2.59.Side-アスレ・コースレット-③ 抵抗
父上とラッド兄様に一礼をした。
二人は訝し気な表情をして睨みを利かせながら私に向かって言葉を言い放つ。
「アスレ! 一体何のつもりだ! 父上と俺との会話に何故衛兵が必要なのだ!」
その言葉を聞いた後ろにいる衛兵たちは舌打ちや愚痴をこぼしている。
この反応からしてすでに衛兵たちは父上とラッド兄様に対する忠誠心はなさそうだ。
随分とあの二人に振り回されてきたはずなので不満がたまっているのだろう。
だが聞かれないようにだけは配慮してほしい。
衛兵たちに黙るようにと手をあげる。
そのついでに映像水晶と通信水晶の位置を確認した。
映像水晶は門の上にある燭台に一つ、王座の隣にいる家臣に一つ、そして中央右の柱の隣に一つ。
最後の映像水晶は父上とラッド兄様には見えない位置なので悟られることはないはずだ。
通信水晶は自分の後ろについている衛兵の一人に一つ、王座の隣にいる家臣に一つ、そしてひっそりと隠れている暗部の人間に一つ所持させて魔力を流してもらっている。
これらの水晶は街に配置している水晶に繋がっているため、今頃所々で人だかりができているはずだ。
水晶はターグとジルニアに任せているので上手くやってくれている。
ちょっと予定は早まってしまったが最低限のことはしてくれただろう。後で労ってやらねば。
考え事ばかりしていて何も喋らないのは怪しまれるのでそろそろラッド兄様の質問に答えることにする。
「今回のお話は様々な人々に聞いていただきたいことですので、衛兵たちは勿論の事……家臣達にも多く出てきていただきました。少々無礼かと思いましたがそれほど重要なことですのでお許しを」
「……ではその聞いてほしいという話の内容は何だ?」
父上が苛立ったように言葉を投げつけてきた。
とにかく早く話を終わらせてほしいという表情をしているが……そんな簡単に終わる話ではない。
とことん付き合ってもらう。
私は顔をあげて笑顔のまま宣言した。
「はい。まず結論から申しますが……父上とラッド兄様には王座を退いていただこうかと思います」
「な!?」
「…………どういうつもりだアスレ。いくら息子とてその言葉は看過できん。反逆者にでもなるつもりか」
ラッド兄様は心底驚いた表情で体を前のめりにして私が言った言葉に耳を疑っている。
一方父上はあくまでも威厳を崩さぬように落ち着いているようであったが、額には汗がにじみだしていた。
「わかりやすいように申し上げます。今の父上とラッド兄様は、王族としてふさわしくありません。それは私だけではなくバルト兄様、そして今ここに居る衛兵たち……そちらにいる家臣達も思っていることです。言ってしまっては何ですが……貴方達のせいでこの国は腐っています。なので私がその代わりを務めようかと思いまして」
「言わせておけば……! お前のような出来損ないに何ができるというのだ!」
「それなのですが何故私は出来損ないと蔑まれているのでしょうか。剣で兄上たちに勝てないからでしょうか? それともいつまでも物事の結論を出せないからですか? はたまた戦で負けたからでしょうか?」
「全てだ! 全てに決まっている! お前は俺より劣っているのだぞ! 決断は遅いし剣も弱い、貴族共との対談だってまともに出たことなどないではないか! それに戦でも負けて帰ってきた! あれでどれほどの兵士が命を落としたと思っているんだ!」
ラッド兄様がまくしたてるように叫んだ。
こういう反応をするという事は想定内。
今の所計画通りに動いてくれている。
「なるほどなるほど。ですが、もしそうだとしても犯罪に手を染めている人より、私はまともだと思いますがね」
その言葉に二人は固まった。
私の計画を知らない後ろの家臣たちもその言葉に驚いて父上とラッド兄様を凝視している。
今国民達はどのような反応をしているのだろうかと想像しながら、私は追い打ちをかけるように二人に問い詰める。
「……はて、黙ってしまわれおりますがなにか思い当たる節があるのですか?」
