第四章 冒険者活動録
4.1.初めての依頼
夜が明け、日もそれなりに高くなっているが、まだ朝だという時間帯だ。
既に人の行き来が目まぐるしく行われており、その中を目的に向けて歩いていくのは割と大変だった。
人混みの中をかき分けながら、冒険者ギルドへと向かっている人物が四人にいた。
一人は先頭を歩いており、その人物は白い和服を着こなしている。
少しばかり長い得物を腰に携えているため、この人混みの中では歩いていくのに些か不便そうだった。
「こういう時は仕舞っておいた方がいいかもしれんな……」
とはいっても、今から仕舞ってしまえば何かと目立つだろうし、後ろから後続が付いて来ている以上、足を止めるのは控えたい。
俺は後ろの三人が付いてきているかどうかを確認するため、後ろを見た。
すると足元に背の低い女の子の姿を見つけることができる。
軽装ではあるが、しっかりと固められている装備を着ており、腰には二つの短めの剣と刀が携えられていた。
俺の真似をして、小太刀と解体用ナイフを左腰に差している。
アレナは離れないように、俺の服の裾を掴んで付いてきていた。
これであれば、離れ離れになる心配はないだろう。
その後ろには……見た目を重視しており、防御力を殆ど捨てているような装備をした零漸が付いてきていた。
零漸は人と肩がぶつかっても気が付かないらしく、そのまま堂々と歩いている。
そのスーパーアーマーはどんなところでも発動する様だ。
迷惑なこと極まりない。
だが、そのスーパーアーマーを持っているのであれば、何故先頭を歩いてくれないのかと思ったが……それはそれで歩いている人物全員にぶつかってしまうだろうし、喧嘩が始まるかもしれないので、俺が前を歩いていた方が厄介なことにならずに済むのだ。
だが零漸の後ろを歩いているウチカゲは、とても歩きやすそうだった。
零漸が押し寄せてきている人々を押しのけているため、ウチカゲの歩いている場所にはぎりぎり人が来ないようになっているのだ。
だが、もしそうでなくても、紫色の鋭い装備をしているウチカゲにぶつかりに行こうなどと言う根性のあるやつはなかなかいないだろう。
そんな調子で歩いていると、ようやく目的地にたどり着くことができた。
ガロット王国で見た冒険者ギルドと同じようなつくりであるため、すぐに発見することができたのだ。
中に入ってみれば、入ってきた人物を確認しようと冒険者の目が一斉にこちらに向くが、すぐに興味をなくしたように机に目を戻したり、話し相手との会話を楽しんでいるようだった。
「中もあんまりガロット王国の物と変わらんのだな」
「どこに行っても同じようなものですよ。ささ、まずは依頼を確認してみましょうか」
「そうだな」
今回の目的は、ガロット王国からサレッタナ王国に来るまでの道中で採取しまくった薬草の売却だ。
もし依頼としてあるのであれば、それを受けて即刻依頼を達成してしまおうという魂胆である。
ランクも上がるだろうし、何より少し魔道具袋の中がかさばり始めているので早く売却して中身を空けたいのだ。
因みに、毒草も回収してある。
毒草は解毒に使えることがあるらしく、こういったものも使い方さえ間違えなければ人を助ける物になるのだというので、小分けにして回収していたのだ。
毒草はそこまで強い毒ではないので、必要とする調合屋やポーション屋もいるのだという。
なので今回探す依頼は、薬草であるヒポ草の納品依頼と、毒草であるポズ草の納品依頼である。
俺達は全員でFランクボードとEランクボードに近づいて依頼内容を確認する。
「え、これ全部薬草の納品依頼っすか?」
「……みたいだな……」
薬草の納品依頼が貼り付けられていたのはFランクボードであり、そこにはびっしりとヒポ草の納品依頼が貼り付けられていた。
場所によっては数十枚の紙の束で貼り付けられている場所もあり、その様子からはヒポ草を早急に欲しているように感じられる。
この国では今、ヒールポーションが不足しているのだろうか……。
「こんなことってあんのか? ウチカゲ、どうなんだ」
「あー……考えられる事は二つあります。一つは単純にヒポ草が不足している場合。もう一つは冒険者が依頼を無視している場合ですね。その場合は前者にも繋がりますが」
前者のヒポ草が不足しているのだとすれば仕方のない事ではあるが、冒険者がこの依頼を受けていないとなると、この状況は意外と深刻なのではないだろうか。
ここにいる冒険者を見てみる限り、それなりに低ランク帯の装備を見かけるので、Fランクは勿論、Eランクの冒険者もいるはずである。
俺からしてみても、駆け出し冒険者と言うのはとても元気のある連中ばかりだと思う。
なので討伐依頼を受けることが多いはずだ。
このような採取依頼や町でのお使い的な依頼を誰がここまで来て受けるのか、と言う話になってくるのだろう。
実際はとても大切なことなのではあるが……E-ランクからにまで上がれば、討伐依頼を受けることができる今のギルド方針では、わざわざ採取依頼を受ける低ランク冒険者は少ないのかもしれない。
「アレナが取ってきてくれたヒポ草は……んーこの依頼の半分を潰せるくらいか」
「え゛。け、結構採取したんですね……」
「ま、内容見てみないとわかんないけどな」
とりあえず数枚引き千切ってその内容を見ていることにした。
『ヒポ草十本の納品』
期日:無期限
依頼主:薬屋
報酬:銀銭二枚
『ヒポ草五本の納品』
期日:無期限
依頼主:ポーション屋
報酬:銀銭一枚
『ヒポ草の大量納品』
期日:無期限
依頼主:医療院
報酬:納品量によって変動
