3.49.元気しとったかゴラァ
しばらく泳いでいるが、一向に魚の気配がない。
このような感覚は魚であった時以来であると懐かしみながら何もいない川をどんどん登っていく。
やはりベドロックの香は強力なようで、小さい魚から大きい魚まで根こそぎ持って行ってしまうようだ。
そりゃ優先討伐魚類に分類されるわけだ。
因みに、操り霞が発動できるかどうか水中の中でもやってみた。
これができれば捜索がとても楽になるのだが、はやり水の中では使用できない様だ。
残念ではあるが、魚の溜まり場を見つけたらベドロックは自力で探し出すしかない様だ。
今日中に見つけて討伐することができればいいのだが、ベドロックはなかなか隠れるのが上手い。
上流に向かっているため川の幅は次第に狭くなっているが、それでも少し開けた場所に隠れられてしまったら探し出すのに相当苦労してしまうだろう。
今回はそこまでの長期戦を申し込む気はないのでさっさと終わらせたいのが本音なのだが、相手も殺されに行くわけではないので、ここは根気との勝負になりそうだった。
『……む』
どうやら息継ぎをしなければならない時間になったようだ。
少し胸が苦しい。
ぽちょっと水面に顔を出して休憩をするついでに周囲を確認してみる。
まだまだ川幅は広いが、鬼たちが漁をしているところの半分くらいの幅になっていた。
ここまででかい川であると何処まで川が続いているのかわからなくなりそうだ。
実際によくわかってはいないので考えることではないのだが。
ついでと言ってはなんだが、操り霞を展開して周囲の詳しい状況を確かめてみることにした。
だが魔物の姿は無い。
いたらいたで経験値になってもらおうと思っていたのだが、そう甘くはない様だ。
しかし、一つの人影を確認することができた。
どこぞで見たことのあるようなシルエットだ。
特徴的なのは頭から伸びている細い尻尾髪。
何かの鎧を着ていることはわかるのだが、シルエットの為よくわからない。
その人物はこちらに向かってきているようだった。
森から姿を現し、俺の目でしっかりと姿を確認することができた。
燃えるような赤い髪、長い尻尾髪、聖騎士のような白い鎧。間違いなかった。
あれは零漸の青空尋問室に閉じ込めた初めての人物……。
鳳炎だ。
「ふむ! 水場確保! とりあえず水筒に水を入れておくとしよう」
鳳炎はそう言いながら腰にぶら下げている水筒を取り出し、水を汲んでいた。
さて、さてさて皆様。
俺はこいつのせいであのマナポーションというクソまずい液体を飲ませられましたね。
俺は覚えていますとも。ええ。覚えていますとも。
丁度ここには誰もいないし、あいつはまだ俺の存在に気が付いていない。
そしてなぜかこの状況でも取り出すことができるマナポーションが二つある。
何故取り出せるかは当の本人である俺にもわかっていないので気にしないでほしい。
ここまで準備ができているのだ。
飲ませないわけがない。
だがどうして飲ませたものか。
人間の姿になってもいいのだが、それだと無駄にMPを消費してしまう。
これはあまり好ましくない。
ではどうするか……。
俺には今まで愛用してきた技能……『無限水操』があるではないか。
イルーザは言っていた、技能と魔術は違うと。
であればオリジナルの技も作れるはずだ。
殆ど無限水操に頼りっぱなしの技能ではあるが問題はないだろう。
幸いあいつは水辺の近くにいる。
そこは俺のテリトリーだ!