「はったりだ! お前は自分が王の座に就くためにそのようなはったりをかましているのだろう!」
「はったりではございませんよ? 貴方方が奴隷商と繋がっていて奴隷狩りをしていたという事はもう調べ上げております。すでに多くの奴隷商を捕まえて尋問を繰り返し、裏も取りましたしね。奴隷が少なくなっていることは私も知ってはおりましたが、鉱山の採掘労働者を増やそうとして奴隷狩りを容認するとは何事ですか! お前らは人間を何だと思っている!」
「なっ……何故そこまで知って……」
気が付くと怒りに任せて叫んでいた。
父上やラッド兄様にこんな口を利くのは初めてだが不思議と全く罪悪感はなかった。
叫んでしまうとそこからは拍車がかかる。
怒りは収まらない。
そのためまだまだ大声で二人の犯してしまった罪を再確認させるように大声で言い放つ。
ラッド兄様が何かを言いかけたようだったがそんなことはお構いなしだ。
「アズバル様の領地を奴隷商に襲撃させ! 作られたばかりの鬼の里にも奴隷狩りを行ったと聞いているぞ! それに続き我が国の兵を使って前鬼の里に戦争を仕掛けた! 無意味な戦いを起こした上に罪も何もない兵士たちに間接的ではあるが奴隷狩りをやらせたこと! どれも許しがたい事案だ! そのようなことを容認する親であるとは! 兄であるとは思わなかった!」
ラッド兄様は少し後ずさりした。
思うことがあるのかどうかはわからないが言い返す言葉はなさそうだ。
だが父上だけは未だずっしりと構えている。
まだ何か言い逃れできるようなことがあるようだ。
「だがアスレよ。それはお前も同じなのではないか?」
「なんだと?」
父上は立ち上がって宣言するように大きな声で言葉をつづけた。
「アスレ。お前は実際に戦に行ったではないか。結果としては負けてしまったがお前も奴隷狩りに加担したのだ。どれだけ否定しようとそのことには変わりはないのだぞ?」
認めたな。
そう小さく言葉にしながら満面の笑みを浮かべて父上の方を見る。
その反応に父上は訝し気な表情を浮かべていた。
まさかこんな反応をするとは思っていなかったのだろう。
「父上は何か勘違いをしておられる」
「何?」
「そうですね……まず耳を澄ませてみてはいかがですか?」
「…………?」
その言葉を聞いた父上とラッド兄様は耳を澄ませて音を拾おうとする。
それは他の兵士たちも同じで甲冑を着ている衛兵は音を立たせないように動かずに静かにしている。 家臣達も耳を澄ませていた。
この部屋は一時的に酷く静かになった気がしたが、それは何処からか聞こえる歓声で壊された。
とても遠くで歓声が聞こえる。
それは国民があげている歓声のようだ。
一体何事かと父上とラッド兄様は首をかしげている。
「何だあの歓声は」
「あれですか? あれは兵士たちが帰ってきたことによる歓声ですよ」
「何?」
「忘れましたか? 私は戦地で父上とラッド兄様に通信水晶でコンタクトを取りました。その時に奴隷商に利用されていると私が言った時、父上は「利用されていればいいではないか」と言われましたよね。それに私は耳を疑いました。それから私は前鬼城に一人で乗り込んで城主とお話をいたしました。無用な戦争を起こさぬために」
そう私が言った後、真後ろに控えていたローブを被った人物が前に出てきてローブを片手で乱暴に引きちぎって脱いだ。
その一人の額には赤角が生えており、明らかに人間ではないと一目で認識できる。
赤色の武具に身を包んでおり大きな太刀を腰に携え、鋭い目で父上とラッド兄様を睨んでいた。
もう一人の額にも角が生えている。
こちらの色は黒色だ。
紫色の武具で同じように身を包んでいる。
が、この人物は目隠しをしているため表情があまり読み取れない。
腕には大きな熊手が装備されていてすぐに動けるように手に持っていた。
明らかに鬼と呼ばれる存在が現れたことにより家臣達は驚いていた。
それは父上とラッド兄様も同じで明らかに引いている。
鬼の一人は周囲に何かを纏っている。何とも禍々しい力だ。
「貴様が……貴様らが主犯か……!」
