2.58.作戦決行!


 夜が明けた。

 街は朝だというのにすでに活気に満ち溢れている。

 パンを焼く匂いが漂い、行商人が大通りを闊歩している。

 店を開ける者もいれば路上で何をするわけでもなくただ座っている者まで様々だ。

 時折聞こえてくる鉄を打つ音は未だ寝ている人を起こす良い目覚ましになっている。


 だが今日の街はなんだか騒がしくもあった。

 兵士たちが隊列を成して歩き、広場で何かを準備していた。

 相当な数の護衛だ。街の人々もなんだなんだと集まり始めている。


 同じようなことが他の場所でも起こっているようで、何かを運び入れたり人を呼んできたりとなんだか忙しそうである。


 兵士たちは日程が早まるという急なことにも迅速に対応してくれた。

 もうすでに指定の位置と役割が分かれていたので思ったより早く行動に移ることができたようだ。

 これはバルトと言う人物が指揮してくれていたらしい。

 流石だとは思うが結局バルトが誰か思い出すことができなかった。

 すまんな。


 俺たちの目の前で映像水晶と通信水晶が出され、兵士たちがそれを守るように展開する。

 壊されたらたまったものではないからな。

 それに借り物も多い。

 取り扱いには十二分に注意しなければならない。

 見ているこちらからしたらひやひやしてしまう。

 だが兵士たちは危なげなく作業をこなしてくれていた。


 今ここに居るのは俺とサレナ、そしてジルニアとレイトンだけだ。

 テンダとウチカゲには別で動いてもらっている。


「お、おい……何が始まるんだ?」

「さぁね~。さっぱりだわ」

「誰か聞いて来いよ」

「いやお前が行けよ……」


 国民たちが口々にそんなことを言い合っている。

 まだ何が始まるのかというのは国民たちに教えてはいない。

 これは実際に配信が始まってから自分たちで気が付いてもらうつもりだ。

 アスレはわかりやすく解説していくに違いない。


「……アスレ様……後はお任せしましたぞ」


 ジルニアはただただ祈っている。

 結局こいつこの日まで一睡もしなかったからな。

 マジで。

 今日が無事に終わったら絶対に物理的に寝させてやるから覚悟しとけよ。


 さて……後は待つだけだが……。

 アスレの方は大丈夫だろうか。



 ◆



 Side―アスレ・コースレット―


 豪華すぎる部屋の中で一人の男が武具を身に着けて立っていた。

 この部屋は客間であるが使われたことは数回しかない場所だ。

 そんなものただの持ち腐れだとは思うがこれは権力を示すためだけの部屋なので別に使うことを前提に作られたものではない。


 貴族ですら近くを通ることがないこの部屋は昼間の密会にはとても役に立った。

 時々来るのは清掃をするメイド位なもので他には誰も寄り付かない。


 男は腰に携えている剣を半身だけ抜いてその刀身を眺める。

 刀身と柄とのバランスが非常に良い軽い剣だ。

 輝かしい装飾すらないものの、その素晴らしい刀身の輝きは装飾などいらないと剣自身が主張するように輝いていた。

 王族が使う剣にしてはとてもシンプルなデザインだが、アスレはこれを非常に気に入っていた。

 初めて剣を握り、初めて剣で魔物を倒した今まで苦楽を共にした愛剣だ。

 シンプルでこそあれど剣への愛着はとても深いものだった。


 コンコンッと部屋をノックする音が聞こえた。

 だがノックした人物はアスレが声を出す前に扉を開けて中に入ってくる。

 アスレ自身もそれをあまり気にしてはいないようで、その人物に向きなおる。


「準備整ったよ、アスレ」

「有難う御座います。バルト兄様」

「今父上とラッドには大事に話があると言って王座の間に呼び出してる。今から王座の間に向かったら丁度いい感じで合流できるんじゃないかな。それと映像水晶と通信水晶は三つずつ配置しているからどこかが壊れても一つさえあれば動くようになってるよ」


 バルトは王座の間に様々な仕掛けを施してくれていた。

 映像水晶は遠隔操作ができる為、盗撮していると思われないような場所に配置して映像を撮っている。

 通信水晶だけは手に持って魔力を流し続ける必要があるので目立ってしまうが、音さえ拾えればいいのでこの役目を担う人には隠れてもらうことにしている。

 街の方でもすでに兵士たちが展開しているようで準備は万端だ。


 今から王とラッドを王座から引きずり下ろす。

 頭の中でそう復唱してみると、体が少し震えていることに気が付く。

 恐怖からくる震えではない。

 かと言って武者震いでもない。

 これは怒りからくる震えだった。


 震える手をぐっと握って無理やり止める。

 剣を鞘に勢い良く収めると小気味のいい音が響いた。


「アスレ、僕はどうしとこうか」

「バルト兄様は安全のためお隠れになっていた方がよろしいかと……。相手も何をするかわかりませんからね」

「確かに病弱な僕がいると邪魔になるね。でも大丈夫だと思うけどな~」

「……まぁ確かに……そうなのですが……」

「じゃあ僕も一緒に行こうかな! 楽しそうだ!」


 どう転んでも楽しいものにはならないと思うのだが……。

 そんなことを頭で考えながら二人は客間を出た。

 客間を出て少し歩くと、ローブを着てフードを目深にかぶった人物が二人後ろからついてくる。

 アスレとバルトはその二人を気にすることなくツカツカと廊下を歩いて行った。


 歩いていると衛兵たちが横を通り過ぎる。

 その衛兵たちもローブの男二人の後ろを付いてくる。

 それは次第に数を増し、王座の間につく頃には五十人ほどの団体になっていた。


 この衛兵たちは全て事態を理解している反乱分子。

 反乱を画策していたところにバルトが乱入してきたときは随分パニックになったようだが、バルト自身がその反乱に乗り気だという事がわかると全面的に協力をしてくれたのだ。

 反乱分子は国民ではなく、王家の護衛を担っている衛兵達であったことにアスレは驚いたが、それは素晴らしい戦力になっていた。


 ここまで王やラッドにバレなかったのも反乱分子である衛兵たちが口裏を合わせてくれていたことが大きいかもしれない。

 それに今回の騒動でわかったことがある。

 今や王族の中に王やラッドの味方をする人物はいないという事だ。

 随分好き勝手やって愛想を尽かされているし、今回の騒動を誰一人として告げ口する人物はいなかった。


 王族の勢力はもう手にしたも同然だ。

 だが後一つだけは今から心を掴まなければならない。

 国民だ。

 国民はまだこのことを知らない。

 この対談は国民に向けてのメッセージであり、アスレが王としてふさわしいかどうかを試す場でもあった。


 アスレは一呼吸おいて扉に手をかけた。

 扉は大きな音を立てながら開いていき、開ききったと同時にアスレ一行は王座の間に入る。


 王座には王とラッドがおり、衛兵たちを見て少し驚いているようだ。

 だが威厳を保つために表情を今一度固く結び、アスレを睨みつけた。


 アスレが一人前に出て片手をあげる。

 すると同時に後ろにいた衛兵とローブの男二人が跪いて待機した。

 無駄のない綺麗な動きだ。


 そしてそれと同時に、映像水晶と通信水晶が起動した。

 これが起動の合図となっていたのだ。

 映像は国内に散りばめられた映像水晶を通して国民に配信された。


「父上、ラッド兄様。私のために時間を割いてくださり有難う御座います」


 アスレは口元を緩めて笑顔を務めていたが、目だけはとても鋭かった。

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