3.69.明日から頑張る


 ウチカゲと合流した俺は、ウチカゲが見てきた事を全て教えてもらった。

 あのラムリー家の屋敷はすでに解体されており、新しい屋敷が建てられていたらしい。


 没落貴族になったというのは本当のことだったようだ。


 地下は全て埋め立てられていたようなので、入ることはおろか見る事すら叶わなかったらしい。

 とは言っても、埋め立てる前にはギルドの職員が調査をしてレクアムのことを調べてくれているはずだ。

 是非ともそこで手に入れた情報を使ってレクアム逮捕に役立ててほしい物である。


「俺の所からはこんなもんですね」

「そうか。お疲れさん」

「そろそろアレナたちが売却を終えているはずですから、レッドボアの牙の代金を貰いに行きましょう」

「あ、そういやそうだったな」


 ユリーたちの依頼を達成させるために牙を預けて置いていたのだった。

 討伐依頼だと、討伐した獲物の素材がないとその証拠にならないというのがなんとも厄介ではあるが、これは俺たちもいつか通る道なので覚えておいた方がいいだろう。


 あの牙はどれくらいの値段になるのだろうかと、少しワクワクしながら俺とウチカゲは全員が返ってくるのを宿で待つことにした。


 ただ待っておくのは暇なので、三尺刀・白龍前を手入れすることにし、手入れ道具一式を魔道具袋から取り出してから、白龍前の刀身を柄から抜いていく。

 イルーザ魔道具店で手入れできなかったのが実はちょっと気になっていたのだ。


 それを見てウチカゲも自分の道具を手入れし始めた。

 ウチカゲの武器は解体するのに時間がかかるようで、鉤爪一本外すのに随分と手こずっているように感じられた。

 だが一つとれてしまえば、後は簡単に取れるらしく、鉤爪を全て外してから鉤爪のはまっていた部分と可動部位に油を指していた。


「厄介な武器だな」

「慣れればそうでもないですよ。でも壊れた時の修理が厄介ですね……」

「握る部分を放すと自動的に腕の方に閉じるようになってるのか」

「はい。装備するときは腕を振って鉤爪を下ろすか、もう片方の手を使って下ろすかのどっちかですね」

「ほぉー。誰が作ったんだ?」

「応錬様の白龍前を拵えたあのお爺です。俺のは残念ながら銘はつきませんでしたが……」


 あの鍛冶師の鬼爺、ウチカゲの武器も作っていたのか。

 あれだけ腕のいい職人が一人いれば、さぞ弟子も多い事だろう。


「そういえばさ。銘ってなんで勝手につくんだ? 職人が彫る物だと思ってたんだが」

「それなんですけど……解明されていないんですよ。銘が彫られるのは職人の腕によるものとも言いますし、神様が彫った物と言う人もいますが、実際の所は何もわかっていないんです」


