2.55.サテラ救出


 何処から落ちてきたのかわからない紙を尻尾で器用に広げながら、中に書かれている文字を見てみる。

 だが俺はこの世界の文字は読めない。

 落ちてきたのが気になったのでおもむろに広げてみただけだ。

 もしかしたら文字ではなく何か違う物が包まれているという可能性もあったが、やはり紙の中には文字が書かれているだけだった。


 読めないとはわかっていても、やはり見てしまう。

 明らかに日本語ではない。

 かといって英語やロシア語、ギリシャ語などでもない様だ。

 未知の文字を見ていても意味がないので早々にそれから目を離し、サテラをどう起こそうか考えた。


 しかし、妙なものが頭の中に残った。

 理解していないはずなのに理解できているような不思議な感覚がこびりついていた。

 確か……さっきの紙に書かれていた最初の文字は「だ」だったような気がする。

 それが気になって仕方なくなった。

 俺はもう一度落ちてきた紙を見てみる。


 すると読めた。

 全く知らない文字、全く知らない形、読み方だというのにそれが全て今まで使って来た日本語のようにスラスラと読むことができる。

 何がどうして文字が読めるようになったかがわからなくて一瞬戸惑ってしまったが、書いてある文字を読み進めていくにあたり冷静さを取り戻していった。

 少し信じられないようなことが書かれてあったからだ。


「誰かは知らないが、この子を頼む」


 メッセージからして先ほどのローブの男が書いたものだろう。

 いつ書いたかまではわからないが、これは俺に向けられたものだということはわかる。

 しかし暗殺者を使用して極限まで気配を消していたというのにどうしてバレてしまったのだろうか……。

 少し自信を無くしてしまいそうだ。

 まだまだ熟練度が低いのかもしれないな。


 あのローブの男は完全にラッド側と言うわけではないのだろうか?

 そうでなければこんなメッセージなんて残さないと思うが……。

 まぁこんなメッセージがなくてもやることは変わらないけどな。

 だけどあのローブの男は少し気にしておこう。

 またどこかで会うかもしれないしな。


 さて……本格的にこの状況を何とかしよう。

 いきなり蛇が現れたらびっくりするよな……。

 んー……とりあえずサテラを起こして……警戒されないように……え、ちょっとまって本当にどうしたらいいんだろう。


 よ、よし、まず起こそう。

 揺すり起こし……たいけど俺のこの体だと小さすぎて無理だな。

 それに蛇が起こすとか怖すぎる。


 あんまりいい方法じゃないけど、無限水操で水を作って水滴を顔に当てて起こすことにする。

 俺は少し離れて隠れておく。

 とりあえず怖がらせないことを念頭に置きながら対処するぞ。


 作戦通り、サテラの顔に水滴を垂らして起こそうとする。

 随分嫌気な顔をしているが……まだ起きない。

 四回ほど水滴を垂らしたところでようやく起きてくれた。

 だがまだ寝ぼけまなこで目をしぱしぱさせている。


「ん~……?」


 サテラは体を起こして上を見上げている。

 周囲を確認してここがどこかを確認しているようでもあった。


 そこで俺は水の塊を作って浮遊させる。

 結構大きめに作ったのでサテラもすぐに発見した。

 だが驚く様子はなく、首をかしげてなんだこれ?

 という表情を浮かべていた。


 サテラが水の塊を見たと同時に、水をアレナが教えてくれた宝石の形に変形させる。

 アレナはこれを見せればいいと言っていたが……どうだ……?


「……! あぁ! パパとママの宝石!」


 薄暗い中しばらく目を凝らしてそれが何かを見ていたサテラが急に眼を見開いて、宝石に向かって指を差してそう言い放った。

 どうやら無事に伝わったようだ。

 流石アレナだぜ!


 次はもう少し警戒心を解かせて俺を登場させたい。

 お、そうだ!


 宝石の形にした水を散りばめて床に撒く。

 サテラは残念そうな顔をしていたがちょっとだけ待ってほしい。

 床に落ちた水の塊たちは見え辛く、一体どこにあるのか全く分からない。

 だがそれでよかった。


 俺は水を華の形にして床いっぱいに広げる。

 もちろんすべてが水なので今は見えない。

 夜目の利く俺は勿論見えているが、サテラには見えないだろう。

 だからその水に回復技能をかけてやる。

 回復技能はかけると淡い緑色の発光をした。

 水で作った全ての花に回復をかけてみるといい感じに発光してくれる。


 一つ一つの光自体は弱い物だったが、集合体ともなると話は別だ。

 淡い光が隣の花を少しだけ光らせる。

 それは連鎖していき、この部屋の床は全て綺麗な緑色の花畑に変わった。

 水で作っているとはいえ形を整えているのでしっかりと花の形が見て取れる。

 暗闇に咲き誇る輝く水の花。

 自分でやっておいてなんだが見とれてしまうほど綺麗な物となった。

 イメージとしては大成功!


