6.19.戦闘開始


 後方で轟音が鳴り響いた。

 どうやら戦闘が開始され始めたらしい。


 しかし、あの三人が抑えているのは一人だけ。

 最低でもあと九人は何処かにいるはずだ。

 それを全て相手にしている暇はない。

 姫様を発見した後、すぐに連れ帰る作戦が理想だが……そう上手くいくはずもない。

 いつどこで敵が出てくるか分からない状況の中、ラックは三つ目の建物の近くに降り立った。


 ライキ曰く、ここは鼓楼という建物らしい。

 中に太鼓がある様なのだが、そんな説明は今どうでもいいのですぐに走って中に入れる場所を探す。

 シムの報告では、ここに姫様の気配があるようだ。


 本当はラックに屋根の上に乗ってもらって、窓とかから入りたかったが、残念ながらこの鼓楼には人が入れそうな大きさの窓や入り口が無い。

 石垣に設置してある門からしか入るしかなさそうだ。

 

「ガルアアアアア!!」

「どうしたラック!?」


 待機させていたラックが急に咆哮を上げた。

 何かと戦っている。

 恐らく悪鬼と接敵してしまったのだろう。


 あそこでラックを失うわけにはいかない!

 すぐに走ってラックの所へ向かったのだが、どうやらラックは優勢の様で、悪鬼らしき人物を殴り飛ばしていた。


 それは相当な威力であり、飛ばされた悪鬼は岩に叩きつけられて一時的に動かなくなる。

 しかし、すぐに立ち上がって体についた埃を払う。

 まるで効いていなさそうだ。


「飛竜、には勝てん、か。いや、やりにくい、だけか」


 ゆっくり歩いてきて悪鬼は、数珠を多く付けた修行僧のような姿をしていた。

 金色の角と銀色の髪の毛。

 目立つ服装に目立つ髪色だ。

 目立ちたがり屋なのだろうか。


「お前が、姫様を連れ去った悪鬼か……?」

「正確には私ではない、が、私が指示した」

「どっちも同じじゃねぇか」


 奇妙な区切り方をして喋る鬼だ。

 時間でも稼ぎたいのだろうか?


 とにかく、こいつが姫様を連れ去った真犯人という事で間違いは無さそうだな。

 他の悪鬼が居ないというのが少し心配だが、こいつ一人倒せなくて他の奴らが倒せるわけがない。

 初めから全力で行くぞ。


「……なんと……いう事じゃ……」

「!? どうしたライキ!」

「まさか……悪鬼になったのが……ガラクじゃとは……」


 が、ガラク?

 誰だか知らないけど、ライキはこいつのこと知ってるみたいだな。

 だったら弱点とか、得意な技能とか知ってるかもしれん。


 知り合いと戦うってのはちょっと心苦しいかもしれないが、やってもらうしかない。

 その為に来たんだからな。


「ライキ。あいつの事を知っているのか?」

「あやつは……テンマの弟……。姫様の親父の、弟ですな……」

「……姫様の親族ということか」


 何で攫ったとか、そう言う事は聞く気になれない。

 悪鬼になっていない姫様を、悪鬼になることを必死に堪えて止めている姫様を誘拐してこんなところに閉じ込めたこいつが許せなかった。


 俺がガラクを睨んだ瞬間、上空から炎の矢が降り注いできた。

 それは一点集中の様でガラクに向かって降り注ぐ。


 だがそれはバレていた。

 ガラクは腕を上に突き上げて空を殴る。

 ボッという大きな音がして空気が歪み、降り注いでいた炎の矢がかき消されてしまった。


「なんだと!?」


 上空を飛んでいた鳳炎が叫ぶ。

 今までファイヤーアローが消されるなどという事は無かったからだ。

 当たれば勝ちの技能。

 だがそれも、当たらなければ意味がない。


 悪鬼の力は相当な物だと、今の動きで理解させられた。

 面倒くさい相手と出くわしてしまったな……。


「帰ってくれない、か? 現世の者にとって、ここにいるのは、危ない事。門、は一時間しか開かない様だが、肉体、は三十分と持たん。鬼以外は」

「ご忠告どうも。だが生憎帰るわけには行かなくてね。奪われた物奪い返したらすぐに帰るさ」

「……それ、は困る」


 そこでようやくガラクは戦闘態勢を取った。

 数珠を握って腕を引き、空手の構えをしている。


 ガラクがまずとった行動は、上空の敵を撃ち落とすことだった。

 カッと鳳炎の方を見据え、狙いを付けて空を殴る。

 ボッ!

 というあり得ない音がしたと同時に、鳳炎が吹き飛ばされた。


「ぬおおおおおお!!? な、なんて風圧であるか!!」


 体勢こそ整えた様だが、随分と遠くに行ってしまった。

 空中で戦うのは分が悪いかもしれない。


 だが、相手が空を気にしている時にその隙を逃すわけがない。

 まずは影大蛇を抜いて全力の突きをお見舞いする。


「『天割』突きバージョン!」


 その攻撃は見事ガラクの腹部に直撃し、勢いそのままに再度岩場へと押しやってしまう。

 かなりの威力だったようで、ガラクが耐えてできたと思われる足を引きずられた跡がくっきりと残っていた。


 だがラックの攻撃を耐えた悪鬼だ。

 これで倒れたという事は絶対にないだろう。


 相手が倒れている内に、ラックには安全な場所まで後退してもらう。

 こいつが死んでしまったらローズに合わせる顔が無くなってしまうからな。


 ラックが飛んで行ったのを確認すると、入れ替わりで鳳炎が俺の隣に着地する。

 炎の槍を構えてガラクが吹き飛ばされたところを見ている様だ。


「ライキ。技能は使えそうか?」

「すみませぬ……あの相手だと手を触れなければ難しいかと……。やってみましたが弾かれました」

「何とか動きを封じたい所であるな……」

「俺の土地精霊で何とかなるか? でも空気を殴るんだから、それで縛っても意味ないかもしれない」


 相手は鬼だ。

 大抵のものは何でも壊して出てきてしまうだろう。


 となると、水圧で動きを鈍くさせればいいかもしれない。

 なんならそのまま窒息死を狙ってもいいだろう。

 ライキは手で触れないと能力が使えない。

 鳳炎は上空にいると飛ばされてしまう。


 だが幸いにして、俺と鳳炎は遠距離技能に優れている。

 このまま遠距離で攻撃し続け、鳳炎の炎が一度でも当たれば勝てるかもしれない。

 後は……。


 そこで、ガラガラという音を立てながら、ガラクが岩から出てきた。

 大きな石を軽々と押しのけて出てきた彼の腹部は、少し血が出ている程度で大したダメージにはなっていない様だ。


 影大蛇の突きではあの程度しか与えられないか。

 だが白龍前では突きを繰り出すのが難しい。

 威力は信頼できるが、精度がまだ悪いのだ。


「致し方、なし……。滅す」


 ガラクは握りこぶしを作って、飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る