4.22.昇格試験 零漸・アレナ
零漸はそのまま動かずに周囲を警戒していた。
このような行動をとってしまうのも仕方のない事だろう。
なにせ相手の姿が見えないのだから、零漸から手を出すことは不可能なのだ。
しかし、零漸には人並外れた防御力がある。
零漸であればどんなに強い攻撃でも弾くことができるため、こうして相手が攻撃してくるのを待っているのだろう。
つまり……零漸が狙っているのはカウンター攻撃。
相手が撃ち込んできた場所から予想して、相手を掴むか何かの攻撃を繰り出すつもりなのだろう。
んー……さっきの威勢から、このような行動を取られると少し拍子抜けしてしまうが……状況を理解して自分の能力を存分に使った良い行動である。
ビッドは跳躍し、重力に従いながら剣の重さを増していく。
一切動かない零漸に容赦なく一撃を繰り出すあたり、また何かギルドマスターに指示を受けているのだろうとは思ったが、残念ながらその一撃は呆気なく弾かれた。
木の剣が零漸に直撃したと同時に、木の剣は根元から折れてしまったのだ。
「なんっ!?」
「そこかああああ!!!!」
折れた部分の剣が不自然に出現する。
どうやらビッドの体に身に着けている物だけが透明になるようで、離れてしまったものは透明化が解除されてしまうようだ。
音と折れた部分の木の剣の位置を把握した零漸は、ビッドの方向に力強く飛び込んでビッドの胸ぐらを掴んだ。
「地身尚拳!」
「ぇぐぁ!?」
零漸はビッドの胸ぐらを掴んだまま力任せに下に引っ張り込み、そのまま片膝をビッドの背中に回し込んで押し倒す。
地面に倒れ込んだ瞬間、膝をビッドの体に打ち付ける。
強烈な一撃を喰らってしまったビッドは、肺の中の空気を全て吐き出して気絶してしまった。
気絶したと同時に透明化も解除されてしまったようで、ようやく姿を見ることができた。
「っしゃあ!」
「……絶対痛いだろ今の……。大丈夫かビッド……」
明らかなオーバーキルを見てしまって、ギルドマスターであるマリアも少し青ざめている。
確かに今のは少しやりすぎな気もしたが、結局のところビッドも本気でかかっていたので仕方のない事である。
本気出して攻撃をしてきた相手に手加減するのは失礼という物だ。
「ちょ、え!? 何したのあいつ!」
一瞬でシャドーアイの隊長がやられた為、部下であるティアラが驚愕の声を上げた。
確かにあんなのを見せられて驚くなという方が無理があると思うのだが、隠密部隊であるティアラがそんなことで声を上げてはいけないだろう……。
さて、最後に残っているのはアレナだ。
恐らくあいつもギルドマスターに何か言われているかもしれないので、妙なことをしてくるかもしれないが、とりあえずアレナの技能であれば何とでもなるだろう。
「おーい、マリア。進めてくれー」
「……は! え、ええ! てぃ、ティアラ……お願いね……?」
「……」
ティアラは未だに透明化のままなので、どのような様子なのかは分からないが、俺にだけはよくわかる。
とても硬くなっているのだ。
と、言うより……怯えているというのが一番正しい表現かもしれない。
先程の二人のあり様を見ているため、アレナもとんでもない子だろうと思っているのかもしれないが、それは間違いではない。
とりあえず零漸をこちらに呼び、アレナと交代する。
アレナは腰に下げていた小太刀を抜いて、透明化のティアラの前に立つ。
若干緊張しているようにも見えるが、それよりも相手のほうがビビり腰なので問題は無いように感じる。
二人がようやく構えを取ったと同時に、マリアが手を上げて開始の合図を出した。
「も、模擬戦開始!」
「先手必勝!」
いち早く動いたのはティアラであった。
相手に準備をさせる前に終わらせようという魂胆なのだろう。
急速に接近してアレナの腹に剣を撃ち込もうとしているようだ。
対するアレナは一つの技能を口にした。
「グラビティドーム」
アレナを中心に透明な何かが広がっていく。
広がり切る前にアレナはひょいと空中に浮かび上がり、ティアラの剣が届かない場所まで上がってしまった。
確かにそこにいれば少しは安全かもしれないが、相手がどんな技能を持っているかわからないので、まだ油断はできない状況だ。
「飛んだ!? 私も……っ!?」
アレナを追いかけようとしゃがみ込んで跳躍しようとしたティアラだったが、どうしたことか足を地面につけたまま膝を伸ばし、跳躍することなく地面に倒れてしまった。
すぐに立つかと思ったが、すーっと透明化が解除され、それからは一切動くことなくじっとしていた。
それを確認したアレナはすーっと静かに空中から降りてきて、ティアラの様子を見る。
小太刀の柄でツンツンと突いていたが、ティアラは全く起き上がることがない。
それを確認したアレナは、満面の笑みでこちらを向いて大きな丸を両腕で作った。
どうやら、気絶したようだ。
あり得ないといった表情でマリアはティアラに近づくが、どうやら本当に気絶しているようで不機嫌そうに頭をカシカシと掻いていた。
そこで、アレナがこちらにふよふよと飛んで帰ってくる。
「おおおお! アレナー! やるっすね!」
「へっへー!」
「でも何をしたっすか?」
「私のグラビティドームって、その中であれば重さを自由に変えられるの! だから地面に近い場所だけを重くして、他は軽くしたの!」
つまり……あのドームの中にティアラが入った瞬間から、もう勝ちは確定していたという事か……。
アレナが浮かび上がるまでは重力操作をしなかったため、ティアラは動けていたのだろうが、アレナが浮かび上がってからすぐに重力を操作したため、あのような不格好な倒れ方をしたのだろう。
まだ小さいというのに、グラビティドームを既に使いこなしているとは……。
これは俺が心配することもなく、アレナはどんどん高みに登っていくかもしれないな。
「大したものですね」
「全くだな。ウチカゲ、お前今度アレナに剣術を教えてやってくれ。接近戦はほとんど経験ないだろうからな」
「分かりました」
さて、とりあえずこれで昇格試験は終了という事でいいのだろうか?
