8.8.呼びかけ
各々が自分のやるべきことを抱えて外に出ていく。
だがアレナとサテラは相変わらず部屋から動いていなかった。
「サテラお姉ちゃん?」
「ちょっと待っててね……」
そう言いながら、サテラは机の上に広げた一枚の紙に何かを書きいれていた。
これはガロット王国に届ける為の書面。
鳳炎は鬼たちに応錬の名前を出してもらって応援を呼んでもらうらしいが、それだけでは良くない。
本当に助けて欲しいのは自分たちなのだから、領主である自分が実際に書面を書いて送らなければならないだろうという考えの元、行動していた。
確かに事前に増援を送ってきてくれることはありがたい事だが、それでは頼りすぎである。
自分たちでできる範囲のことは、遅れてでも自分たちでやる。
いくら信頼している人からの頼みだとは言え、部外者と言ってしまえばそれまでである。
当事者が動くのが筋というものだ。
「よし……! マレン!」
「はっ」
「うわぁ!?」
何処からともなくぬっと現れたのは、黒い衣装に身を包んだ男性だ。
背中に細身の剣を背負っており、額当てをしている。
彼はマレン・レヒトン。
サテラを陰から護衛する、隠密護衛である。
他にも数人程いるらしいが、こうして姿を現して用事をこなしてくれるのは彼だけ。
額当てからしてバラディムの昔からの仲間だろうということが分かる。
「これをガロット王国のアスレ・コースレット様に渡してください」
「承知いたしました」
手紙を受け取ったマレンは、一度深々と頭を下げると溶ける様にして消えていってしまった。
足音もなく消えていく彼にアレナはウチカゲみたいだなと思ったが、それを口には出さないでおく。
用事が終わったサテラは、すぐに椅子から降りて外に歩いていく。
それにアレナも続いていくことにした。
「サテラお姉ちゃん、私はどうしたらいい?」
「じゃあできるだけ屋敷の周りに人を集めてくれる? そしたら私が説明するから」
「分かった!」
アレナはすぐに浮遊を使い、空を飛んで外に出る。
周囲にいた人に片っ端から声をかけて行って、屋敷に集まるように指示を出した。
できれば他の人も連れてきて欲しいと言って人を集める効率を上げる。
暫くすると、騒ぎを聞きつけた何も聞いていない人も集まり始めた。
アレナのことをサテラの妹だと知っている住民は役に立とうと必死になって走り回ってくれていたようだ。
本当であればもっと事前に集まって欲しいという時間帯などを決めておいた方がよかったのだが、これは緊急な事だ。
今すぐにでも話しておいて、皆の協力をサテラは求めたかった。
アレナがまだ人を集めているところだったが、サテラは外に出て大きな声を出す。
「皆さん! 聞いてください!」
それはアレナにも聞こえるほどの大きくよく通る声だった。
これから何が起こるのかとざわざわとしていた住民も、その声を聞いて一気に静かになる。
多くの視線が集まったところで、サテラは小さく頷いてから頭の中で並べていた言葉を口にする。
「落ち着いて聞いてください! 今、このバミル領に悪魔が襲撃してくるとの情報が入りました! ですが今ではありません!」
サテラは、まずは結果から領民に説明をした。
それを聞いて慌てない者などはいない。
誰もが不安の声を上げたり、戸惑ったりしているようだ。
彼らの中に戦闘経験のある者はほとんどいないだろう。
だからこれを聞いて安全な所に避難する者もいるかもしれない。
応錬たちの前ではああ言ったが、実際には本当に領民たちが残ってくれるか不安で仕方がなかった。
自分は領主だから、両親が守り続けてきた街だから、そんな理由でここに残り、悪魔との戦いに挑もうとしている。
だがそれは自分だけの話。
強大な敵に立ち向かうなど、普通の者ができるはずがない。
サテラ自身も普通の女の子だ。
身分どうこうではなく、一人の人間である。
しかしこのバミル領を代表する者として、立ち上がらなければならない時がある。
「今では、ありません。だから皆さんが逃げる時間はあります。悪魔が来るのは二ヵ月より早いらしいです。正確な日程は分かりませんが、一ヵ月は猶予があります」
「サテラ様はどうするおつもりですか!?」
「残ります」
一人の領民の問いに、サテラは間髪入れずにそう答えた。
戦わなければ、このバミル領は守れない。
もう二度と手放したくない。
もう誰にも、この土地を穢させはしない。
サテラ自身は無意識であったが、彼女のその強い目線は領民を動かすには十分な物であった。
しかし、それとは別の理由で決意をした者もいた。
「おーい、サテラちゃん。俺たちは一回襲われて、家を壊されて家族バラバラにされて、奴隷に落ちたけどようやくこうして元の生活ができるようになってきたんだ。サテラちゃんが仕切ってくれたから、元領民はこうして集まってんだ! 逃げろとか言うな!」
「そうですよー! ってあんた口が悪いよ!」
「僕らも戦うよー! 皆、サテラ様もこのバミル領も大好きだからねー!」
それからは誰もがここに残るだとか、俺も戦うだとかいう言葉が飛び交っていく。
相手は悪魔。
どれだけの力を持っているか分からない未知の存在ではあるが、それでも彼らはこのバミル領を共に守ってくれると言ってくれた。
これ程嬉しいことはない。
アレナは上空から見ていたが、テンダや鳳炎とは違うその呼びかけに感心した。
これは皆が本当にサテラを慕っているからこそできる技。
そう直感した。
「私も負けない! 皆ー! まだ時間はあるから、焦らないでねー!」
「エー、ミンナノコルノー?」
「ッ!?」
アレナのよく通る声に、領民のほとんどがアレナの飛んでいる上空を見上げる。
だがその次に聞こえた言葉は、耳元でささやかれている様に聞こえる不気味な声。
この付近にいる者たちであれば誰でもがそれを聞くことができただろう。
そしてアレナに至っては、その声は真後ろから聞こえた。
振り返ったアレナ、上空を見上げた領民、その全てが声の主を目視する。
「悪魔……!!」
「ハァーイ~」
小柄でありながら大きな翼を生やした悪魔が、そこにいた。
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