2.56.予定変更
あれから一夜が経った。
昨晩は俺のMPが尽きてしまって随分と騒ぎになった記憶がある。
ジルニアが執事やメイドを叩き起こして俺を介抱していたところ、テンダとウチカゲまで起きてきて一体どうしたことかとまぁ夜なのに宴会の如く騒がしくなってしまった。
覚えてはいるし聞こえてもいたのだが、動けないのでされるがままだった。
一番困惑しているのはサテラだったが、ジルニアがとりあえず面倒を見てくれていたので何とかなった。
一日たって何とかMPが全回復して、やっと動けるようになった。
動いたら動いたでテンダとウチカゲがうるさかったので試したかった防御貫通を試すべく尻尾で二回ほどぶん殴っておいた。
二人は予想外の痛みに驚いていたようだが、「流石応錬様!」と叫んでいた。
何がすごいのだか……。
動けるようになって落ち着き始めた俺は、いつもの定位置に座っていた。
ジルニアは終わらない書類整理。
俺はその隣で話を聞いている。
もう意味ないんだけどね。
テンダとウチカゲは姿を見られないように隠れていた。
サテラはと言うと、俺が夜連れまわしたあげく、ジルニアの家での騒動に巻き込まれたことによりあまり眠れていなかったようなので、今は寝室で寝てもらっている。
少し無理をさせてしまったかなと反省しながら、俺はジルニアの書類に目を向けている。
うん。やはり読めるようになっている。
ていうかスラスラ読める。
昨日まで読めなかったはずなのだが……一体どういうことなのだろうか。
まぁ読めることができるようになったのは良いことなのだが……。
勉強もせずにこんなに簡単に読めるようになって良いのだろうか。
だが読むことができるだけで書くことができない。
これがまた何故なのかわからないが……雰囲気的に言えば漢字を書こうとしてその漢字がいつまでたっても思い出せないというそんな感覚が常に起こっている。
気もち悪いったらありはしない。
ジルニアがトントンと書類を整えて机の片隅に置いた。
どうやら一区切りついたようで、レイトンが持ってきてくれた冷めきっている紅茶を飲み干した。
「ふぅ……応錬殿。もう体の具合はよいのか?」
うん、大丈夫だ。
ただのMP切れだしな。
一日休めばこれは治る。
だがやはりMP切れは気持ちが悪い……。
動きたいと思うことが無くなり息しかできなくなるのだ。
何度も経験する物ではないなと思い直し、MP切れには十分に注意しなければならないなと再確認した。
「そうか。しかし……サテラ様を探し出すために今まで動いていたとは知らなかったぞ……?」
まぁ誰にも言ってなかったからな。
ていうかいう口もないし。
「それに……まさか奴隷商がアズバル様の領地に入って奴隷狩りをしていたとは思わなかった……」
ジルニアは昨晩、サテラから住んでいた町のことを聞いていたので大体のことは把握している。
サテラはガロット国に連れていかれてしばらくは肉体労働を強いられていたようだが、数日前にローブの男に保護されていたようだ。
やっぱりあの男は悪い奴と言うわけではないのかもしれないな。
多分。
もう領主であるアズバルは死んでいるらしいし、その街の人々は奴隷狩りによってほとんどが奴隷になっている。
復興するにしても相当な時間がかかってしまうことは確実だろうな。
そういえばアズバルってどんな人だったんだろう……。
それに領地のことも話に出てこないから全く分からん。
「まったく……一体何をやらかせば気が済むのか……。今からアズバル様のいた領地のことを調べさせましょう」
するとノックが聞こえた。ジルニアはそれに気が付いて「入れ」という。
そう言われてはいってきたのはレイトンだった。
ここ数日戦いっぱなしで防具はすでにボロボロだった。
随分酷使したのだろう。
作戦開始から今日で四日目……。奴隷商はどんどん捕まっていき、今では出撃する回数はめっきりなくなって、レイトンはようやく防具を脱ぐことができたのだ。
今入ってきたレイトンは初めて見た時のタキシード姿でしゃんと立っていた。
「お疲れ様です、ジルニア様。もうずいぶん奴隷商も静かになりましたね」
