6.18.泣いた鬼
常世にはすぐに到着した。
門を通るのに十秒くらいかけたくらいだ。
しかし、いざ常世に到着してみると、その不気味さに鳥肌が立つ。
報告通り周囲は暗く、月明かりが地面を照らしている程度だ。
それだけであればまだ不気味とは思わなかったかもしれないが、奥に見える赤く燃える空が来た者への洗礼として恐怖を植え付けているようにも見えた。
火山でもあるのだろうか。
地面と空が赤く燃えており、時折地面を揺らすような轟音が響く。
それに反して暗い場所は肌寒い。
冷気を常に体に浴びている様で、足元が既に冷たくなっている。
常世の門が一時間で閉じてしまうというのは、悪鬼でない者たちが常世で活動できる時間を示しているものかもしれないと、俺は直感した。
それが正しいかどうかは置いておいて、長く滞在すれば明らかに動きは鈍ってしまうだろう。
常世に飛び込んで一番初めに目についた光景はこれだけではなかった。
空中をラックに乗って飛んでいても、地面には誰かが立っているという事が見て取れたのだ。
その数は……一人。
「! ウチカゲ! アレナ! 無事か!?」
先攻して常世に入った二人が、見知らぬ人物と対峙していた。
アレナは未だにウチカゲの肩に乗っているが、すぐに技能が使える様に狙いを定めている。
片手には手裏剣を持っており、ウチカゲは前鬼の里に来て新調した熊手を装備して構えていた。
だが、少し様子がおかしい。
相手は何もしていないようで、まだ地面は穿たれていない。
対するウチカゲとアレナも、まだ何もしていない様だ。
目の前にいるのは敵であるはずだ。
なのに何故攻撃をお互いがしないのだろう。
そう考えていると、鳳炎とテンダが到着した。
それと同時に、ラックは速度を増してその場から離れて行ってしまう。
テンダはすぐに誰かと対峙しているウチカゲを見つけ、鳳炎に下ろしてくれと指示を出す。
鳳炎はすぐに手を放して、ウチカゲの近くに落ちる様にした。
大きな音を立てて飛び降りたテンダは、一度の跳躍だけでウチカゲの隣に来て腰に携えていた日本刀に手を添えて構える。
だが、相手を見てすぐに目を見開いて驚いた。
それはウチカゲも同じだ。
熊手を装備して構えてはいるが、目を見開いて信じられない物を見ている様な表情をしている。
「……何故……っ」
「テンダ……。俺は幻覚を見ているのか……?」
「……いや、現実……だろう……」
テンダ、ウチカゲ、アレナの前には、悪鬼となった鬼が居た。
青い角を生やした鬼だ。
ウチカゲにそっくりの色の、角を持った鬼だ。
「……よぉ。テンダ、ウチカゲ」
「父上……」
「え……?」
ウチカゲがぼそりと言ったその言葉に、アレナが反応する。
テンダとウチカゲの父親は、以前奴隷商に里を襲われた時に大殿のテンマと一緒に死んだはずだ。
だが二人とも、実際に父親が死んでいる所を見たわけではない。
彼は逃げる者たちを守るようにして戦っていた。
遠距離からの攻撃を何とか反らすようにして、力の限り空を殴って守っていたのだ。
だが、それも暫くすれば聞こえなくなったという事を、二人……いや、生き残った鬼たちは知っているはずだった。
攻撃を反らす音が聞こえなくなったという事は、死んだという事。
誰もがそう思っていた。
「父上、何故……」
「何故って、俺は悪鬼になっちまったんだよ。自分の不甲斐なさに落胆し、泣いたんだ」
「……亡くなられたのでは、無かったのですね」
「おう。敵の攻撃をいなしている時に悪鬼になったからな。最後の音だけデカかったろう? とんでもねぇ音だったから、そこで自分が悪鬼になったって気が付いた。そしたら面白い事に常世の門が小さく開いてな? 吸い込まれるようにして連れてこられちまったんだよ」
そう言ってから、二人の父親であるゴウキは大笑いする。
何がおかしいのか、三人には何もわからない。
ただ、嬉しそうだという事だけは分かった。
それはテンダとウチカゲも同じこと。
もう会う事のないと思っていた父親と会うことができたのだ。
嬉しくないはずはない……。
だが、どうにもそれを素直には喜べなかった。
根本的な立場の違い、悪鬼と鬼。
そして今は、敵同士。
ここに悪鬼となった父親が居るという事は、姫様であるヒスイの誘拐を企てた者の一人だとみるのが妥当だろう。
先程テンダが「何故……」と言ったのは、そういう意味も含まれていた。
「アレナ。応錬様の元へ行ってくれるか?」
「え……」
「君の技能であれば飛んでいけるはずだ。これは俺たちの問題。俺たちだけで何とかしなければならん」
「そう……だな」
「わかった」
アレナは自分の体を軽くして、すぐにゴウキを通り過ぎて応錬たちが行った方向へと向かって行った。
ゴウキはそれを邪魔することはせず、ただ二人をずっと見ていた。
「なぁ、デンは元気か?」
「はい。相変わらず畑仕事をしてはライキ様にお叱りを受けておりました」
「はっはっはっは! あいつらしいなぁ! シムはどうだ? テンマ様が死んで悲しんではいなかったか?」
「……大殿様……。テンマ様はお亡くなりになられたのですね」
「ああ……。俺も後を追おうと思ったが……ここに来ちまった。まぁ、テンマ様がここにいないってことは、やっぱりあのお方は心の強いお方だってことだな。それに──」
「父上!」
ゴウキが喋り続けようとしているのを、テンダは叫んで止める。
聞かなければならないことがあった。
それはウチカゲも同じだ。
回答次第では、完全に敵対しなければならないからだ。
「父上は、敵ですか?」
「……」
笑顔だったゴウキの表情が一変し、真面目な顔つきになる。
この質問が来ることが分かっていたゴウキは、すぐに答えた。
「いいや。味方だよ」
その言葉を聞いても、二人は構えを解くことはしなかったが、内心ではほっとしていた。
親子で戦いたくなどない。
それはゴウキも同じことだ。
だが、ここでようやくゴウキはゆっくりと戦闘態勢を取る。
それに反応して、二人も本格的に構えを取った。
テンダは日本刀を抜き放ち、ウチカゲは低姿勢になっていつでも動ける体勢を作る。
「味方だ。それは間違いない。ガラクのやった事は許されない事だ。ましてや姫様を連れてくるなど言語道断。だから俺は現世に行くのに反対し、この場でただ待った。できればお前たちと一緒にガラクの企みを捻り潰したいとも思っている」
「では何故、戦おうとするのでしょう……」
「簡単な事」
ゴウキは二人に殺気を飛ばす。
その圧に押し潰されそうになったが、すぐに立て直してこちらも殺気を飛ばす。
「お前たちではあいつに勝てん。だが、本質に気が付けば別だ。故に今から、お前たちが鬼の本質に気が付くまで全力で叩き潰しに行く。できなければ死ぬだけの事。早く気が付けよ? じゃねぇと……先に行った奴が死ぬぞ」
ゴウキは足踏み無しで地面を穿つ。
それが戦闘開始の合図だったかのようにして、三人が同時に飛び掛かった。
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