10.61.雪崩の様に


 陸の声がこちらを鬱陶しそうに見ていた。

 小さく腕を上げて、軽く振る。

 その瞬間、再び大量の魔物が出現した。

 雪崩の様に押し寄せてくる魔物は地面を大きく揺らしながら突撃してくる。


 ティックはこの事を伝えるために急降下した。

 ウチカゲとカルナがいる場所で声を上げる。


「陸の声だ!! 気をつけろ!!」

「なっ! ここでですか!?」

「まぁ派手に動きまくったからね! でもこれで……」

「応錬様たちの方には魔物は行かないかもですね」


 応錬たちはまだ気づかれていないのだろう。

 ただ、地の声が近くにいるのでまだ安心とはいえない。


「これどうするかな」

「やるしかないでしょう。向こうの魔物は任せますよ、ティック」

「じゃあ前はしばらく任せるぜ!! 『トルネイド』!!」


 竜巻が発生し、それが陸の声に向けられる。

 地上に湧き出した魔物を吹き飛ばしながら襲い掛かるが、陸の声の前で霧散した。

 とはいえ魔物の多くは倒されたようだ。


 ウチカゲは鬼人瞬脚を使用して目の前の魔物を斬り捌き、カルナは自分の動きを早くして的確に敵の弱点を貫いていく。

 どちらも単体攻撃なので殲滅効率は良くないが、その辺はウチカゲの怪力が手助けしてくれていた。


 上空に吹き飛んだ肉片が、勢いを増して他の魔物に直撃する。

 それだけでも良いな攻撃となる。


 前方の状況を確認したリゼがすぐに合流し、二人に下がるように指示を出す。


「二人とも下がってー!! 『サンダーウェーブ』!!」


 雷の球を地面に投げつけると、それが前方に広がって走る。

 地に足を着けている魔物はこれで倒すことが可能だ。

 今回も多くの魔物を倒し、沈黙させた。


 しかし上空の敵には効果を発揮しない。

 なのでそれ補うようにして、ローズが杖を構えた。


「『水弾』」


 魔力消費の少ない水弾が展開され、一斉に上空を飛ぶ魔物に襲い掛かる。

 命中精度はやはりピカイチで、一発の無駄なく弾丸が直撃した。

 墜落していく魔物を見ながら、他の魔物にも気を配る。


「リゼ殿! 前を頼みます!」

「了解! んじゃいくよぉー……! 『雷砲』!」


 先ほどと同じように雷をチャージし、レーザーカッターのような斬撃が魔物を襲う。

 それでまた魔物が倒されたようだが、屍を乗り越えてまた魔物が出現する。


「うげっ! こ、これじゃな何回やっても意味ないじゃん!」

「ここで食い止める必要があります。もう前進することは一度諦め、殲滅戦を行いましょう」

「え!? でも向こうは……」

「陸の声が来ていますからね。対処しなければ」

「ええ!?」


 上空を見てみると、ティックが戦っている方角に陸の声が見えた。

 高みの見物をしているのがやけに腹が立つ。


 ティックは何度か技能を使って攻撃をしているようではあったが、そのすべてが霧散してしまい意味を成していない。

 辛うじて魔物には攻撃が当たっているようではあるが、陸の声に対しては効果を発揮しないようだ。

 恐らく技能では勝てないので、接近する必要があるのだろう。


 とはいえ、これだけの数の魔物に背を向けて陸の声に立ち向かうのは危ない。

 遠距離での範囲攻撃をティックとリゼの二人でこなし続けていたので、未だに怪我人はいないがこのままではじり貧となる。

 それまでに何とか戦況を覆したいところではあるが、もし戦況が変わる事態になったら陸の声が黙っていないだろう。


「どうする?」


 戻って来たカルナが、剣の血を振るいながらウチカゲに問うた。

 そこでユリーとローズも合流する。

 一番体力を温存しているユリーが、戦斧を肩に担いで鼻を鳴らす。


「どうするもこうするも、ここで足止めするしかないでしょ。声を一体押さえてたってなったら、向こうも文句は言えないわ」

「でも私たちだけだと限界がある。ユリー、策はあるの?」

