3.35.選択


 眩しい豪華な部屋に数人の客が招かれていた。

 そこにいる誰もが今から真面目な話をするのだろうという面持ちで、勧められた席に座っていた。

 席はとってもソファのような少し硬い椅子だ。

 数人が横に並んで座っている。


 王族であるバルトは二人が腰かけれるような席に一人で座り、その後ろ隣りにはここまでの案内を務めてくれた案内人と、バラディムが立っている。

 机を挟んだ向こう側には俺たちが座っていた。

 四人が座れるようなソファだが、こちらにいるのは五人。

 しかしうち二人は子供であるため四人用のソファでも問題なく座ることができた。


 場が静かになったことを確認すると、バルトが静かに口を開いた。


「改めて……応錬君。そしてウチカゲ君、サテラちゃん。アレナを救出してくれてありがとう。これでサレッタナ王国で戦争が起こることはない。後で報酬も用意するね」


 そう言った後、バルトは零漸を見た。

 零漸はキョトンとした顔でバルトを見ている。


「……で、応錬君。その人は誰だい? 君たちが連れてくる人物だからいい人だとは思うけど……」

「信頼されているのはありがたいね。えーっと、こいつは俺の親友だ。訳あってアレナ救出を手伝ってくれた。ほれ、挨拶しろ」


 すると零漸が立ち上がって右手を左胸においてから軽く頭を下げる。


「お初にお目にかかります。俺の名は零漸。今は応錬の兄貴と共に旅をしております」


 ああん!? どうした零漸何か悪いものでも食べたんか!?

 あんなお前が貴族らしい挨拶をするなんて信じられない!