「テンダ、落ち着け。……よく聞けお前ら。俺たちはアスレ率いる軍勢と戦ってはいない。なので戦死者はゼロだ。怪我をしている者は多いかもしれないがこれはアスレ殿の策だ。今日この日のためのな。そのため……アスレ殿は奴隷狩りに間接的に参加していないし、兵士たちも参加していないことになる。外で聞こえる声は死んだとされていた兵士が帰ってきたことによる喜びの声だな。それとアスレ殿と俺たちは同盟関係にある。なので俺たちの姿を見ても怖がらないでほしい」
敵であるとされていた鬼たちがここに居ることは少し問題になるのだが、これはバルト兄様が講じてくれた策だ。
自分達がその事実を伝えるよりテンダとウチカゲが言ってくれる方が良い。
元々は国民達の前に出して安心してもらうために呼んだのだが……思わぬところで役に立ってくれた。
おそらく今国民たちは帰ってきた兵士たちと一緒にこの映像を見ているはずだ。
父上とラッド兄様の悪事は全国民に通達された。
兵士達も帰ってきた。
これにより死亡されたとされていた兵士の家族は喜んでいるはずだ。
怪我をさせてしまった者達の家族にはあとで顔を出しに行くことにする。
一時的ではあるが嘘をついてしまったわけだからな。
父上とラッド兄様はもう言い逃れできないと悟っているのかもう何も言わない。
そろそろ潮時だ。
「……父上。ラッド兄様。このような結果になって残念です。もう貴方たちの味方はいません。諦めて自分の犯した罪を償ってください。衛兵! ラインド・コースレット及びラッド・コースレットを捕らえよ!」
「「「は!」」」
二人は暴れていたが結局は数の暴力に押されて強制的に連れ去られていった。
その姿を見ていてやるせない気持ちになったが、あの二人のしていたことは許されるようなことではない。
まさか家族とこんな形で別れることになるとは思わなかった。
だがこの国を任せるにはあまりにも頼りない。
ただでさえ政務を疎かにしておりパーティーや遊びごとにだけ力を入れていた。
そんな人物が国を任されていいはずはないのだ。
遊ぶために王族に生まれたのではない。
守るために王族として選ばれたのだ。
それを理解していない家臣や貴族は多い。
権力争いなど邪魔でしかならないという事がなぜわからないのだろうか。
だがこれも平和な日々が続いているためなのかもしれない。それは良いことなのだがな。
二人が連れていかれた後、私は前に歩いていく。
王座の前に立ってその場にいるすべての人物を見る。
誰もが満足げな表情を浮かべていた。
これから腐りきった部分を除去していかなければならない作業を想像してため息が出そうになったが、まだ通信が続いている以上威厳のない発言、仕草は隠さなければならない。
一度大きく深呼吸をする。
一つの映像水晶を見据えたまま、言葉を放つ。
「諸君。私は今日王となりこの国をより良くして行く為に動いていくつもりである。見苦しいところを見せてしまって申し訳なかった。すまない。そして兵士たち。この数日間よく動いてくれた。お前たちがいなかったら私はこの場にいないだろう。国民たちよ。お前たちの家族は戻ってきたか? よければよくやったと労ってやってほしい。明日にでも全ての兵士に報酬を与えよう。無論、その家族にも」
一度言葉を区切る。
咳ばらいをしてからもう一度水晶を見た。
「今までの父親と兄の振舞い……これは私から謝罪しよう。今まで苦労をかけた。だがこれからは私とバルト兄様でこの国を支えていく。だが私たち二人の力では到底無理だ。そこで家臣たち、兵士たち、そして国民たち。さらに言えば冒険者諸君。是非とも私たちに力を貸してほしい! 共にこの国を! ガロット王国を繁栄させていこうではないか!」
そこで王座の間にいる兵士たちは大きな歓声をあげる。
これは同意という意味だろう。
バルト兄様も似合いもしないのに片手をあげて歓声を上げている。
その姿を見て少しおかしく思ったのは内緒だ。
歓声は此処だけではなく、城の外からも聞こえてきた。
《後書き》
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