3.50.久しぶりの戦闘
空中から水中にダイブする。
泡がしばらく体の周りにまとわりついていたが、それはすぐに取れて視界がよくなった。
空中から見えた大きな影の方を確認してみると……岩があった。
あと数十センチほどで海面に顔を出しそうな黒い岩がそこに鎮座している。
このような黒い岩など川では見たことがない。
だが何故これを避けるようにして魚の壁が割れているのかが理解できなかった。
すると、その岩が動いた。
ゴドドっという音を鳴らしながら、それは俺に顔を向ける。
一言でいえばアンコウのような顔だ。
頭に提灯はついていないが、大きな口の割には小さな目玉がその印象を確定させる。
俺はその生き物を一度見たことはあるが、これほどまでに大きなものではなかった。
昔見たあの魚……ベドロックはもっと平べったかった。
しかしこいつはどうだ。
丸い。
横にも広ければ縦にも広いのだ。
まるで豚のような……いや、ラグビーボールのような姿をしたベドロックがそこにはいたのだ。
どうしたお前。
『とりあえず殺すしかないよな……。にしても……フッ。すげぇ見た目だな』
あまりにも昔見たベドロックとは容姿が異なっているのだ。
笑ってしまうのも無理はない。
何がどうしたらここまででかくなるのかはわからないが……まぁ考えるだけ無駄だろう。
俺は早速『連水糸槍』を作り出して一気に決めにかかった。
あいつは非常に硬かったのを覚えているのだが、今の技能の熟練度ではおそらく軽く切れてしまうことだろう。
その実験も兼ての攻撃である。
槍二本を左右に展開して糸を張る。
糸を張り続けたままベドロックに向かって突撃させた。
向こうから見ると、槍は全く見当違いの場所に進んでいるように見えるが、本命は槍ではなく糸なので何の問題もない。
これを初見で躱されたら俺も少しびっくりするだろうが、その心配はない。
なにせベドロックは動くことができないのだから。
もし動くことが可能だったとしても、あの巨体では避ける事すら難しいだろう。
連水糸槍の糸がベドロックに到達した。
意外と呆気なく終わってしまいそうだなと思って気を緩めた。
シパッ。
糸が何かを切り裂く音が聞こえた。
何を切り落としたのかを確認すると、糸はベドロックの頭についていた岩のコブを少しだけ切り落としただけだった。
それに俺は、はてと首を傾げる。
あんなところで寸止めするつもりはさらさら無かった。
しかし切り裂いたのはほんの一部分。
俺はベドロックを両断するつもりで槍を動かしたのだ。
何故だ? そう思って飛ばした二本の槍を見てみる。
そこにあったのは信じられない光景だった。
何と一匹の魚が槍を咥えてその動きを封じていたのだ。
そいつは歯の鋭いピラニアのような姿の魚でとても大きい。
その魚が二匹、一本ずつ槍を咥えて動きを封じていた。
そんなことがあるのかと驚いて槍を動かそうとして見るが、逆に魚の方に振り回された。
力では向こうの方が上のようだ。
しかしあれでは連水糸槍は使用できない。
次の槍を展開しようとしたとき、背後から妙な気配を感じた。
咄嗟に横に飛んで後方を確認する。
すると、壁になっていたであるはずの魚たちの目が全てこちらを向いていた。
一匹は目をギラギラと輝かせながら、一匹は歯をガチガチと鳴らしながら、一匹は鱗を逆立てながら……。
全ての魚の敵意が、こちらに向いていたのだ。
『……こ、これはま……ずくねぇか?』
そう呟いた瞬間、魚の壁から相手をハチの巣にするような弾丸が飛んできた。
これは覚えがある。
零漸が昔所持していたロックショットだ。
攻撃力はあまりないはずなので、空圧結界を張ってその攻撃を耐える。
あの魚の中に接近攻撃を仕掛けようとしていた魚がいたので、とりあえず岸から岸までに空圧結界を張ってこちら側に来れないようにしておく。
これで前に集中できるはずだ。
しかし、ベドロックの後ろにも魚の群れはいたはずである。
あちら側から魚がベドロックを守りに来るのであれば、また結界を展開しておかなければならない。
