3.47.稲刈り


 あれから数日が経った。

 もうすっかり里の人に俺の姿は覚えられ、アレナと零漸も打ち解けている。


 今、前鬼の里では稲の収穫時期を迎えていた。

 この時ばかりは里にいるほとんどの鬼が仕事を休んで稲刈りに精を出す日である。

 何と言っても前鬼の里の畑は広大だ。

 下手をすれば城下町より大きいのではないだろうか。

 これだけの大きさの畑であれば里の者総出でかからなければすぐには終わらないだろう。


 それにその後の作業もてんこ盛りだ。

 稲を手作業で刈りいれ、そして稲木にかけて天日干しにしなければならない。

 その作業だけでも相当の人手が必要だ。

 その後は脱穀、そして籾摺りをしなけれなならない。


 今日はその初日の稲刈りの作業だ。

 朝からやる気に満ち溢れた里の人々が片手に鎌を持って任された畑にむかって歩いていっていた。

 だがその全ては男の鬼だ。

 女の鬼はと言うと昼からの出動である。

 なんせ人数分のお昼ご飯を作っていかなければならないのだから、もう戦争のような状態だ。

 朝から米を炊く匂いが里中に充満していた。


 明日は収穫祭を行うらしいので、その準備でも大忙しだ。

 だが豊穣の神様には感謝しなければならない。

 その感謝を伝えるのがお祭りなのだ。

 少々大変かもしれないが、鬼たちは全員が楽しそうに準備にいそしんでいる。


 零漸はお祭りが楽しみのようで、明日のお祭りの準備を手伝いに行ってしまった。

 明日は俺が太鼓叩きますねとか言っていたが……。

 まぁ楽しみにしておこう。


 俺とアレナは稲刈りの様子を見に来ている。

 少しでも手伝えないかと思ったのだが、客人であり白蛇様である俺たちには手伝わせることはできないと固くお断りされてしまった。

 とはいっても何もしないで見ているというのはなんともむず痒い。

 なので俺が無限水操で出した水をふるまう事にした。

 収穫の時期は涼しいが、収穫作業は大変だ。

 しっかりと水分を取って貰わなければ支障をきたす。


 これも断られかけたが、俺は白蛇と言う立場を使って強行した。

 時々便利な白蛇である。

 うむ、この辺ももう少し気やすく受け入れてほしいのではあるが……それにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「おーし! みんな揃ったなー!? じゃあ頼むぞぉー!」