「ぬぉあああ!?」
速攻で水を操って鳳炎を水の手で捕らえた。
いきなりのことで何が何だかわかっていない鳳炎。
もがいて必死に抜け出そうとするが、鳳炎はあまり力が強いほうではないらしい。
だが念には念を入れてMPをつぎ込んで水を圧縮する。
これで身動きはできないはずだ。
「なな、なんだ!? 魔物なのか!? しかもよりによって水かよ! ぬぐぅうぅぅぅぅううぅう……! 動けん!」
身動きは完全に封じることができたらしい。
だがそれだけでは終わらない。
と言うよりこれからが本命なのだ。
鳳炎を縛っている水からもう一つ手を作り出して、鳳炎の頬を鷲掴みにして無理やり口を開けた。
そして水にからめとられたマナポーション二つが浮遊しながら鳳炎に近づいていく。
近づくにつれてそれが何かわかったらしく、顔を歪ませて全力で抵抗している。
だが無駄である。
既に体は固定されて動かせるのは首のみ。
それも頬をがっしりと掴まれている為、まともな動きができるはずもなかった。
そのままマナポーションのふたを開ける。
ぽぽんと綺麗な音がしてキャップが地面に転がり落ちた。
マナポーションの入った瓶から強烈な匂いがしたのか、鳳炎はさらに顔を歪ませる。
抵抗し続ける鳳炎だったが、俺はそこまで甘くない。
やり返さないと気が済まないわけだし、相手もマナポーションのまずさは知っている。
逆に飲ませるだけに止めておいてあげる事に感謝してほしいくらいである。
そしてついに、二本のマナポーションの入った瓶が傾いた。
森の中に声にならない声がこだましたのは言うまでもない。
◆
とても良い気分で俺は川を登っていた。
いつぞやできなかった復讐ができたのでとても満足していたのだ。
あれを復讐と言っていいのかは疑問であったが、声にならない声を聞いたのは久しぶりのことだった。
あの男がマナポーションの恐ろしさを知っていてくれて安心した。
知っていなくても面白かっただろうが、やはりその恐ろしさを理解しているのとしていないとでは面白さが変わってくる。
鳳炎だったか、いい芸人になれるぞ。
そんなことを考えながらも猛スピードで泳いでいく。
未だに魚の姿は見えないが、気配が濃くなってきたような気がしてきた。
人間の姿では気配を感じ取る事はできなかったのだが、蛇の姿であれば気配を敏感に察知することができるようだ。
これは新発見である。
恐らくこの先にベドロックはいるのだろう。
この川の魚を全て持っていったとなれば、相当な量の魚が一つの場所に固まっているはずである。
最悪その場所が魚のカーテンになっている可能性も否定できないのだが……流石にそんな量の魚を見ると少したじろいでしまうかもしれない。
そうは言っていられない状況ではあるのだが……。
すると数匹の魚を見つけることができた。
寝ているように泳いでいるその姿は操られている魚そのものだ。
『やっぱいるな。ベドロック』
話を聞いた時は憶測でしかなかったのだが、ここまでくればもう確実だろう。
ベドロックがいると確信したところで、また泳ぐ速度を上げていく。
ここまで来るのに少し時間を使い過ぎた。
魚を数匹見つけたので、恐らくこの近くにベドロックはいるのだろう。
またしばらく進んでいると、今度は壁が見えた。
なぜあんな所に壁があるのかと思ったのだが、近づいてみてそれが壁ではないという事に気が付く。
魚だ。
魚が同じ方向に向かって泳いでいたのだ。
その数は悍ましく、この川幅を全て使って魚たちが展開しているのにもかかわらず、密度がすごい。
隙間だ度はない。
それは壁と表現するのが一番良い表現方法と言うくらいには。
『おっそろしいなおい……。この中に入ってベドロック探せって? 勘弁してくれよ……』
愚痴をこぼしつつも魚の壁の中に入っていく。
此処からは手探りだ。
出来れば夜になる前に帰りたい所ではあるが……。
これは時間がかかりそうだ。
水の中なので操り霞は使用できない。
他に何か便利な索敵技能はないかと確認してみるが……目星い技能は見当たらない。
やはり手探りで探すしかない様だ。
『……ん? そういえばベドロックって飯食う時だけ魚を自分の所におびき寄せてたよな』
昔ベドロックを発見したときのことを思い出してみる。
俺が発見したベドロックは川底にへばりついていた。
だがその周囲には魚はおらず、一匹もいなかったという事は覚えている。
あの時ふらっと泳いでいった魚を見つけれなければ、俺も見つけ出すことはできなかっただろう。
だがよくよく考えてみればおかしな話だ。
普通に食べるだけであれば自分の近くに置いておけば好きなだけ食べることができるのに、あえてそうしていないのだ。
わざわざ魚をおびき寄せて一匹ずつ食べる必要はない。
という事は……もしかしたらベドロックの周辺には魚がいないのかもしれない。
食べる以外は邪魔でしかないのだろう。
それか、自分に身の安全を確保するために周囲だけは見渡せるようにしているのか……。
何にせよ、もしこの予測が当たっているのであれば、ベドロックを見つけることは簡単かもしれない。
俺は早速水を操って自分を空中に持ち上げた。
上空から川を見てみると、魚の壁がよく見える。
真っ黒だ。
さて、予測通りであれば、魚の壁がない所にベドロックがいる可能性がある。
水を操って川の上流の方へと向かって行く。
魚の壁は思った以上に長く、数分浮遊しているのにも関わらず、まだまだ魚の群衆が連なっているようだった。
こんなに魚が集まってしまったら息とかができなくなるのではないだろうかと思いながら、魚が集まっていない場所を探してみる。
暫くするとようやく魚の壁の終わりが見えた。
と思ったら少し間を置いた先にまた魚の壁があった。
壁が裂けている場所を発見したのだ。その中の中央には黒く大きな饅頭のような影が見える。
『あれか……?』
その正体を確かめるべく、水を解除して川の中に飛び込んだ。
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