でなければ、まともにベドロックの相手などできないからだ。
だがしかし、振り向いた時にはすでに遅かった。
魚たちはすでにベドロックを守るようにして泳ぎ回っており、こちらに鋭い目を向けている。
相手は無尽蔵に沸き続ける魚。
こちらのMPは限界がある。
全ての魚を殺していいというのであれば対処できなくもないが、それではここに来た意味がないだろう。
だが少しばかりは殺さないと話は進みそうにない。
とりあえずベドロックの後方に『水結界』を展開してこれ以上魚が来ないように阻止する。
空圧結界を張ればよかったのかもしれないが、どうやら空圧結界は一つしか張れないらしい。
零漸の持っている空圧結界・剛は何枚でも張れるらしいのだが……。
技能とは一つレベルが上がるだけでできることが全く異なるようだ。
そうこうしていると、先ほど連水糸槍の槍を咥えていた二匹の魚が完全に槍を破壊した。
あれに嚙み付かれてはひとたまりもなさそうだ。
敵はざっと……沢山いる。
ベドロックだけを倒せばいいのだろうが、倒された後もしばらくの間は香の効果が残るので、魚たちは襲ってくるだろう。
今回は食べるという線は捨て置いて、倒すことだけに専念する。
久しぶりの戦闘だ。
腕が鳴る。
蛇の姿では鋭水流剣は使用できない。
できないこともないが、手に握れないので今回は槍で対処することにする。
連水糸槍をもう一度展開し、多連水槍を十二本作り出す。
そして秘かに練習していた技能、『空気圧縮』を使用して、空中で空気を圧縮しておく。
これは時間がかかるのでしばらく放置だ。
まずは多連水槍で、先ほどの二匹の魚を倒す。
連水糸槍を止めてしまうほどの強靭な顎を持っているのだ。
また止められてしまっては意味がない。
だがそれを阻止するかの如く、相手方の後方からロックショットが飛んでくる。
他にも見たことのないような技能が飛び交っているが、それを気にしている余裕はない。
すぐに水結界を展開してその攻撃を全て防御する。
あまりMPは注ぎ込んでいないが、それでも十分攻撃を弾く力は有しているようだ。
その間に多連水槍が次々に魚を切り裂いていく。
相手の動きは悪くはないのだが、香のせいなのか魚にしては動きが鈍い。
十二本の槍は鍛錬によって素早く、川の流れに逆らうことなく滑らかに魚を捌いていく。
その中には先ほど連水糸槍を止めた魚も混じっていたが、既に事切れていた。
一本の槍がベドロックに突き刺さる。
しかし、呆気なく弾かれてしまった。
それどころか槍の刃が折れているようだ。
槍は力を失ったかのように、水に混じって消えていった。
流石に今の多連水槍の切れ味ではベドロックに致命傷を与えることはできない。
多連水槍はその数がものを言う技能であり、あまり質は良くないのだ。
鍛錬により鍛え上げられるのは切れ味ではなく、その動きである。
いかに素早く、いかに深く、いかに滑らかにを追求したのが多連水槍なのだ。
数によって操る精度も変わってくる。
俺が今完璧に操れるのが十二本まで。
今回の戦闘は、割と本気で戦っているのだ。
しかし多連水槍が通じないとわかった以上、使えるのは連水糸槍だけだ。
接近攻撃を仕掛ければその限りではないが、近づいてバグっといかれては洒落にならない。
ここは安全策で切り抜けるとしよう。
多連水槍のおかげでこちらに飛んでくる攻撃はめっきりなくなった。
最初は少し焦ったが、ここまでくれば勝ちも同然だろう。
後は残り少ない残党と、本丸であるベドロックを討伐するだけである。
俺はベドロックを睨みつける。
ベドロックはどこか悔しそうな表情をしているが、これはアンコウのような顔立ちが原因だろう。
魚の顔などわかるはずもないのだ。
しかし、ベドロックは口角を上げて明らかにニィっと笑った。
その瞬間、ベドロックは大きなヒレを持ち上げた。
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