「そうだな。お前が頑張ってくれたおかげだ。そういえば尋問のほうはどうだ?」
「はい。奴隷狩りを認めている者、認めていない者様々ですが……まぁ全員奴隷狩りに加担している奴らだとは裏が取れているので、しかるべき罰を受けては貰います」
「その辺は任せる」
ジルニアは投げ出すように言い放った。
流石に疲れているのか、丸投げしている。
だが回復をかけ続けているとはいえ、この四日間一切寝ていないジルニアにはドン引きする。
一回マジで寝てほしい。
だがそのおかげもあって、奴隷商たちはもう動く事ができないまでに壊滅している。
とりあえずはアスレの思惑通りに事は進んでいるようだ。
後はアスレの方だけだが……あと三日。
あと三日で前鬼の里に置いてきた兵士たちが帰ってくるはずだ。
その前に作戦を実行すると思うのだが……まだそれらしい動きは確認できていない。
だがこちらとて全ての奴隷商をしょっ引いたわけではない。
まだ隠れた奴隷商がいるはずだ。
それを探すのは長い時間がかかってしまう。
だが動かないのであれば別に探し出す必要はないのだ。
それがアスレの指示だったからな。
そんなことより俺はジルニアに伝えたいことがあるのだが……一体どうして伝えればいいのやら……。
王族と奴隷商が結託していること……。
そしてアレナを利用して戦争を起こそうとしていること。
これをどうにかして伝えたいのだが……無理かなこれ。
無理だよなぁ……。
「どうした応錬殿。なんだか疲れているようだが……」
「……蛇ですよ? わかるんですか?」
おう、俺もちょっとビビったぜ。
表情とかないしな。
「なんとなくだよ。ずっと隣にいたからね。なんとなくそう思っただけさ」
「そうですか……応錬殿、ジルニア様、お飲み物はいりますか?」
「じゃあ俺は先ほどの紅茶をいただこう。やっと書類整理もキリが付いてきたところだ。久しぶりにゆっくりしたい」
「……そういえば応錬殿は何を飲まれるのでしょうか」
「そういえばそうだな……何を飲むのだ? 水でいいのか?」
あー……別に味覚はあまりないので何でもいい……。
ていうか何なら自分で作れる。
気を使われるのもなんだかあれだし、自分で水を作って飲んでおこう。
「ふむ、必要なさそうだな。流石応錬殿だ」
「ではジルニア様の分だけお作りいたしますね。では失礼します」
レイトンは部屋を後にしようとドアノブに手をかける。
だがその瞬間、扉が何者かの手によって勢いよく開かれた。
すでに扉の前にいたレイトンはそれを避けることができずに体で扉を受け止めてしまう結果となってしまった。
頭とつま先を強打したようで、頭と足を押さえて痛みを懸命に堪えている。
そんなレイトンを見て、ジルニアは大層面白そうに笑っていた。
「~~~~!」
「はっはっはっは!」
笑われているが痛みでそれどころではなさそうだ。
扉を開けた人物を見ようと扉に目を向けると、サテラがキョトンとした表情でレイトンを見ていた。 どうやら犯人はサテラのようだが、なんでレイトンがうずくまっているのか理解していないようだった。
サテラは首をかしげながらレイトンに声をかける。
「大丈夫?」
「……も、もんだい……ありませんよ……」
「そっか! 蛇さーん!」
レイトンの返事を聞くや否やサテラは俺に飛びついてきた。
今は体が小さくなってしまっているのでサテラの小さな体でも俺は易々と持ち上げられてしまう。
子供のため手加減がないので結構痛い。
サテラが俺に頬ずりをしていると、また後ろから誰かが入ってきた。
テンダだ。
自分達が信仰している白蛇をぞんざいに扱われているところを目撃して顔から血の気が引いてしまっている。
テンダは部屋に入ったままの状態で固まってしまった。
また随分と懐かれてしまったものだ……。
アレナと再会したら取り合いにならないだろうかと少し心配している。
それに姫様も乱入してきそうだな。
あれ? 俺の体もつかな……。
「はっはっは。応錬殿は様々な人を引き付けるのだな! 俺も見習いたいところだ」
「…………」
「て、テンダ殿……大丈夫ですか? 顔色が優れませんが……」
「……は! い、いや……問題ない……さ、サテラ殿。乱暴に扱ってはなりませんよ……なにせ白蛇様なのですからね」