このような内容が殆どではあったが、それなりに必要としている場所はあるらしく、報酬はそれなりに高額だった。
まあ、別にこの依頼を受れるだけ受ければ俺達のランクはすぐに上がるはずだ。
どれくらい依頼を受ければ昇格するのかはわからないが、ここにある物を出来るだけ達成すれば一つくらい上がるだろう。
俺はその依頼の中から、納品数の少ない物ばかりを選んで適当に持っていくことにした。
「俺とアレナはこの依頼達を片付けてくるわ。ウチカゲと零漸は他に受けれそうなものを受けて来てくれるか?」
「了解っす! なににしよっかなー。Fランクは討伐依頼ないんだよなー」
「討伐依頼はEランクからですね。E-ランクになれば受けれますよ」
「じゃあとりあえずE-とEランク帯の依頼も見てみるか~」
そういって零漸はウチカゲを隣のボードに連れて行ってしまった。
それを見届けた俺とアレナは、F~Eランク帯の受付に向かうことにした。
アレナがいたせいか、俺が目立つのかわからないが、少しばかり目線を感じるが気にせずに受付まで進み、そこにいる受付嬢に声をかけた。
「Fランクの受付は此処でいいか?」
「え、F……?」
「これでいいか?」
俺はすぐにギルドカードを見せて受付嬢を納得させる。
おそらく俺のような奴がFランク帯の受付に来るとは思っていなかったのだろう。
だが残念ながら、俺は登録をしてから一度も依頼を受けていないため、Fランクのままなのだ。
悪かったな受付嬢。俺はこれが初依頼なのさ。
「確認いたしました」
「じゃ、この依頼を全て受けたい」
そう言って千切り取ったヒポ草納品依頼の紙束をドンとカウンターの上に置く。
俺の見立てでは、今魔道具袋に入っているヒポ草は、持ってきたこの納品依頼全てを達成できる量があるはずだ。
余れば普通に何処かに売るか、もう一度依頼を受けておくかしておけばすぐに消費できるだろう。
だが、受付嬢はその紙束を見て、少し呆れたようにため息をついた。
「えーっと……あまり欲張ってはいけません。これ、納品期間が全て無期限の物ですが、いつまでも依頼の紙束を持っていていいというわけじゃないんです。この場ですぐに達成できるというのであれば別ですが……」
「ああ、じゃあこれでいいな」
「へ?」
俺は収納袋の中に手を突っ込んで、一つの大きな袋を取り出す。
その中身をひっくり返して、大量のヒポ草をカウンターの机の上に放りだした。
「えーと、この依頼がヒポ草五つ。じゃあこれ、一個一個納品分をこの依頼書で丸めておくから後はよろしく。これが六つ、これが五つ。これが三つ……」
「アレナもお手伝いする」
「あ、じゃあポズ草の納品依頼を見つけて来てくれるか? あれも結構余ってんだ」
「わかった!」
アレナはそう言って、またFランクボードに走って行ってしまった。
それを見届けてから、また納品依頼の個数を確認して、その分だけ依頼書に丸めて受付嬢に差し出していく。
受付嬢は随分と困惑しており、とりあえず納品依頼の手続きを大慌てで行っていた。
流石に一人では無理だと、他の従業員が見て手伝いに来てくれたので事なきを得ているようだったが、それでも大変そうだった。
合計で二十八個の依頼を達成したのだが、まだヒポ草には余りがあった。
さて、これはどうしようかと思ったが、そういえば医療院が数次第で報酬を変えるという依頼書があったことを思い出したので、受付嬢に残りは医療院に納品してくれ、と言っておいたので、後は何とかしてくれるだろう。
「よし、こんなもんか」
「はわわ……あ、有難う御座いますぅ……」
「え、なんでそんな泣きそうな顔してんだよ……」
「じ、実は……最近若い冒険者もランクが上がってこういう採取依頼を受けなくなってしまったんです……。でも依頼先ではまだかまだかと催促はくるし、冒険者に頼んでも突っぱねられることばかりで……。助かりますぅ……」
ギルド職員の苦労が知れる。
ただでさえ治癒技能を持っている奴は少ないというし、この世界では治療薬が生死を分けると言っても過言ではないのだろう。
これは……またどこか遠出するときは積極的に採取したほうがいいかもしれない。
ランクが上がりすぎれば、依頼としては達成できなくなるが、売却と言う形でなら問題なくなるだろうからな。
もしランクが上がって、討伐依頼が受けれるようになったとしても、その前にその地形を確認するために何かの採取依頼を受けるのもありだろう。
「まさかそこまで喜んでもらえるとはな……。今後も見つけたら持ってくるよ」
「有難う御座います!」
「隣から失礼します。これが今回の報酬金、銀貨四枚と銀銭三枚になります。お納めください」
これだけ納品して銀貨四枚弱か……。そりゃあ冒険者も受けたがらないわけだ。
でもこれが妥当なのか? 確かに食料一食分を買う程度であれば銅貨くらいで済むわけだしな。
いや、しかし宿に泊まろうとなればそんなことは言っていられないだろう。
確かに銀銭だけで一泊できる宿もあるが……それでは足りないはずだ。
薬草を採取してきているのに、冒険者に配られる報酬少なすぎじゃない?
「なあ。なんでヒポ草の納品依頼ってこんなに安いんだ?」
「うぐっ」
カウンター越しにいる受付嬢のみならず、俺に先ほど報酬を渡してくれた職員も言葉を詰まらせた。
恐らく、その原因は知っているのだろうが、とても言いづらそうな雰囲気だ。
「ええっと……実は……」
そこから語られるのは、なんとも阿保らしい内容だった。
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