9.17.捜索


 シャドーウルフが影から体を持ち上げて地上へと出現する。

 全部のシャドーウルフが出てきた瞬間、俺とウチカゲは地面に倒れ伏す。


「げっほげほ……」

「おい……貴様ら……。息止めろって言っとけや……!」

「「「あっ」」」


 あ、じゃねぇよマジで。

 なんだあの臭さ。

 生ごみと腐臭のオンパレードだったんだが。

 影の中臭すぎだろマジでよぉ!!!!


 いや途中から息止めたけど、まぁ間に合わないよね!!

 鼻の中にまだ残ってんだわ!!

 ちょっと待って吐き気がすごい……う、うおええ……。


 とりあえず魔道具袋から水袋を取り出してそれを一気に飲む。

 幾分かマシになったような気がするが……それでもまだ気持ち悪い。


 ウチカゲにも水袋を手渡しておく。

 一つ礼を言ったあと、全部飲み干した。

 いや仕方ないよ。


「はぁ……。応錬様、大丈夫ですか……?」

「なんとか……。服に臭いがつかないのが救いだな……」

「ですね……」


 もう既に体力半分削られた感じ……。

 少し休憩させてくれ。


「す、すいません……。忘れてました……」

「ティアラ、あの空間は何なんだ……」

「シャドーウルフの抜け道です。あの中に獲物を持ちこんで食べたりするので……」

「そら臭いわけだわ」


 どうやらシャドーウルフはあの空間では鼻が利かなくなるようになっているらしい。

 なので魔物に変化していたティアラも気にしたことがなく、伝えるのを忘れていたようだ。

 残りの二人はこれが日常になっているので、忘れてたみたいだな。

 ふざけやがって。


 まぁこれでバルパン王国付近に来れたのはありがたい。

 顔を上げてみると、城壁が森を抜けた先に見えた。

 あの先に零漸がいる。

 そう思うと、気力が戻ってきたような気がした。


 俺は立ち上がり、伸びをする。

 それを見たウチカゲも立ち上がった。


「っし、やるか」

「はい」

「お二人は先に捜索をしてもらっていいですか?」

「ん? ビッドたちはどうするんだ?」

「ここに簡易拠点を設営します。シャドーウルフが一瞬でこちらに来れるように、抜け道を整備するのです。少し時間が掛かりますので……」

「そうか、分かった」


 ま、実際広いバルパン王国をこいつらに探させると時間が掛かるだろうな。

 ウチカゲに感覚を頼りに動いてもらい、怪しい所を詳しく調べるのに俺が動く。

 今のところはこれが一番良いと思う。


 簡易拠点、もとい抜け道整備をこの三人に任せ、俺とウチカゲは先にバルパン王国へと侵入することにする。

 まずは、王子を探さなければならないな。



 ◆



 操り霞を常時広範囲に展開する。

 更に暗殺者を使って極限まで気配を消していた。


 ここからは口頭で話をすることはできない。

 俺とウチカゲはジェスチャーで連携を取ることになる。

 だがそれは難しいことではない。

 なにせ俺には、顔文字があるからな!!


 って思って小さな水を作り出したのだが、ウチカゲに首を横に振られてしまった。

 これはあまり良くないらしい。

 大人しく水を地面に吸わせた。


 今いる場所は城壁の上だ。

 ウチカゲに抱えてもらって俺も上まで登ることができていた。

 ここからバルパン王国の中はよく見える。

 だが第三防壁から奥は先が良く見えなかった。

 中央に行くほど土地が高くなっているようだ。


 とりあえずはこの辺を捜査することにする。

 あまり意味はないかもしれないが、ここに来るのは初めてだし片っ端から探してしまうのは仕方ないことだ。

 まだ時間はあるだろうから、ゆっくり的確に探していくことにする。


 まずはウチカゲが集中して気配を辿り、ウチカゲが一つの建物を指さす。

 俺は小さく頷いてそこに操り霞を展開して中の様子をくまなく探してみた。

 ここは小さな小屋だ。

 その付近には多くの民家があるが、妙な物はまったくない。


 小屋の中は様々な道具が置かれている。

 農具や調理道具……武器などもあるようだ。

 何故こんな小さな小屋にこんなものがたくさん置かれているのか分からないが……ここにはそれ以外何もなさそうだった。


 小さく首を横に振り、空振りだったと伝える。

 だがウチカゲはそれに首を傾げた。

 腕組をして何かを考え始めたようだ。


「……妙ですね」

「喋っていいのか?」

「まぁここの周囲には何者も居ないようですからね。応錬様、本当に何もありませんでしたか?」

「ああ。なんか農具や武器、調理道具があるくらいだった。人はいなかったぞ」

「……これは少し厄介かもしれません」

「と、言うと?」


 ウチカゲは目隠しを外して、遠くを睨む。


「俺は鬼に進化して気配も強く感じ取れるようになりました。なので先ほど感じ取った気配を間違えるはずがないのです。クライス王子は確かにあの場所に居た……」

「だが……誰もいなかったぞ?」

「はい。で、もう一度探ってみました。そしたら向こうに零漸殿の気配がしたんです」

「なに……!? 零漸の……!?」

「はい……。恐らくですが……零漸殿の気配がその場に滞在しているのかもしれません」

「んー?」


 なんかもっとよく分からなくなってきたんだが。

 あいつそんな技能持ってたか?

 でもウチカゲの言っていることが正しいとすると、追跡を撒くような技能を使っているっていうことになるな。

 そんなのあるか?


 ……いや、あるんだろう。

 技能ってのはそういうもんだからな。

 何でもありなんだから、有り得ないって思うものも有り得ると仮定した方がいい。


 ……あれ、ちょっと待って?

 なんでウチカゲは零漸の気配がするって言ってんだ?


「ん? それじゃあウチカゲ。俺たちが来た道中に零漸の気配はあったか?」

「……いえ、なかったかと」

「でもここにはある?」

「……はい。となると……」

「あー……」


 俺たちはここまで来るのに五日かけた。

 襲撃日を合わせれば八日だな。


 だが零漸たちは八日前にサレッタナ王国を出たはずだ。

 サレッタナ王国からバルパン王国までは二十日かかる……。

 なので普通であれば、俺たちは零漸たちが乗っているであろう馬車を追い越す形でここに到着する予定だった。


 しかし、俺たちより先にバルパン王国で零漸がいるとなると……。


「移動系技能、もしくはワープか……」

「その可能性を失念していました。気配がした時点で気付くべきでしたね」

「答えを導きだせたならどっちでもいいさ。はぁー……あいつもここに居るのか……。こりゃ厄介になるぞ」

「ですね……」


 なにはどうあれ、今は気配を辿ってクライス王子を見つけるしかない。

 多分貴族の仕業だと思うから、王城をささっと調べたいところだ。

 だが今はウチカゲが感じ取る気配を優先しよう。


 気配の追跡。

 やってみるとしますかね。

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