「何のために鳳炎とダチアやマナが飛んでいったと思ってんのよ。仲間を連れて来てくれるはずだから、それまで持ちこたえればいい話じゃない」

「確かにそれしかないでしょう。ユリー殿の案に俺は賛成します」

「魔物だけなら何とかなるわ。問題は陸の声よ」


 あの存在が一番厄介だ。

 あれを倒してしまえば魔物は増えないだろうが、倒すのがほとんど不可能な存在。


 もしかしたらリゼの雷砲で仕留められるかもしれないが、チャージに時間が掛かる。

 今の状況では範囲攻撃ができる仲間を一人を倒すためだけに使いたくはない。


 雷砲とサンダーウェーブを置いてきたリゼが、タタタタッとこちらに戻ってきた。

 しばらくは魔物の屍に邪魔されてこちらに近づいてくることはないだろう。

 少しの余裕ができた。


「何話してるの?」

「声をどうしようかなって話……。ティックが何とか戦ってくれてるけど、意味ないみたい」

「ん~……。ちょっと試したいことがあるんだけどいいかな」

「え?」


 リゼがおもむろにそんなことを言いだした。

 ユリーが何をするつもりなのか聞いてみる。


「何するの?」

「いや、応錬に奥義があるように、私にも奥義があるの。使ってみようかなー……なんて……」

「リゼ殿、それは危険です。応錬様と同じ程の力を持つ技能であれば、何かしらの代償を払わなければならなくなります。範囲攻撃のできるリゼ殿が使い物にならなくなってしまった場合、一気に形勢が逆転する可能性があるのです」

「ああ~……そうだよねー……」

「因みに、どんな技能なの?」

「えっと、蒼白そうはく雷雹らいひょうっていう技能。どんなのかは分からないんだよね……。使う機会とかなかったから……」


 早い内にメリルに助けられ、家の中で過ごしてきたリゼは戦うということを全くと言っていいほどしないので技能を試すことなどもほとんどなかった。

 最終進化とされている魔物になった時にこの技能を授かったが、埃を被っている代物だ。

 もし使うとなれば、ぶっつけ本番となる。


 できればそんな危険な行動は避けてもらいたいというのが、ウチカゲの考えだ。

 だがカルナとしては、使ってもいいのではないかと思っていた。


「私はいいと思う。どんな技能であれ、代償を払うだけの威力を持っているのなら、形勢はこっちに傾く」

「その代償が何か分からないから恐ろしいんです。応錬様は長期的睡眠で済みますが、リゼ殿は別の何かかもしれません」

「勝てるのなら使うに越したことはないと思うけど……」

「暗殺者の考えと一緒にしないでいただきたい」


 ウチカゲは嘆息する。

 確かに勝てる可能性は高くなるだろう。

 それを躊躇なく使うというカルナの言う言葉も分かる。

 だがそれによってリゼに何かが起きてしまった場合はこちらが困るのだ。

 一人戦えない状態で荷物になるのは避けたい。


 しかし、何もしなければこのまま援軍が来るのを待つだけとなる。

 ただの消耗戦。

 潰える前に援軍が来なければ、こちらは負けてしまうだろう。


「リゼはどうしたいの?」


 ユリーが聞いた。

 他の者たちに間で判断ができないということであれば、本人に決めてもらおうと考えたのだ。

 もし使っても使わなくても、リゼのせいで戦況が悪い方向に向かうことはない。

 使えばこの辺り一帯の魔物を始末することができるかもしれないし、使わなければこのまま範囲攻撃を維持してもらうだけだ。


 リゼは少し考えていたが、すぐに決まったらしい。


「使っていい?」

「リゼ殿は技能を使いたいだけですね……」

「あ、あははは~……」

「もし行動ができなくなったら、ティックの収納にぶちこみますのでそのつもりで」

「分かりました! では……!!」


 リゼは空を指し、技能を叫ぶ。


「『蒼白の雷雹』」

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