 そう思っていると零漸は俺の方をちらっと見て「どや。今の完璧でしょ」みたいなどや顔を向けてきた。

 一発ぶち込みたい衝動にかられたがそれを何とかセーブ。

 バルトの方を見てみると感心したように「おお」と声を漏らした。


「驚いた~。応錬君の親友っていうから礼節に疎い人だろうなって思ってたんだけど」

「おいこら」

「はははは。冗談だよ。逆に君たちには貴族の礼節なんて似合わないしね。零漸君。君も楽にしていいよ。ぎこちなさ過ぎて無理してるってことがバレバレだから」

「なんだって……」


 零漸はぎこちなさ過ぎと言われて少しショックだったようだ。

 俺から見てみるとそれなりにきちっとした挨拶だと思ったのだがな。


 ストンと座った零漸は「慣れない事するもんじゃないっすね」と呟いた。

 まぁ俺たちはそういう所で生き続けているわけではないからな。

 仕方ないといえば仕方がない。

 でも零漸にはそれなりに自信があったのだろう。

 今回は失敗に終わったようだが。


 零漸の態度の変りようにバルトは怒ることもなく笑顔を作り続けていた。

 しかし、後ろにいる案内役は少し面白くなさそうな顔をしている。

 俺がバルトにため口を聞いても表情を変えたりはしなかったのだが……。

 ふむ。俺はよくて零漸はだめなのか。

 なんでや。


「あ、僕は王、アスレ・コースレットの兄、バルト・コースレット。よろしくね、零漸君」

「よろしくお願いします!」


 二人は固く握手をした。

 少々零漸の力加減が下手だったようで、バルトがちょっと痛そうだったためすぐに零漸の頭を叩いて叱っておいた。


 全く……確かにこういう所に入ってテンションが上がるのは分かるが相手は王族だ。

 流石に最低限の節度は持ってほしい。

 とりあえず零漸は机に突っ伏している状態にしておく。

 暫く反省してなさい。全員その状況を見て少し困惑しているけど許してくれ。


「えっと……、じゃあ応錬君。まずは報告をしてもらっていいかな」

「おう。道中は全く問題なかった。サレッタナ王国に入ってからの話だが……」


 今までにあったことを振り返りながら、バルトに詳細を伝えた。

 ラムリーと言う貴族の家にアレナが捕らえられていた事。

 実験体にされていた事。

 情報をくれた奴隷商のドルチェの事。

 助けたことも奴隷をイルーザという人物に任せてきた事。

 そして……ラムリー家の用心棒をしていたレクアムが奴隷を実験体にしていて、レクアムと戦闘になった事。

 時々ウチカゲが補足をしてくれたおかげで、話の内容はスムーズに伝わったようだ。


 話を聞いているバルトは、レクアムの名前を聞いた時、露骨に反応した。

 やはりレクアムはSランク冒険者だけあって有名なようだ。


「なるほど……レクアムが……。応錬君、よく生きて帰れたね……」

「あの時は本当に死ぬかと思ったよ。零漸が来てくれなきゃマジでやばかった」

「……」


 零漸は未だに机に突っ伏したままだが、静かに親指を立てた。

 とりあえず話は聞いているらしい。

 俺たちを助けてくれたのが零漸だというと、バルトを含む三人が明らかに驚いたような表情をしていた。

 話した内容はレクアムの攻撃を零漸が全て弾いたという事だけだ。

 だがそれだけでも十分にすごいらしい。


 なんせSランク冒険者の攻撃を全て弾いたのだ。

 これは自慢してもいいくらいな話らしいが……零漸はあれだけで褒められるってどうなんだろうと少し複雑な表情を俺に向けてきた。

 俺に聞かれたってな……。

 だが俺はあの攻撃を弾くどころか、防ぐこともできなかった。

 本当の意味で零漸の防御力は抜きん出ているという事だろう。


「でだバルト。レクアムの処遇はどうなるんだ?」

「こういうのは冒険者ギルドに任せるのが普通なんだけど……。人体実験は全面的に禁止されてる。それが奴隷だったとしてもね。冒険者カードの没収は勿論、罪人として追われる身になるだろうね」

「だが……俺たちはそのことをまだサレッタナ王国の冒険者ギルドに伝えていない」

「……だとすると逃げられている可能性は十分にあるね。でも地下室も見られて奴隷も奪われたんだ。証人は沢山いる。それに必ず調査が入るだろうから、体は逃げれるかもしれないけど罪からは逃げられないだろうね。まぁレクアムのことは冒険者ギルドに僕から伝えておくよ」


 俺たちがガロット王国に帰っている最中には、もうどこかに逃げていることだろう。

 おまけにレクアムは転移魔法陣を使っていた。

 あれを使われればどんなに遠い場所でもすぐに行くことができる。

 そうなってしまえば捕まえることは困難になるだろう。


 だがバルトに報告した通りサレッタナ王国にレクアムのことは全く伝えていない。

 なのですでにレクアムはサレッタナ王国にはいないと考えてもいいだろう。

 しかしそうなっていれば奴隷たちはどうなるのだろうか。

 バルトが冒険者ギルドにレクアムのことをサレッタナ王国に伝えてくれると約束はしてくれたのだが、あの奴隷たちが無事である可能性は極めて低い。

 ただでさえ呪いがかかっているのだ。

 もう助からないだろう。


 そう考えてしまうと急に胸が苦しくなった。

 助からないという言葉が突き刺さる。

 奴隷たちはレクアムによって生かされていた。

 そのレクアムがその場から逃げたらどうなるかなんて少し考えればわかることだ。

 あの時俺は、行って帰ってくるまでくらいは奴隷たちは生きているだろうと思っていた。

 だがそれはレクアムと会わなければの話だ。

 レクアムと敵対したことにより奴隷を助け出したという事もバレてしまった。


 レクアムはその場に留まって実験を続けるか?

 否だ、逃げるに決まっている。

 そんな安全でない場所にずっと留まって実験を続けるほどあいつも馬鹿じゃないだろう。


 もうあれから一週間以上経った。

 飲まず食わずで一週間以上生きられるはずがない。

 あの地下のことを伝えたのはイルーザだけ。

 だがイルーザには助け出せなどとは言っていない。

 それよか他にも奴隷たちが幽閉されているという事も伝えていない。

 話の流れ的にもしかしたらそのことは気が付いているかもしれないが、四人も子供を預けてしまった。

 行動を起こすことはできないだろう。


 もしかしたらギルドに報告しているかもしれないが、それで無事に奴隷たちが助けられていたとしても呪いは解除できない。

 奴隷が他の冒険者や兵士たちに助けられた場合、技能を隠さなければならない俺は奴隷たちを治療することができないのだ。

 どちらにせよ助けることができないのだ。


「……応錬君。君のせいじゃない」


 平静を装おうとしたのだが、どうやら顔に出ていたらしい。

 気が付けば両手を握りしめていた。

 どこか震えている気もする。


「だが……」


「君が子供を助けてくれなければもっと被害は出ていただろうし、戦争も起こっていたかもしれない。君が実際に助けた人間は少なかったかもしれないけど、結果的に助けた人は何百倍も多い。出来るだけのことを君はしたんだ。責任を背負う必要はない」