マリアが向こうで呆けているので、話が進まないのだが……。
とりあえず近づいて話を聞く。
「おーい、マリア」
「ああー……合格よ? 勿論合格ね。でもまさか……この三人を倒しちゃうだなんて……」
「そいつらそんなに強いのか?」
「技能がね? 気配も消せる技能なんて反則物なんだよ? なのに倒しちゃうんだもん……」
とは言っても、あいつらは戦いの中で他の技能を使わなかった。
と、言うより使えなかったと言った方が正しいのかもしれない。
全力を引き出す前に、全員倒してしまったようではあるが……。
悔しそうにするマリアがなんとなく面白かったが、唯一気絶していないクライスは肩を落として元気がなさそうにしていた。
あれだけの実力差を見せつけられたのであれば、そうなってしまうのも分からないでもないがな……。
「は~……あんたら何者なの……?」
「霊帝。とりあえずそう覚えておいてもらえればいい」
「ああ……そう……。とりあえず貴方たちのランクをD-にしておくよ。約束だし、皆それなりの実力はあるみたいだしね」
「俺の連れだぞ? 当り前じゃないか」
実際の所、アレナがこんなに強くなっているとは思わなかったわけだが、結果オーライという事で何も聞かないでおこう。
とりあえず、俺たち霊帝はギルドマスターに認められたようだし、晴れてD-ランクに昇格したというわけだ。
それからの手続きは非常に簡単なものだった。
ギルドカードを出して、何かに通すだけ。
帰ってきたギルドカードには、星マークが一つだけついていた。
これがDランク帯の証なのだという。
Sランクに上がるころには星が五つになっているのだろう。
と、いう事はあの二人のギルドカードには星が五つ付いているのか。
「まぁいいわ……。でも、まだまだ私には勝てそうにないね!」
「試してもいいが……Sランクに上がるときまで我慢するとするか」
「そうして。じゃ、これからはDランク帯の依頼を受けてね」
「それはないな」
「? どうして?」
これからDランク帯でチマチマとランクを上げていくのでは俺たちの性に合わない。
俺は零漸、アレナ、ウチカゲに目配せをして、全員が頷いたのを確認したところでマリアに向き直る。
「これから俺たちはダンジョンに潜る」
「……え?」
「俺たちはDランク帯もすっ飛ばしてCランクになりに行くって事っすよね!」
「そういうことになりますね。まずは荷物を準備しなくてはいけませんが」
「アレナも手伝う!」
「ではお願いしましょう」
「ちょっとまって??」
マリアが手を前に出して俺たちの会話を制止した。
ダンジョンに潜って制覇すればランクを一つ上げてくれるという事は知っているし、これは冒険者ギルドが出している物なので早々簡単に覆るものではないはずだ。
故に、なにも文句は言われないはずなのだが、マリアは少し困ったような表情で再確認を行った。
「え、貴方たち……あのダンジョンを制覇するつもり?」
「そうなの!」
「もうちょっと待って? ね?」
「? どうして……?」
アレナが代表して質問をしてくれたが、確かにそれは気になるところである。
マリアはそれにすぐに答えようとはしていたのだが、おもちゃを没収された子供のような表情をするアレナの顔を見て非常に答えにくそうにしていた。
それでも説明しないわけにはいかないと、出来るだけアレナを見ないようにして、説明をしてくれた。
「いやあの、確かにそれは正攻法ではあるけど……し、申請が……」
「しんせい?」
「いや、一回の申請なら簡単なんだけど……貴方たちみたいに連続で昇格する人ってまずいないの。で、連続で昇格するとその過程で何があったのかを申請しないといけない訳。だから数回でいいからDランク帯の依頼を──」
「断る」
「時間の無駄ですしね」
「ダンジョン行くの」
「ダンジョン楽しみにしてここに来たんすからね! 当然っすね!」
正攻法であるなら何も問題ないし、話を聞いてみればマリアが少し忙しくなるだけの事のようだ。
それだったら何を遠慮することがあるのだろうか。
アレナも零漸もダンジョンに潜りたくて仕方ないといった様子なのだ。
これは俺では止めることはできないだろう。
もし止めようものならアレナに重加重を喰らわされてしまいかねない。
それは御免こうむりたいし、俺もダンジョンは非常に気になるので、行く以外の選択肢は今の所ないのだ。
「つー事だ。後は任せる」
「え、ちょ」
「ウチカゲー。ダンジョンって何が必要?」
「んー……まずは明かりですね。暗くては何も見えませんから。ダンジョン前に店が出ていたのでそこで揃えましょう」
「もう行くっすか?」
「善は急げ、という言葉があるぞ」
「行きましょうか!」
と、言うことで俺たちは後ろで何やら叫ぶ声を完全に無視して、ダンジョンに潜るための準備をしに行くべく、冒険者ギルドを後にした。
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