わせるそうだ。

 もしその兵士たちがガロット国から出て行ってしまったら、こちらの騒動とは全く無関係にアレナが見つかってしまう。

 その事実はガロット国だけではなく他の周辺諸国にまで伝わるはずだ。

 そうなればガロット国だけの問題ではなくなってしまう。


 そもそもの話、何故領主の娘が奴隷になっていることで問題になってしまうのか。

 それは闇奴隷と言うのが一番の問題である。

 奴隷商は一つの領地を襲撃して只でさえ一人の領主を殺し、民達を強制的に奴隷に落としている。


 そうして奴隷にした領主の娘が発見されれば、領主の治める領地はどうなっているのかを調べに出るはずだ。

 他にもその娘から事情を聴いたりするだろう。

 そうして発見される事実は、『領地の襲撃と闇奴隷』だ。

 それで真っ先に疑いをかけられるのは、奴隷になっていた領主の娘がいた国と、その国にいる奴隷商。

 その国の奴隷制度はどうなっているのか。

 奴隷狩りを国は認めているのか。

 他国はそのような説明を求めてくることだろう。

 そこにガロット国は聞く耳持たずに戦争を仕掛けるつもりだったのだろう。


 全く面倒くさい話である。

 昨日は思いつかなかったけどゆっくり休んだら意外と出てきた。


「つまり……戦争の引き金になっているアレナと言う少女を見つけに行く調査隊が明日には出発してしまうという事か。その前に騒動を起こして出発自体をなくさなければならないと」

「今のアスレ様やバルト様ではその調査隊を止める権力がないのだ。王直々の命令だからな……」

「よし、では早く水晶を集めることにしよう。レイトン!」

「はい」

「兵士たちにこのことを伝えて出来るだけ早く水晶を回収してこい! 金に糸目はつけなくていい!」


 命令を聞き終えたレイトンは一礼してから外に駆け出して行った。

 貴族だというのになんという素早い動き……。

 ターグもそれに続いて出て行ってしまった。

 今ここに残っているのはテンダとジルニアとサテラ、そして俺である。


 サテラには難しい話だったようでぽけーっとしている。

 妹の名前が出てきたときだけハッと我に返っていたようだが、それ以外は特に興味なさげに聞いていた。

 テンダはと言うと、顎に手を当てて考え事をして言うようだったが、流石にここは自分の出る幕ではないと思ったのか終始無言でジルニアとターグの会話が終わるのを待っていた。


 しばらくの沈黙の後、テンダがジルニアに声をかける。


「……俺達は何もしなくていいのか?」


 それを聞いたジルニアは苦笑いを浮かべながらガシガシと頭を掻きながら困ったように言う。


「本当であれば猫の手も借りたいところですが……テンダ殿とウチカゲ殿には明日頑張ってもらわなければなりませんからね……まだ静かにしておいて頂けると本当に助かるのですが……」

「ふむ……そういうことなら仕方ないな。応錬様、俺たちはもうしばし身を隠します。では」


 そう言ってテンダも二階に戻って行ってしまった。


 サテラが俺を抱きながらジルニアの作業部屋に戻って椅子に座った。

 ジルニアもそれに続いて戻っていく。二人が椅子に座ったと同時にサテラが口を開く。


「おじさん」

「おじっ…………な、なんだい?」


 まだ見た目は老けていそうには見えないが、子供からすればおじさんなのだろうか。

 サテラは何の悪気もなしにジルニアのことをおじさん呼ばわりしてしまった。

 それに少しばかり戸惑っていたようだがすぐに気を取り直してジルニアはサテラに優しく言葉を返す。


「アレナは何処にいるの?」

「……おそらくサレッタナ王国にいるだろう」

「助けに行かないの……?」

「行くさ。でもまだ行けない。行くとしてもこっそり助け出さないといけないだろうから助け出すのは難しいんだよ」


 その言葉を聞いたサテラは難しそうな表情をして首を傾げる。


「何でこっそり……? 何も悪いことしていないのに」

「……これは少し難しい話になるから君が理解できるかどうかはわからないが……。只でさえアレナと言う少女は戦争の引き金なんだ。それに、この国の問題が何とかなったからと言って奴隷狩りの事実が消えるわけではない。もしサレッタナ王国でアレナが発見されてしまえば他国はサレッタナ王国を非難する結果になる。それを避けるためにはアレナをこっそり助ける必要があるんだ」


 確かに何かの拍子で見つかった場合が厄介だな。

 ガロット国は何もしないにしても他の国がどう動くかはわからん。

 出来れば早くしなければならないな……。

 俺がもう少し早く動いていれば良かったのだが……。


 だがもうここまで来たなら目の前のことから潰していかなければならない。

 後悔していても仕方がないからな。


 作戦決行は明日だ。

 水晶はあいつらが何とかしてくれるだろう。

 サテラはしかめっ面のままだが聞き訳は良いようでそれ以上ジルニアに何かを言うことはなかった。

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