「「「おおぉーー!」」」


 一人の鬼の号令で全員が動き始めた。

 片手に鎌を持って畑へと入っていく。

 畑は既によく乾いており、鬼が畑の中に入っても深く足が沈むことはない。

 横一列に並んだ鬼達は一斉に作業に取り掛かる。

 稲を鷲掴みして根本付近に鎌を振るう。

 本当に切っているのかと思うほどにサクサクと鎌は稲を刈り取ってしまっている。

 素晴らしい切れ味だ。

 よく手入れされているのがわかる。


 刃物に限った話ではないが、道具がよければよいほど仕事の効率は必然的に上がる。

 無駄な力はいらなしい、むしろその無駄な力を使わせないために刃物のほうが気を使っているまでもある。

 それも手入れ次第ではあるのだが、手入れしていればおのずと愛着もわいてくる。

 刃物と言えど、道具と言えどかわいがってやりたくなるものだ。

 ……俺だけだろうか。


 鬼たちは随分と速いペースで稲を刈っていき、途中からはいてきた鬼たちは、あぜ道に放置されてあった稲木を作るための材料を担いで畑の中に入っていった。

 稲を既に刈り取った場所に稲木を設置し、投げてある稲の束を結び初めている。


「応錬、あれなーに?」

「あれって……稲木のことか?」

「稲木?」

「稲ってのは刈り取った後に一回天日干しにしなきゃいけないんだよ。そのために使われるのがあの稲木だ」

「ふーん……」


 アレナは水を飲みながら興味があるようなないような……どっちかわからない態度で答えた。

 アレナが知りたかったのはもしかしてそういうことではなかったのかもしれないが、残念ながら心までは読むことはできない。

 そもそこ俺自身が子供心を理解ししていないというのもあるかもしれないが……。


「応錬様」


 後ろから声をかけられた。

 振り向いてみれば、いつもの緑色の服を着ているライキがこちらに一人で歩いてきていた。


「おお、ライキか。ここに来ても大丈夫なのか?」

「ええ。今日はテンダに任せております故」

「へ~。テンダもライキに仕事を任されるようになったのか」

「元々そういうのには長けておりましたからな」


 ライキはよいせと声を出しながら、俺の隣に腰を下ろした。

 するとアレナが新しいコップを取り出してライキに水を手渡した。


「おお、ありがとうや。アレナちゃん」

「どういたしまして」


 絵面だけ見ると孫とお爺ちゃんの微笑ましい光景だ。

 もっともアレナに角はない。

 ライキはアレナが手渡してくれた水をすぐに飲んで一息ついた。

 ここまで一人で歩いてきたのだろうし、少しばかり疲れていたのだろう。

 無理してここまで来なくてもいいとは思ったが、こういう作業は見ておきたいのだろうな。


「そういえばライキは隠居とかしないのか?」

「そうですなぁ。もう歳ですから……テンダに全て教え終わったのであればそうしたいですなぁ」

「もう歳っていうけど何歳なんだ?」

「わしですかな? もう今年で四百二十二歳になりますの」

「……よく覚えてんな」

「修行のうちでございます故」


 どれだけ長生きしてんだこの爺。

 鬼の寿命は長いと思っていたがまさかここまで長いとは思っていなかった。

 何事もなければ四百歳くらいは余裕で生きれるのだろう。

 人とは大違いだ。


 となると……俺は何歳まで生きれるのだろうかという疑問が脳裏をよぎる。

 別に何歳で死のうがあまり気にしないが、不老不死にはなりたくない。

 だが俺が最終的になるのは龍だ。

 不老不死ではないにしろ、相当な時間を生き永らえることは可能だろう。

 参考程度にこの世界にいる竜を見てみたくもあるが……会いたくはないという矛盾があった。


 別に危険を冒してまで見るような生物ではないだろうということだ。

 とは言ってもあった時敵対するようであれば勿論ぶちのめす覚悟はできている。

 生物を殺すのは少しだけ割り切ったところもあるからな。


「ライキおじさん。明日のお祭りってどんなことするの?」

「ん? そうじゃのぉ……見てのお楽しみかの?」

「えー気になるー!」

「アレナちゃんは鬼の里の祭りを見る初めての人間だからのぉ。今回はちとばかし気合を入れておるのじゃ」


 ライキは意地悪をする子供のような口調で話していた。

 なんとも楽しそうな口調であり、アレナも秘密にされて少しむくれてはいるが、心底嫌というわけではないようではにかんで笑っていた。

 この数日で領主と仲良くなれるアレナは相当すごいと思うが、それも子供だからという事もあるのだろう。

 ライキが子供好きでよかったな。


 ふと畑を見てみると、五分の一の刈り入れが終了していた。

 速いものだ。

 こういうのは数仕事である為、人がいればいるほど早く終わる。

 だがこの畑は広大だ。

 今刈り入れを行っている畑は一つ。

 この班に任された畑はまだ四つほどあるのだ。

 それも全て刈り入れなければならないと思うと気が遠くなりそうだ。

 俺だったら心が初めに折れます。はい。


 それから昼になり、女の鬼たちが昼ごはんを持ってきて皆で一緒になって食べた。

 その中にはシムと姫様もいたようで、豪勢な料理を作ってここまで持ってきてくれたようだ。

 おせちかな?


 午後からは女の鬼も刈り入れに参加するため作業効率は一気に上がった。

 俺たちは相変わらず見ているだけに留まってしまったが、だんだんとなくなっていく稲を見ているのはなんだか面白かった。

 しかしアレナは退屈だったようで、途中からライキの膝の上で眠ってしまっていた。

 その光景を微笑ましく思って見ていた時、一人の鬼が走ってきた。


「ライキ様ー!」

「しー!」


 ライキは寝ているアレナを気にしながら、やってきた鬼に対して人差し指を口の前にあてた。

 鬼はすぐに声を閉じて俺達の前にかがんだ。


「どうしたのだ?」

「じ、実は……川で魚が取れなくなりまして……」

「何? 昨日までは豊漁だというておったと思うのだが」

「そ、そうなんですが……今日になっていきなり魚が姿を消したんです。こんなことは初めてで祭事に必要な量の魚が獲れず困っておりまして……」

「ふむ……?」


 どうやら漁をしている川で魚が取れなくなったという話らしい。

 この里を潤わせるだけでの量の魚が獲れる川が近くにあるというのも少し驚きではあるが、ここは異世界だ。

 そういうこともあるのだろう。


 しかしその話を隣で聞いていた俺は、脳裏に一匹の魚の姿を思い出した。

 俺が最初にいた川で進化するのを邪魔し続けていた奴。

 そんな奴がいたな……と。


「……ベドロックか?」

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