流石にテンダも人と鬼とでは認識の違いがあるという事はわかっているようで、怒る事はしなかった。
サテラはテンダの言葉を聞いて「はーい」と軽く返事をしただけでやることは変わっていない。
俺をずっと抱いたまま椅子に座っている。
テンダは結構気にしているようだが、俺としては別に問題はない。
何ならこれくらいフレンドリーのほうが俺も気が楽という物である。
王族じゃないんだからそんなかしこまられても良いんだけどね。
対応の変らないサテラにテンダはどうしたもんかと頭を悩ませていたが、俺が別段気にしていなさそうにしているとそれがわかった様で、最後には一度ため息をついて諦めてしまったようだ。
足の痛みが引いたレイトンはやっと紅茶を作りに部屋を出て行った。
それを見届けたテンダがジルニアに声をかけた。
「ジルニア殿。進捗はどうだ?」
「ええ、抜かりはありませんよ。奴隷狩りに加担していた奴隷商はほとんど捕らえました。もう奴隷商には奴隷狩りをするほどの人員はいないでしょう」
「そうか。となると俺たちの出番ももうすぐか」
「まだ三日ありますからそれまでは静かにしておいてくださいね? すぐにばれちゃいますから……」
「そうなのだが……こうも何もしていない日々と言うのは初めてでな……体がうずいて仕方がないのだ」
テンダは前鬼の里でも前に住んでいた里でも指揮全般を請け負っていたらしいし、休むという事がほとんどできなかった。
十分領主としての器量があるし、それをライキもわかっていて重い役目を担わせたと思う。
なので一週間も何もしないというのは逆に大変なのかもしれない。
「まぁまぁ。休まないといけない時こそ休まねばいけませんからな。戦場と同じですよ」
おいジルニア。
お前それもういっぺん言ってみろ。
お前ここのところ四日寝てないだろ。
俺の回復が無かったら今頃ぶっ倒れてもおかしくないんだからな?
人に休めって言う前にお前が休め馬鹿!
そんな俺の心の声は聞こえるはずもなく、テンダとジルニアはこれからのことを話続けていた。
サテラは流石に難しいことはわからないようで舟漕ぎをして暇そうに俺を撫でていた。
サテラを助け出したのは良いのだが、おそらくあのローブの男はラッドにサテラがいなくなったことを報告しているに違いない。
いくら俺たちの味方っぽい雰囲気を出していようと、何をするかはわからないので一番最悪なケースを想定しておく必要がある。
ローブの男はラッドの味方である必要があるため、非常事態は必ず報告するはずだ。
ラッドはどこまで本気で探してくるかは分からないが、戦争のきっかけとなるサテラをみすみす諦めるほどの馬鹿ではないはずだ。
だが三日。
あと三日守り抜けばアスレが行動を起こしてくれる。
無事にアスレが王座を奪い取ることができたのであれば、こちらの安全は保障されるはずだ。
それまでは何としても守り抜かなければならない。
そのとき突然バァン!
大きな音を立てて玄関の扉が開いた音がした。
部屋にいた一同は一瞬驚いたがすぐに構え直して何事かと玄関の方に出ていく。
「何事だ!」
「ジルニア!」
「!? ターグじゃないか! どうしたんだ!」
玄関には息を切らして両手を地面についているアスレの家臣の一人、ターグの姿があった。
随分と急いで来たようで、汗だくになって懸命に息を整えている。
ターグはメイドのカルナから水とタオルを受け取って乱れた呼吸を整える。
暫くすると落ち着いたようでようやく喋れるようになったらしい。
それを確認したジルニアがもう一度問う。
「ターグ、一体どうしたんだ?」
「はぁ……よ、予定変更……明日には決行する」
「な、なに!? 明日だと!? だ、だがそれでは前鬼の里に置いてきた兵士達が帰ってこないではないか!」
「大丈夫だ! 今俺の斥候を前鬼の里に飛ばした。明日までに戻ってくるようにと伝えてあるから明日までには帰ってきてくれる。だが問題はそこじゃない」
「…………水晶か!」
ターグはその言葉を聞いて深くうなずいた。
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