7.20.リゼの過去


 応錬がバディッドを食べている間、アレナとリゼは暇であった。

 剥ぎ取りも終わり、依頼達成もあとは帰るだけとなったのでもうすることがない。

 山のように積まれているバディッドを横目で見ながら、この間どうしようかと考えているリゼだったが、ひょこっとアレナが下から顔を覗き込む。


 それに少し驚いてしまったが、すぐに笑顔になって首を傾げてみる。


「どうしたの?」

「応錬がご飯食べるまで暇だから、お話しようと思って」


 久しぶりに人間の姿になってからの会話。

 上手くできるかどうか少し不安ではあったが、リゼはアレナの提案に頷き、近くに腰を下ろした。


 だが何を話したらいいのだろうか。

 今までは聞いているだけだったので、話しを振ることはほとんどなかった。

 会話はどうやってすればいいのか忘れてしまっている自分に驚きながら、とりあえずアレナが話しかけてくるのを待つ。


 すると、アレナは期待通りすぐに話を持ち掛けてくれた。


「リゼさんはどこから来たの?」

「どこ……かぁ。うーん、遠い場所かな?」

「それってどんなところなの?」

「せ、説明しようとすると難しいわね……。人が沢山いて……ここよりもっと科学が進んでて……」

「?」


 説明しても分からないことに気が付いたリゼは、すぐに口を閉じてここに転生して来てからの話をすることにした。

 最初に意識が宿ったのは……。


「あー……洞窟の中だったわね……」

「洞窟?」

「そう、洞窟。ほら、私って虎じゃない? 白虎とも言うんだけど、それのお母さんが居たのよ」

「へー。じゃあそのお母さんも人の姿になれるの?」

「あ、それは私だけかもね……」


 リゼがこの世界に転生してきたときに意識が宿ったのは、小さな虎だった。

 だが今のように色が白いわけではなく、真っ黒な猫のような姿だったことを覚えている。

 ある程度成長し、乳離れした個体に転生したらしく、起きた瞬間目の前に肉が置かれていた。


 初めは今の自分の状況に混乱して何も食べない日が続いたが、そこで陸の声という声に導かれ、何とか生き永らえようと食べたくもない生肉を何度も何度も口にした。

 一番嫌だったのは明らかに不味そうな肉を持ってこられた時。

 リゼが初めに転生した黒い猫、ダークギャッツは雑食性でどんな状態の肉でも食べることができる能力を持っていた。

 臭い肉でも腐った肉でもなんでも食べることができるのだ。


 腐敗臭が漂う汚染されたような肉を見た時は流石に気絶した。

 元は人間の女性であるため、そのようなものを口に運ぶことを想像しただけでも吐き気がするのだ。

 起きた時には何故かなかったが、あれは親が食べたのだと信じておきたい。


 まぁそんな場所にずっと居たいわけがないので、それからはすぐに洞窟を出て冒険に出発した。


「じゃあ応錬みたいに旅をしたの?」

「あいつがどんな旅をしたのかは知らないけど……どっちかっていうと家出になるのかな……。ある程度動けるようにまで成長したところで、親の目を盗んで逃げたのよ」

「ご、ご飯が不味かったから……?」

「ああー……うん、そうなるかしらね?」


 不味いとかそういう次元のお話ではなかったような気もするが、簡潔に言えばそうなるだろう。

 今思い返してみると凄い不純な動機で家出をしたのだなと呆れてしまった。

 だがあの場所にいても何も変わらなかっただろうし、美味しいものを食べたかったのには変わりはない。


「鳳炎もご飯のことでいろいろあったらしいよ?」

「あいつは……そういえば何も聞いていなかったわ……。あいつの進化先聞いておけばよかった」

「私もよく知らないけど、なんでも虫食べてたんだって」

「うわあー……」


 自分より辛い食事をしていた奴が居るとは思わなかったので、普通にドン引きしてしまった。

 流石に虫を食べるとなると勇気とかそういうのじゃなくて、価値観を変える必要がある。

 それか大切な何かを捨てなければならないだろう。


 そこに転生しなくてよかったと心底安心したリゼ。

 だがあの腐った肉を食べた時の感触は絶対に忘れはしない。

 いつかあの親を殴り飛ばしに行くつもりだ。


「で、で、それからは?」

「旅のお話? んー……腐った肉とかを食べても経験値が手に入らなかったから、生きている普通の魔物と戦ったわね。そしたらレベルが上がって、すぐに進化することができたわ。雷魔法もそこで修得したから、何とかお肉も焼けるようになったしね!」

