3.48.久しぶりのへーんしんっ


「……ベドロックか?」

「ベドロックですとな?」


 俺がそう呟いたのに対してライキはすかさず反応を入れてくる。

 報告をしに来た鬼は首を傾げているが、何故だか期待のまなざしを向けていた。

 本当に何故なのだろうか。


「ベドロックと言いますと……はて、どのような魔物でしたか」

「んー簡単に言うと魚を匂いでおびき寄せて食べる魚だな。アンコウみたいな見た目の」

「ふむ、アンコウが何かは存じませぬが、ベドロックが発生したという可能性は高いやもしれませぬな」


 ライキはそう言って顎を撫でながら考えこんだ。

 恐らく何か対策を考えているのだろう。


 しかし、魔物はそんな簡単に発生して異変を起こしてしまうものなのだろうか。

 そう思って聞いてみたところ、どうやらそういう傾向にあるらしい。


 魔物は何故か自然に発生する。

 勿論それも種族繁栄の為であるという事も勿論の事なのだが、ひょっこりとAランクの魔物が出てきたりするのだという。

 研究者たちが今もなを研究を進めているようなのではあるが、未だにその原因は解明されていないのだとか。


 だが俺にはなんとなく心当たりがある。

 それは進化だ。

 俺が進化して強くなってきたと同じように、他の生物たちも強くなって進化しているのだろう。

 だが稀に起こるという事から進化する魔物は多くはないのかもしれない。

 己の種を大切にしているだけなのかもしれないが。


 さて、そんなことを聞いていても話の根本的な解決になるはずもなく、結局ライキと一人の鬼は頭を悩ませているようだった。

 明日は収穫祭。そのために必要な魚が獲れないというのはとても痛手であるらしく、その中でも最も大切なのが宝魚と言う魚らしい。

 この魚は俺たちがこの里に来たとき、初めて口にしたあの透明な身の魚である。

 高価なのは勿論なのではあるが、繁殖力が非常に強く、今の今までその魚が取れなくなったという事はないのだという。

 むしろ今まで鬼たちがその魚の繁殖で増えすぎた宝魚を間引いていたというのが正しいかもしれないが。

 その魚は祭事の時には必ず里の皆に振舞われ、酒の肴としても重宝されており、その上供物としても使われる大切なものなのだという。


 そんな魚を蛇の姿で食べたらどれくらいの経験値が手に入るのか非常に気になるところではあったが、すぐその考えを振り払ってライキたちと一緒に対策を練り始める。


「つっても俺が探したほうが速いよな」


 久しく忘れていたが自動系技能の中に『水泳』という技能が入っている。

 人間の姿でも問題はないのだろうが、使う場合は蛇の姿のほうがいい。

 水の中ではおそらく操り霞を使うことはできないだろう。

 だがベドロックのいる場所は把握している。

 とにかく上流だ。

 そこで多くの魚たちが眠るように泳いでいたのであれば、そのどこかにベドロックはいるのである。


 特徴は知っているし、生態も把握している。

 見つけることができればすぐにでもベドロックを討伐することができるだろう。

 そう思って腰を上げるが、当然の如くライキたちに止められた。


「応錬様のお手を煩わせる訳には参りませぬ。これはわしら鬼の問題なのですから」


 んー。面倒くさい。

 割と正直な感想だ。

 何もせずにただ美味い飯を食っているのも悪くはないのだがそれでは駄目な気がする。

 だが何かをしようとすれば止められてしまう。

 うーむ。面倒くさい。


「……ん? 俺は一言も何かするなんて言ってないぞ。俺はただ蛇の姿で川を泳いでみたいと思っただけなんでなっ」


 もう俺が何をしようとしているのかはライキはわかっているのだろうが、わかるようにこう言ったのだ。

 それで問題はない。


 ライキは少し難しい顔をした後、小さくため息をついて報告に来た鬼に川の場所まで案内させるように指示をしていた。

 流石ライキ。話が分かる。

 それに今回はこの状態でどれくらいの経験値が入るのかも確かめたいのだ。

 実験もかねて久しぶりの実戦と経験値回収……。

 最近蛇の姿でいることができなかったので、いいリハビリになるだろう。


「おっしゃ、じゃあライキ、アレナを頼むぜ」

「お任せください。川には網が張ってありますので、くれぐれもかからないようにお気を付けくださいませ」


 俺は軽くライキに手を振った後、案内役の鬼に連れられて川へと向かった。



 ◆



 案内役の鬼は終始ギクシャクとしていて落ち着きがなかったが、それでも何とか川に辿り着いた。


 案内されて連れて行ってもらった場所には小さな掘っ建て小屋がいくつも点在していた。

 人が住むことを想定していないような作りではあるが、休憩はできるような小屋だ。

 そしてその周囲には大小さまざまな船が置かれており、川にも何隻か船が泊められていた。

 船にはマストがあり、風を受けて進むタイプの船であるという事がわかる。


 そしてこの川……なのだがめちゃくちゃデカい。

 対岸までの距離は何百メートルあるのだろうかと言うほどに遠かった。

 これだけ広ければあの里の鬼たちを養うだけの食料は取れるだろう。


 船が泊められている前では案内役の鬼を待っていたかのようにして、漁師である鬼たちが一つの火を囲んで何かを話し合っているようだった。


 どうやら魚が取れないという事は本当のようだ。

 その証拠に今日使われたであろう網を片付ける鬼たちが見て取れた。

 魚を入れておくための桶には何も入っていない。

 鬼たちは片付けながら少しばかり残念そうな表情をしていた。


 鬼たちは俺が来たことに驚いてはいたが、事態が事態らしいのでいつもより静かだ。

 騒ぐ気にはなれないのかもしれない。

 俺が来ても何の解決にもならないと思っているのだろう。

 だが安心したまえ諸君。

 俺がベドロックを討伐して魚を元の生息域に戻してしんぜよう!


 てかね、そろそろ働かないと罪悪感がね……すごいんですよ。

 ってことで早速仕事しましょうかね!


 自分に気合を入れてから蛇の姿になる。

 少し動き回ってみるが特に異常はない。

 久しぶりだったからどんなもんかと心配していたが、やはりこの姿は今でも落ち着く。

 早速川の中に飛び込んで捜索を開始する。

 時間もないようだしチャチャっと終わらせてしまいたいのだ。


 向かうは上流。

 あいつの香は下流に流れていくはずだ。

 昔は川を登るのも一苦労だった気がする。

 懐かしい思い出だ。


 しかし、今では川登りなど簡単だ。

 無限水操で水の流れを作り、上流から流れてくる水の流れをカット。

 そして俺の体を押し飛ばすかのようにして水を押し上げていく。

 唯一心配だったのは潜水時間だが、これは水蛇の時の能力が引き継がれているようで、何分でも潜っていられるようだった。


 それに自動系技能の『水泳』も泳ぐのにとても役に立った。

 水を押し上げるだけではあまり速度が付かなかったが、泳ぎながら使うことで更に加速することができた。

 蛇の姿なのであまり疲れるという事もない。

 俺はこのまま一気に上流へと向かったのだった。

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