 サテラも女の子だ。

 こういうのは好きだろうと思いやってみたのだが……想像以上に好評だった。

 目を輝かせながらその光景を見ている。

 ここで俺が登場……と言いたいのだが……想像以上に幻想的な空間になった場所に、茶色い蛇が出てきていいものか……。

 白蛇ならまだよかったが、茶色い蛇が出てくれば雰囲気ぶち壊しである。

 やめておこう。


 なので、俺はその花達の一部をかき集めて、蛇の姿にした。

 勿論回復のかけている水なので未だ緑色に発光中だ。これなら不自然はないだろう。


「蛇さん!」


 サテラが蛇に気が付いて声を出す。

 あまり大声は出してほしくないが、とりあえず怪我を治してあげなければならない。

 俺は遠くからサテラに『大治癒』をかけて傷を癒していく。


 するとサテラの体が淡い緑色に包まれた。

 体中にあった傷やあざなどが見る見るうちに消えていく。

 淡い緑色の光が消え去った後は、年相応の綺麗な肌が戻っていた。


「痛くない……あ、ありがとう蛇さん」


 それはどういたしまして。

 俺は水で「( ^ω^)」という顔文字を作り出す。

 久しぶりに顔文字を作った気がするぞ……!


「か、かわいい……」


 お! わかるか!

 この顔文字の可愛さが!

 多分この世界にはない文字だからな!

 受け入れてくれるか心配だったけどやっぱり顔文字はいい文明なのだ……。

 今後も多用していこう。


 さて、とりあえずここから脱出しなくては。

 幸い他に人はいないみたいだし、今なら難なくここを離れることができるだろう。

 とりあえずジルニアの屋敷に連れて行かなければ……。


【十分な理解を検出しました。記録します】


 ぎゃあああああああああ!!?

 てんめぇこの野郎ぶっ殺すぞマジで!

 おちょくってんのか!

 大体何なんだよそれ!

 何がトリガーなんだよ!

 ふざけやがって!


 あー驚いた……。

 気を取り直して、サテラを脱出させよう。

 水で手の形を作ってこっちに手招きする。

 サテラはベットから飛び降りて素直に俺についてきてくれた。


 家を出るとサテラは随分とおろおろした様子で周囲を気にし始めた。


「へ、へびさん……私家から出たら怒られちゃう……」


 大丈夫だ。

 そう心の中で思いながら水で作った手でサテラの背中を押してやる。

 暫くそんな様子で歩いていた。

 だが家から離れるごとにサテラの表情は明るくなっていき、今ではもう背中を押してやることは必要なさそうだった。


 ジルニアの家は此処からすぐだ。

 ジルニアは多分まだ起きているはず。

 家に押しかければ入れてくれるだろう。


 だが一つ問題が発生していた。


===============

 LⅤ :8/200

 HP :350/350

 MP :54/421

===============


 MPが残り少ない。

 すでに操り霞は展開するのをやめているが、泥人と回復技能をかけ続けている水の蛇がMPをごりごりと貪っていた。

 操り霞のほうがMP消費はすくないが、泥人は目視で相手を確認できるので残しておきたかったのだ。

 しかしこのままではMP切れになって一日死んだように眠ってしまう。

 出来ればその前にジルニアの家にサテラを送り届けたい。


 流石にサテラに見せた回復の華がやばかった……。

 一個一個はたいしてMPを消費しないが、結構作り出してしまったからな……。

 今度はもう少し数を減らすことにしよう。


 そうこうしている間に何とかジルニアの家にたどり着くことができた。

 速攻で監視役の泥人を解除してMPの消費を抑える。

 なんとかMPが切れる前にジルニアの家にたどり着くことができたことに安堵した。


 俺はサテラに、この家の扉をノックするようにと絵文字で伝える。

 サテラは軽く頷いてその扉をノックする。


 音はここまで聞こえてきた。

 隣で書類整理をしていたジルニアがいち早く気が付き、玄関に向かって歩いていく。

 本来であれば他の執事やメイドの仕事ではあるのだが、流石に昼間に動かしすぎて疲れている。

 真夜中の対応は全てジルニア本人が請け負っていた。


 玄関に行くジルニアに続いて俺も玄関に向かう。

 ジルニアが扉を開けると不安そうにしているサテラがそこにいた。

 先ほど水で作った蛇を消してしまったので少し不安になっていたらしい。

 ちょっと悪いことをしたとは思うが、流石にジルニアにあの蛇を見せるわけにはいかない。

 何より俺のMPが持たない。


 不安そうにしているサテラに向かってジルニアは優しい声で語りかけた。


「こんな夜中にどうしたんだい? 迷子かな?」

「え、えっと……あの……蛇さんに連れられてここに来たんですけど……えっと……」

「蛇さん? え、もしや……ってうおお!?」


 ジルニアはいつの間にか足元にいた俺を見て一瞬飛んだ。

 すまん、驚かすつもりはなかった。

 サテラは本物の蛇を見てびっくりしているようだが、俺が尻尾を振って、頭の上に「( ^ω^)」という顔文字を作ると笑顔になってくれた。


「蛇さん!」

「え!? ってことは……応錬殿の客人か。であればもてなさねばならないね。お入り、お菓子でも用意しよう」

「ありがとうございます!」


 とりあえず俺の目的は果たせた……あれ?

 なんだか急に体が言うことを聞かなくなってしまった。

 何にもやる気が起きない。

 ……あれ?

 この感覚どこかで……まさか!!!


===============

 LⅤ :8/200

 HP :350/350

 MP :0/421

===============

 

 …………さっき顔文字を作った時の無限水操でMPが切れたのか?

 ……顔文字にとどめ刺されるってなんだよ……。

 格好がつかないな……。


 ぐはっ。

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