10.50.昔話⑫ 悪鬼の介錯
「俺のぉ!! 友にぃ!! 何をぉ!! してくれとんじゃ貴様ぁああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「げぁっ!? ごっ……ブフッ!?」
レンマが涙を流しながら剣を振るっていた。
その斬撃は地面を切り裂き亀裂を作り、山が両断され、海が割れる。
何度も細切れにされる陸の声は抵抗することがほとんどできていない。
地面を動かして攻撃するが両断され、空気を圧縮して爆発させようとするが、それはより強い攻撃に消し飛ばされた。
魔物も鬼門の里を襲うのを止め、こちらに全軍が突撃してきているが、斬撃の余波のみですべて蹂躙されている。
レンマの変わりように、ダチアは驚いた。
あそこまで強かっただろうか?
何か違う力が、今のレンマに宿っているような気がする。
よく見てみると、レンマの目が真っ黒になっていた。
あれは何だと呟くと、隣にいたヒナタが答えてくれる。
「……悪鬼です……」
「悪鬼? それはなんだ?」
「鬼が泣いた後の末路……ですね。性格が変わり、強大な力を得ることができます」
「元には……」
「戻れません……」
悪鬼は戻れない。
それが常識であった。
泣くことで悪鬼となり、強大な力を得る代わりに人格が変わる。
今のレンマは何とか自分を維持しているようだったが、それも時間の問題だろう。
斬撃が繰り返し放たれる。
その度に陸の声が使おうとしていた技能が破壊され、そして体が両断された。
すぐに回復しても、また斬撃によって切り裂かれる。
これが何度も何度も繰り返し行われ、陸の声は息を切らし始めていた。
再生する度に使う体力。
だがこの体では回復をしなければ戦うことは難しい。
じりじりと削り取られることに焦りを覚えるが、レンマの攻撃が止むことはない。
「……悪鬼は、あの後どうなる」
「分かりません……。ですが、私たちとは違う道を歩みます」
「どういう意味だ」
「帰ってこないのです。絶対に。いくら呼び止めても、いくら阻止しても、悪鬼となった彼らは何処かへと歩いていってしまいます。私たちの知らない場所に。何かに導かれるようにして……」
「……止める方法はないのか」
「ありません。これが、力の代償なんです……」
言っていることは分かるが、認めたくない。
さっきまで楽しそうに笑い合う仲だったのに、こんな形で別れることになるとは信じられなかった。
レンマに限って、そんな事があるはずがない。
だが、それはすぐに打ち砕かれる。
「ギャハハハハハ!!!! たのしぃねぇ!!!!」
「ぐぉあおああああ!!」
ワントーン上がった声が、レンマから放たれた。
怒っていない。
今は、楽しんでいる。
それが嫌にダチアを不安にさせた。
鬼を鬼へと落とす。
それが悪鬼化、なのかもしれない。
レンマがガッと陸の声を掴んだ。
音速で地面に叩きつけ、周囲一帯のものをすべて吹き飛ばす。
地鳴と爆風がここまで襲ってきたが、何とか耐えて再び成り行きを見守った。
陸の声の再生が間にあっていない。
だがそんなことはお構いなしに、レンマは連撃を加えていく。
爆撃が何度も起こっているような攻撃だ。
あれに耐えられる者は……いないだろう。
「ギャッハハハハハ!!」
「う……ぐぁ……」
首を掴んだあと、バキリと骨を折る。
頭を砕き、背骨を抜き、再生した首を再びへし折って音速で叩きつけた。
武を極めた最初の鬼、レンマ。
まさに鬼神と呼んでも差し支えがないほどの苛烈さと強さを有していた。
ベギバギゴギゴキ。
陸の声を丸めていく。
とにかく小さく、小さく、小さく、小さくして、最後にはビー玉ほどの球体になってしまった。
再び不気味に笑ったレンマはそれを軽く投げた。
自分の目の前に落ちてくるように調整する。
そして、落ちて来た瞬間、拳を合わせてすりつぶした。
今の一瞬で二十連撃を撃ち込んだらしく、周囲に二十回の弾ける音が鳴り響く。
青い球がふわりを出現する。
それは力なくよろよろと宙を彷徨ったあと、溶けるように消えてしまった。
悪意が消えた。
邪悪さに満ちていた魂が消滅し、周囲はいつもの空間に戻ったらしい。
召喚された魔物も溶けて消え、後方からは勝利の掛け声が聞こえてきた。
「……」
笑みから無表情となったレンマは、拳の感覚を確かめる。
そして、こちらを見た。
何を思ったのかとんでもない速度で突っ走ってきている。
見境までなくなったのかと思ったダチアたちは、気絶している三人を守るために武器を手にして構えを取った。
勝てるはずはないが、それでも守らなければならない者が側にいる。
無茶をする理由はこれだけで十分だ。
全員が狙いを定め、レンマの走ってくるタイミングに合わせて武器を振るう。
だがそれは、レンマの叫び声によって封じられた。
「待ってくれ!!」
「!!? レンマ!? 貴方自我が!?」
いつも通りのレンマが、目の前で立ち止まった。
珍しく息を切らしている。
悪鬼になった者は、元に戻らない。
そう言い伝えられている。
だが、レンマは今自我を持って会話ができていた。
となれば元に戻る方法はあるのではないだろうかと、その場にいた誰もを期待させたがレンマは首を横に振る。
「わ、わりぃ……時間がねぇ……。もうじき悪鬼に成り変わる……」
「……やっぱり、そうなんですね……」
「だから、最後に俺を殺してくれ!! この場に骨を埋めたいんだ! 悪鬼の世に行くつもりはねぇ!!」
その言葉を聞いたエンゲツとシスイが、武器を構えて歩み寄った。
だがヒナタがそれを止める。
「二人とも!?」
「はようせねばならぬ。迷っている暇は非ず」
「然り」
「だ、だけど……」
「ええ、ええんだヒナタ。こいつらの言っていることは何も間違っちゃいねぇ」
迷っている暇など、本当にないのだ。
悪鬼になって自我を一時的に取り戻したのは奇跡に近い。
だからこそ、早急な対処が必要だった。
それをこの二人は分かっていた。
情があるからこその行動。
彼の意志を無駄にしてはならない。
「さらばだ、レンマ」
「楽しかったぜ、エンゲツ」
ズパンッ。
背に担いでいた直刀を抜き放ち、首を斬った。
満足そうに笑って死んだレンマ。
ではこちらも、笑って見送らなければならないだろう。
「……フー……。ダチア」
「分かっている」
息を吐いて気を落ち着かせたヒナタは、いつも以上の覇気でダチアの名を呼んだ。
それだけで、何をしようとしているのかが分かる。
「このままだと残り三体の神は顕現するだろう。だが止める方法はある。攻め込むぞ、人間の城に」
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