「雷魔法でお肉が焼けるの?」

「結構時間かかるんだけど、焼けるのよ?」


 雷魔法の習得により、食生活が一気に安定した。

 焼いて食べれば油が出て味もするし、なにより臭みや毒などといった物も全部消してくれる。

 そして氷魔法を習得してからは、それを雷魔法で溶かして沸騰させ、鍋にして食べたこともある。

 さすがに鉄の鍋なんかはないので、大岩に穴を作ってその中に水や食材を入れていた。

 なかなか美味しくできて驚いたことも結構あった気がする。


 だが調味料などは一切なかったので、味付けなどはすることができなかった。

 そもそも体は虎なので、自由に扱える手がない。

 手の込んだものは作ることができなかった。


 しかしそんな生活も、とある日を境に一気に変わることになる。

 それが……。


「メリルに出会った時ね」

「メリル?」

「そう。私鼻が利くんだけど、それで知らない匂いを嗅いだの。それが人の匂いでね。すぐに向かって行ったらメリルが木の下でご飯を食べてたのよ。まぁピクニックってやつね」


 あの辺りは魔物がおらず、温厚な生き物しかいない森だった。

 周囲には草花が生い茂っており、水場もあった。

 幼い女の子であれば一度来ればもう一度行きたいと親に我儘をいうくらい綺麗な場所だったと記憶している。


「初めて人に会ったもんだから、テンション上がっちゃってすぐに走っていったわね」

「え、魔物の姿で? 大丈夫だったの?」

「勿論大丈夫じゃなかったわ!」

「ええー……」


 当時は大人が抱えれるほどの大きさしかなかった。

 中型犬くらいの大きさというのがいいだろうか。

 それが一気に突っ込んでいたもんだから、護衛に当たっていたカーターに蹴とばされたのはいい思い出である。


「何の考えもなしに突っ込んだからね……」

「大丈夫だったの?」

「ええ。大治癒を持っていたからね」

「その時から持ってたんだ! 凄いなー!」

「絶対他の場所では見せるなって再三言われたけどね……」


 リゼが蹴とばされた光景の一部始終を見ていたメリルが、すぐに駆けよって来てくれて守ってくれた。

 カーターは随分と渋っていたようだが、結局折れて武器を収めてくれたのだ。

 あの時メリルが止めてくれなかったら、あの時確実に死んでいただろう。


「へー、そうなんだ! じゃあメリルさんは恩人なんだね」

「あの時は本当にどうなるかと思ったわ。でもメリルの家でもお父様が反対し続けて大変だったのよー。姿は魔物だったから」

「あ、そうだよね。どうやってメリルさんの家に住めるようになったの?」

「め、メリルが私が捨てられるならメリルも家出するって言ってね……。本当にあの時は大変だったわ……」


 というより、賛成してくれる者の方が少なかった気がする。

 魔物とは言え当時はそこまで可愛い部類に入る魔物ではなかった。

 小さな虎で、色も黒と赤色が混じったような気色の悪い色だったので、軽蔑されることも多々あった。


 それでもメリルの必死の説得の甲斐もあって、メリルの家でペットとして生活することを許されたのだ。

 出される食事はいつも高級品。

 とはいえ、やはり日本の食事には劣る。

 でも経験値は沢山手に入れることができた。

 高級品というだけあって、出される食材は高品質な物だったのだろう。

 そのおかげで最終進化先まで簡単に進化することができたのだ。


 とまぁ自分の話はこれくらいだ。

 興味津々に聞いてくれたアレナだが、この子のことは全く知らない。

 応錬と直接関係があるらしいし、そこから聞いてみた。 


「アレナは? 応錬といつ会ったの?」

「あれはねー。私が奴隷になった時でー」

「えっ」


 一気に思考が停止する。

 奴隷とは一体どういうことなのだろか。

 この年齢でどんな波乱万丈な人生を歩んできたのか非常に気になるが、それを聞いてはいけない気がする。

 だがアレナは話始めてしまっていた。


 どうやって止めようかと考えていると、応錬が寄ってきて尻尾でリゼとアレナを突つく。

 どうやら食事が終わったらしい。


「じゃ、じゃあ帰りましょうか! で、でも私は一人で帰るから、応錬あとはよろしくね!」


 話を一気に切り上げて逃げるようにして洞窟を後にしたリゼであった。

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