 バルトは俺の目を見ていつもより強く、そして低いトーンでそう言った。

 俺はそれを聞いて少しだけほっとする。

 責められるわけでもなく、咎められるわけでもなかったのだ。

 それに俺のことを汲み取ってくれたという事実が、また安心感を覚えさせてくれた。


 しかしバルトはこう言ってくれたが、自分があの奴隷達を助けることのできた唯一の人物だと考えてしまうとやはり心に来るものがある。

 だが必要な犠牲だったのだ。


「応錬君。死んでいった人たちのためにも、これ以上被害を増やさないようにレクアムを捕まえよう」

「……ああ。勿論だ」


 こういうのは割り切りが必要だ。

 だがこんな事とは今まで無縁だった俺たちには辛い。

 すぐには割り切れないかもしれない。

 だが死んでいった者達の無念を晴らすため、レクアムを捕まえることに尽力を尽くそうと思う。

 あいつは許される存在ではない。

 捕まえて必ず罪を償ってもらう。


「よし。じゃあ次の議題なんだけど……」


 バルトはアレナとサテラの方を向いた。


「アレナちゃん、サテラちゃん。君達には生まれ故郷を復興させる力がある。バラディムと協力して故郷を復興させてはくれないだろうか?」


 アレナとサテラはまだ地位を喪失したわけではない。

 なので生きている限りは十分に故郷を復興させる力があるのだという。

 まだアレナとサテラは幼いが、バラディムがいれば問題はないはずである。

 なんせずっとアズバルの元に仕えてきたのだ。

 やらなければならないことなども知っているはずである。


 復興に当たり、ガロット王国の兵力を少し派遣することになっている。

 話を聞けばアズバルの領地の民たちはすでに奴隷から解放されており、復興のための準備を整えているらしい。

 しかし奴隷から解放されたのはガロット王国にいた民たちだけであり、サレッタナ王国に連れていかれた民たちはまだ解放されていないらしい。

 後にガロット王国からサレッタナ王国に使者が向かうようになっているらしいので、後は任せろとのことだ。


 復興を手掛ける人員は多い。

 民たちも復興には乗り気なのだ。

 あと問題があるとすれば領主がいないという事らしい。

 だがアレナとサテラが戻ってきた。

 まだ領主としての器では無いだろうが、アズバルの娘だという事は誰もが知っている。

 そのため村人たちは慕ってくれるだろう。


 その話を聞いて真っ先に動いたのはサテラだった。

 悩むそぶりすら見せずに手を挙げた。


「私やる! がんばる!」

「復興ってのは大変なことだよ。できるかい?」

「うん! また同じところで住みたいもん! お父さんやお母さんと一緒に居た場所に住み続けたいもん!」


 バルトはそれを聞いて笑顔で頷いた。

 だがバラディムはまた顔を伏せる。

 また泣いているらしい。

 困った護衛だ。


 後はアレナだ。

 バルトはアレナのほうを向いて「君はどうする?」と問うた。

 アレナは暫く考えていたが、何かの考えを散らすように首を振って笑顔を作った。


「私も……やる」


 しかし、アレナはなんだか乗り気ではなかったように思える。

 サテラがやるから自分もやるといった風だ。

 他人に影響されて自分も……と言っているような気がしないでもない。


 いや、これは完全にサテラに影響されているのだろう。

 こういったことはよく見た記憶がある……ような気がする。

 ここで俺の前世の記憶があったのであれば明確に言えるのだが……ないので明確には言えない。


 このままでアレナは良いのだろうか……?