 どのタイミングで銘が彫られるのかも分からないようで、鉄の塊の時点で銘が付いていることもあれば、使用している内に銘がつくこともあるらしい。


 本当に意味が分からないが、ここは異世界なのでそう言ったこともあるのだろうと無理やり納得させる。

 これ以上考えても、答えになるようなものは出て来そうにないからだ。


 ウチカゲとの会話はそこで終わり、俺たちは武器の手入れに集中した。

 危ない物を手入れしていると口数が減ってしまうが、そうでなければ自分を傷つけてしまう恐れもある。

 お互いそのことはわかっているので、口を閉じて自分の武器の手入れに勤しんだのだった。



 ◆



「応錬ただいまー!」

「お、帰ったか」


 丁度良く白龍前の手入れが終わり、刀身を柄に戻したあたりでアレナたちが帰ってきた。

 アレナは一抱えほどある袋を持ってこちらに走ってきていたが、後ろにいる零漸とローズはお互いがげっそりしたように疲れ切っていた。


 一体何があったのだろうか……。


「これレッドボアの毛皮のお金!」

「沢山あるなー……いくら入ってるんだ?」

「えーとね、金貨四百枚」

「んー?」


 おかしい数字が聞こえたが、アレナがそんな冗談を言うようには思えない。

 だがその数字が正しければ、白色金貨が四枚ほど手元にあるということになる。


 ちらりと零漸とローズのほうを見やるが、二人はすでに壁に背負預けてずるずると床に腰を落としていた。


「おい零漸。何があった」

「すんません兄貴……俺たちじゃ止められなかったっす……」

「力及ばずです……すいません」

「いやだから、なにがあったんだよ……」


 二人ともそのことに関しては話したくないとでも言うように、項垂れていた。

 アレナは元気だが、零漸とローズは疲労困憊しているということは……大方、アレナが何かやらかしたのだろう。


 と、そこで空気を読まない声が聞こえてきた。


「ただいまー! ……ってあれ? 何かあったの?」


 片手に持った小さな袋を前に突き出しながら部屋に入ってきたユリーは、零漸とローズの姿を見て何かあったのだろうといち早く察知して、入ってきた勢いを急速に落とした。


 何故だろうか。とても嫌な予感がしてきた。

 そう言うのも、今ユリーが持っている袋は恐らく俺に返そうとしているあのレッドボアの牙の代金だろう。

 そして今、俺の手にはアレナからもらったレッドボアの毛皮の代金がある。

 アレナの持ってきた袋は一抱えほどあり、ユリーの持って帰ってきた袋は片手で握れるほどしかない。これは誰の目から見ても明らかだ。


「えーっと……ユリー。まず君の話から聞こう。どうだった?」

「私たちの依頼は無事達成したわ! それについては応錬にお礼を言うわね。で、これがレッドボアの牙を売ってもらったお金よ。金貨五十枚入ってるわ」


 そこでようやくウチカゲもその事態の大きさに気が付いたらしく、目を見開いて手にしていた鉤爪の一部を落とした。


 レッドボアの牙が金貨五十枚で、レッドボアの毛皮が金貨四百枚。

 明らかにおかしい数字である。


「あ、アレナ? 一体向こうで何があった……?」

「鍛冶屋のおじさんがね、レッドボアの毛皮を偽物扱いしたの! 零漸とこれは本物だって言ったんだけど全然信じてくれなかったんだけど、証拠を見せてくれたらそれが本物だと認めてやるって言われたから、私の重加重で気絶させた」


 あらやだ、この子脳筋になりはじめてないかしら?


「……えっと……で、どうしてこんな金額に?」

「無理やり起こしたら、めいわくりょーだーっていってこんなにくれたよ?」


 恐らくだが、アレナの能力に怯えて咄嗟にこれだけ出したのだろう。

 疑った鍛冶屋の店主が悪いと言えば悪いのだが、アレナも物理的な攻撃以外で何か証拠を出すことはできなかったのだろうか。


 その光景を見ていた零漸とローズは全力で止めようとしたのだろうが、アレナの能力は強力だ。

 止めに行っても巻き添えを喰らうだけ。

 あの能力は零漸ですら止めることができない恐ろしい物だし、それを実際に知っている零漸は手をだすことすらできなかったのではないだろうか。


 これであの二人がなぜこんなにも疲労困憊しているのかがわかった。

 今までのことを想像してみるが……心底同情する。


「あんたたち頭おかしいわよ!」

「俺もそう思う」

「あんたもよ!」


 おかしいな。どうやらついに、霊帝メンバーで唯一まともなのはウチカゲだけになってしまったようだ。


 まあ、もらえる物は貰っておこう。

 流石に大金なので、アレナの持ってきた金貨四百枚、これだけは魔道具袋の中に仕舞い込んでいくことにした。


 なんだか今日は全員が疲れてしまっているようなので、明日から本格的に冒険者活動を開始しようと思う。

 初めての依頼は全員で行った方がいいだろうし、慣れてきたら手分けして依頼をこなせばそれだけ速くランクも上がる。


 とりあえず目指せSランク冒険者、という目標を自分の中で立てた。

 今日はゆっくり休んで、明日から本気を出すことにしよう……。



※第三章はこれで終わりです。

 第四章、冒険者活動録に移ります。

 次回投稿日時は5月18日18:00です。よろしくお願いいたします。

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