3.34.帰還
ガロット王国。
鉱山が隣にあり、そこから様々な鉱石を採掘することができる。
その鉱石は鉄に始まり、銅、金、銀は勿論ミスリル、魔導石、魔結晶、などと言った高価なものまで、ありとあらゆる鉱物を採掘できる数少ない場所だ。
その鉱脈はまだまだ尽きることを知らず、今後五百年は持つのではないかと言われているほどの物だ。
だがそんな富がある場所を狙う者は少なくなかった。
権力争いに武力行使、様々な攻撃を加えられてきた国だったが、初代コースレット家当主、ライバッハ・コースレットはそんな者どもを全て撃退した。
その強さを認められて、周辺諸国の小さな領主はライバッハ・コースレットの傘下に入るようになり、共に国起こしを手伝ったとされている。
初めは小さな領土を持つ当主でしかなかったライバッハ・コースレットは、家臣や配下の者どもに助けられてついに貴族となり、更には国を任せられる王となった。
防衛設備は強化され、武器や兵器の研究、魔導兵などの育成も行い軍隊として何処へ出ても恥ずかしくないような部隊を作り上げることにも成功。
城を作り、自らの権力を示した。
冒険者ギルドの設立なども率先して行い、国全ての管理をしていたと聞いている。
今俺たちはそんな歴史のある国の中にいた。
約二週間ほどここを離れていたが、様子はあまり変わっていない。
だが人の活気は以前この国を訪れた時よりもあるようだった。
店が出て主婦が買い物をして、子供たちが遊んでたまーに喧嘩が起きている。
この国ではその様なことは日常茶飯事。
喧嘩が起きれば野次馬が応援していたり、子供が遊んでいれば他の子供もくっついて遊び始めたりしている。
サテラは懐かしむように馬車から顔を出して周囲を見渡し、アレナは珍しい物を見るようにきょろきょろとしていて、気になる物があればあれは何だと俺かウチカゲに聞いてくる。
その度に答えようとするが、その前にサテラが全て説明してしまうため、俺たちは口を出せない状況にあった。
サテラとしてはお姉さんを演じたいのだろう。
ここはサテラの好きにさせておきたいが、アレナはなんで俺に聞いたのに姉さんが答えるのかちょっと不思議そうだった。
そしてアレナ以上に興奮して周囲を見回している奴が一匹……。
「おっわぁー! すげぇ! 俺初めて国に入りましたよ! すげー! 西洋! 西洋建築! ん~! 最高っすね!」
「うるせぇ……」
そんなに大声で叫ばないでほしい。
これから冒険者ギルドとかにも行くんだぞ……。
そこでも叫ばれたらマジで気絶させようかなとも思う。
大声を持って叫び散らしているので周囲からの目線が少々痛い。
零漸の体は既に成人男性ほどであり、見る人によってはかわいそうな子だと思われているに違いない。
だが零漸はそれを一切気にすることなく、感動を表現しようとしていた。
楽しそうで何よりだ。
兵士たちは俺たちのことを覚えているようで、見つけると手を振ってくれた。
ついでなので城に行って俺たちの帰還を報告してきてくれないかと頼んでみたら、割とすんなり了承してくれる。
張り切ってすぐに馬を借りて城へと走ったほどだ。
そんな光景を見て苦笑いを浮かべつつ、俺たちはゆっくりと城へと向かって行った。
「ふぉぉおおおお!」
「うっるせぇ!」
零漸の首筋に手刀をかました。
気絶こそしなかったものの、激痛で悲鳴を上げたのは言うまでもない。
◆
城の中には顔パスで通れた。
めっちゃびっくりしたよ。
それでいいのか? 王宮だぞ此処。
まぁすぐに進めるからいいんだけどさ。
もうちょっと警備は厳重にしたくれたほうが個人的には安心できるんだけどな。
馬車は王直属の衛兵に任せて、俺たちは城の中に入っていく。
前回来たこともあるし、この時は丁度サテラに連れ回されていたので、内部構造は大体頭に入っている。
とは言っても案内人がいるのでそれについていけばいいだけだ。
そういやここサテラと通ったなーと思いだしながら進んでいく。
「うぅ……」
「……すまん」
「いや、俺もちょっとはしゃぎすぎました」
零漸は手を首筋に当ててさすり続けていた。
どうやら俺の一撃が綺麗に入ってしまったらしく、首を痛めてしまったらしい。
あの時は俺もイライラしていたので割と本気でかかったのだが、気絶しないだけすごいと思う。
流石に今回は意識して技能を勝手に発動させないようにしたが、下手な奴が手刀で気絶させようとすると、普通に相手の首を痛めるだけで終わってしまうだけだった。
しかし自動型技能の『防御貫通』は有効らしく、零漸にも普通に攻撃が通ってしまった。
あまり痛みを感じない零漸には、これが非常に堪えたようだ。
今回は俺も悪かったと思うのでちゃんと謝っておく。
今は全員を連れてバルトの所に向かっている最中だ。
先ほどの衛兵が話を通してくれたようなのでスムーズに面会まで持っていくことができた。
あの衛兵には感謝しておこう。
今はまだ夕刻前なので、今回は客間に通された。
どうやらバルトは客間で待ってくれているらしい。
こんな格好で大丈夫かと聞いたが、俺達なので別に問題ないとのことだ。
零漸はあの時から服装はほとんど変わっていないからちょっと心配だったが大丈夫なようだ。
もっとも貴族たちに合わせる気などないのだが、バルトは王族だしな。
ちょっとは気にしたほうがいいかと思ったが……そんなに心の狭い人ではないはずだ。
案内人もこう言っていることだし、深く気にせずに会うことにするとしよう。
俺たちは眩しすぎるほどの部屋に案内された。
どうしてこうも城の中は眩しいのか……ってそういえば耐性技能の『眩み』発動してなくね?