「わかった。じゃあバラディム」

「はっ」


 バルトとバラディムはアレナの反応に気が付いていないらしい。

 バラディムは客間を出ようとその場を動く。

 バルトは満足そうな表情をしているが……。


 アレナのほうを見てみると少し寂しげだ。

 何かを言いたいが、言えない。そんな感じに見える。

 …………聞いてみるか。


「バラディム。ちょっと待ってくれ」

「はい?」


 俺はアレナの目の前にしゃがんだ。

 アレナの目を見て一言だけ問う。


「アレナ。お前が本当にやりたいことは何だ?」

「えっ……」


 そう聞くとアレナは明らかに狼狽した様子で言い訳を始めた。

 自分は今まで住んでいた場所を復興させるために動きたい、家族との思い出の地を失いたくない。

 など様々なことを俺に言った。

 だがその裏に「自分はそれでいい」という言葉が隠れているのを俺は見逃さなかった。


 サテラからは自分が”やりたいから”という意思が伝わってきた。

 あれは本心だ。

 しかしアレナはどうだろう。

 殆どサテラが言っていたことを復唱していただけだ。

 多分だが……アレナは姉であるサテラがしようとしている復興に対して乗り気でないことを悟られたくないだけなのだろう。

 それ以上に何かやりたいことがあるのだ。


 ここでそれを聞かなければ、決断させなければ一生できないかもしれないことなのかもしれない。

 このまま領地復興のために動けば、殆どの時間をそちらに奪われることになるはずだ。

 そうなればやりたいことなどできないだろう。


「アレナ。それお前がやりたいことじゃないだろ」

「っ……」

「お前の反応を見ていればわかる。故郷の復興よりも、何かやりたいこと、なりたいものがあるんじゃないか?」


 俺がそう問うと、アレナはぐっと口をつぐんだ。

 やはり何かあるのだろう。

 そうして少しだけの沈黙が訪れた。

 だがその時間はとても長かったように思える。

 誰が何を言うわけでもなく、アレナの言葉をただ待っている。


 だがその空気を壊したのはサテラだった。


「アレナ。教えて?」

「……」

「……ね?」

「…………わたし……」

「うん」

「……バラディムみたいになりたい」


 バラディムみたいになりたい。

 サテラはその意味が少しわからなかったようだが、他の者たちは全員がその言葉の意味を理解した。

 バラディムはアレナとサテラの父親であるアズバルを守護した人物である。

 つまりアレナは、自分で守りたいものを守れるようになりたいと言っているのだ。


 バラディムはフードを顎まで引っ張って顔を完全に隠していた。

 その意味を分かっての行動だろう。

 今頃フードの中では盛大に泣いているはずだ。


「……アレナ。理由を聞いていいか?」

「……わたしはもう家族を……なくしたくないし……一緒に居たい人と一緒に居たい。でも、わたしが弱かったから……っ。おどうさんも……おがあざんも……しんじゃった」


 途中から目に涙がたまり、ぽろぽろとこぼしながらではあるが話をしてくれた。

 だがまだ理由を聞いていない。

 これだけは聞かなければならない。


「……それで?」

「だがらっ……! だがら! づよくなって! さてらも、バラディムも……まも……まもりだい!」

「よし! よく言った!」


 優しくアレナを抱きしめてやる。

 アレナはそれから俺の腕の中でわんわんと泣いた。

 泣き止むまでは時間がかかるだろう。

 俺はアレナを抱きしめながらではあったが、バルトとバラディムに顔だけを向けた。


 バルトは一度だけではあったが深く頷いた。

 バラディムにいたっては何度も、何度も頷いている。

 顔はフードで隠しているため見えないままではあるが。

 二人ともアレナの意思を尊重してくれたのだ。

 アレナの居ないところで、ちゃんとお礼を言って置こう。


「ううぅぅ……」

「零漸殿……貴方まで泣かなくとも……」

「無理でしょこんなの……もらい泣きだってするでしょ……」


 いつの間にか零漸も泣いていた。

 涙もろい奴だ。

 アレナは俺たちが面倒を見ることにしよう。

 パーティーメンバーは俺と零漸とウチカゲ、そしてアレナになるな。

 アレナはまだ幼いが、自分の意志の強さを見せてくれた。

 俺たちはそれに答えてやらねばならないだろう。


 アレナが泣き止んだところで、解散する流れになった。

 その時にはすでに外は暗く、月が見えていた。

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