これは人間の姿だからだろうか。
耐性技能についても少し調べておいた方がいいかもしれないな。
俺とウチカゲ、サテラは臆することなく椅子に座ってバルトを待っているが、城の中に入るのが初めての零漸とアレナはそわそわと落ち着きがない。
女の子はこういう場所に憧れを持つと思っていたのだが……どうやらアレナは少し違うようだ。
サテラの時とは大違いだな。
「……」
「アレナ、大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと……緊張する」
「バルトは良い奴だ。てかバルト見たらアレナもびっくりするぞ?」
「なんで?」
「小さいからなぁ~」
アレナはそれに首を傾げている。
年齢はアスレよりも上なのに、身長はサテラくらいしかないもんなぁ。
でも頭はアスレよりよさそうっていうね。
バルトは病弱って話聞いたけど……治すことはできないのだろうか?
難病でない限りは治せそうな気がするのだけど……。
そもそも俺の大治癒が病気にも有効かどうかってのはわからないな。
などと考えていると、ガチャリと客間の扉が開いて誰かが入ってきた。
その人物は背が低く、白く豪華な服を着こなしている。
子供らしい顔だちでにこやかな表情をこちらに向けていた。
この人物こそが、アスレ・コースレットの兄、バルト・コースレットである。
「皆お帰り! そしてお疲れさまー!」
「久しぶりだなバルト。持病落ち着いているのか?」
「持病って! まぁ似たようなものだけどまだ僕お爺ちゃんじゃないよ?」
そんなことを話してくすくすと笑っていると、アレナは俺とバルトを見比べてなんだか驚いたような顔をしていた。
「お、おうれん! この人がバルトって人なの?」
「ああ、そうだぞアレナ。ガロット王国の王様であるアスレ・コースレットのお兄様、バルト・コースレットだ」
「子供みたい!」
「君に言われたくないな!!」
確かに本当に子供であるアレナには言われたくないだろうな。
でもこの会話のおかげで場の空気は一気に和やかになった。
これならアレナたちも緊張せずに話し合いができるだろう。
笑い合っていると空気を読まない誰かが、慌てて扉を開けて中に入ってきた。
その人物は黒いローブを身に纏っており、城の中だというのにフードは被ったままだった。
顔は見えないが、その人物が誰かという事はすぐに分かった。
それはアレナにもサテラにも分かったようで、二人はほぼ同時にその人物の名前を呼んだ。
「「バラディムだ!」」
「アレナ様! サテラ様!」
バラディムは王族であるバルトの前であるにも関わらず、すぐに駆け寄ってきて二人の前で跪いた。すぐにフードを外して素顔をさらけ出す。
額当てをしていて後ろで束ねているようだが、伸びている布は前に見た時と同じようにパタパタと風を受けるようにたなびいていた。
「よくぞ……よくぞご無事で……!」
バラディムは顔を伏せているので表情こそ分からなかったが、震える声でやっとのことで絞り出した言葉が、バラディムが泣いているという事を教えてくれた。
アレナはすぐにバラディムに寄り添って背中を撫でた。
サテラはバラディムが泣いておろおろしていたが、アレナの行動を見て真似をするようにバラディムに近づいていった。
「応錬様……! ありがとう……ございます……!」
「ああ」
バラディムに最後に会ったのは馬車で見送ってくれる時だ。
その時は俺のことを応錬殿と呼んでいたが、ここに来て様付けになった。
バラディムの中で俺に対する認識が変わったのだろう。
俺にお礼を言った後、堪えきれなくなったのかおえつしはじめた。
時折ローブで顔を覆って涙を拭いていたりしたが、顔は見せたくないのか、アレナたちが近づいても顔だけは上げる事はなかった。
「応錬君。僕からもお礼を言うよ。戦争を回避してくれてありがとうね」
「なに、お前たちから言われなくても助けに行ったんだ。戦争を回避したのはおまけだ、おまけ」
「そっか」
そういってバルトは静かに俺たちと向き合うように座った。
それからしばらくはバラディムが泣き止むのを待った。
なかなか泣き止まないのは、自分が守るべきものを守れなかった事による後悔と、守るべき者が手の届く範囲に帰ってきてくれたことによる安心感によるものだろう。
親を失っても、親と同じくらい二人のことを想っている人物がいることに俺は安心した。
バラディムなら二人を守り抜いてくれることだろう。
暫くこの客間には、バラディムのすすり泣く声だけが聞こえていた。
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