7.31.Side-鳳炎-魔水晶について
夕暮れ時。
人がまばらになるのを待っていた私は、ようやくイルーザ魔道具店に入ることができた。
もう並んでいる人はおらず、各々が自宅へと足を運んでいる者が多い。
随分な時間待ってしまった。
だが一日中繁盛している店とは、なかなか頑張っているな。
さすがに暇だったので、また違う場所で時間を潰してきたわけだが……碌な情報は手に入らなかった。
まぁ情報収集なんてそんなもんだろう。
今日まで走り回ってそれがようやくわかって来た。
さて、では本題に入るとしよう。
閉店間際のイルーザ魔道具店へと足を運ぶ。
カランコロンという音が鳴り、客が来店したことを伝えてくれた。
するとすぐに男の子が走ってくる。
「いらっしゃいませ……あれ、何処かで見たことがある様な……」
「もうこんばんはの時間かな? 店仕舞いをしている時に悪い」
「いえいえ、大丈夫ですよ。何かお探しの物はありますか?」
「すまんな。実は今日は買い物をしに来たわけではないのだ。ここの店主に用があってな」
「イルーザ先生に?」
首を傾げた男の子は、すぐに奥の方に行ってしまった。
恐らくイルーザを呼びに行ってくれているのだろう。
しかし……こりゃまた随分と多い魔道具であるな。
ざっと見回しただけでも百はくだらない。
どの様な物が置いてあるのだ?
近くにあったネックレス、小さな箱、指輪など様々な物を見てみるのだが、これが何の魔道具なのか全く分からない。
生活に必要そうな物は多くあるのだが、冒険者にもこれは使えるものなのだろうか?
だが冒険者も並んでいた。
そういった商品も取り揃えているのだろう。
私が分かる範囲ではポーション類が多くあった。
冒険者はこれを買いに来ているのだろうか?
魔道具袋もあるようだが、随分と高価だ。
まぁこれは他の場所でも似たような値段だろうな。
暫くの間商品を見ていると、奥から二人の足音が聞こえて来た。
先ほどの男の子が前を歩き、私の方を指さして何かを伝えている。
その奥から出てきたのは、魔女っぽい姿をした人物だ。
小柄な体の割に大きめの帽子を被っている様で、時々直したりしている。
彼女がイルーザだろうか。
本当に若い男の人のようにも見えるが……どちらかというと中世的な見た目をしている。
男よりではあるのだが。
「あら? 鳳炎さんじゃないですか」
「む、私の事を知っているのか」
「有名人ですからね。応錬さんも含めてそうですけど。あ、初めまして。私はここの店主をしております、イルーザ・マチスです」
「名を知っている相手に名乗るのはあれだが、私の礼儀だ。鳳炎である。よろしくな」
ふむ、本当に応錬はこいつと知り合いだったらしい。
どういう関係があったかは聞いていないので分からないが、まぁこの反応からして悪い印象は抱かれていないようだな。
となれば、それなりに早く話を進めることができるだろう。
「それで、どういった御用ですか?」
「少し込み入った話なのだ。可能であれば二人だけで話したい」
「……分かりました。ではこちらへどうぞ」
イルーザは少し考える素振りをしてから、奥へ来るように計らってくれた。
男の子に店仕舞いをするように頼んだ後、ついてきてくれと言われたのでついていく。
連れてこられた場所は客間のような場所だ。
ここにも複数の魔道具があるが……やはり使い用途は私には分からない。
少し聞いてみるか。
「随分と多くの魔道具があるのだな。これは全て君が?」
「はい。昔からこういう小物いじりが得意でして。冒険者ギルドで仕事をしていた時期もありましたが……こっちの方が性に合ってましてね」
「器用な物だ。技能……じゃないな、魔術の腕は相当ありそうだ」
「そんなことないですよ」
ニコニコとしながら、イルーザは机に菓子と紅茶を並べてくれた。
自分の分の紅茶も用意してから、椅子に座る。
それに倣うようにして私も座った。
話ができる場所は整った。
さて、どう切り出した物か。
もう単刀直入に聞いてしまってもいいか……。
こちとら情報が手に入らなさすぎて結構イライラしているからな……。
「ではイルーザ。単刀直入に聞く」
「何でしょうか?」
「魔水晶について何か知っているな?」
イルーザはそれを聞いて本当に一瞬だけ固まる。
それは鳳炎には分からない程に一瞬のことだった。
だがすぐに取り繕って顎に手を当て、何かを思い出すように首を傾げる。
「……ごめんなさい、何のことかよくわかりません」
……何だと?
これは……どういうことなんだ?
本当に知らない?
それとも隠している?
隠しているのだとしたら何故隠す必要があるんだ?
待て、待て待て、落ち着け鳳炎。
いつもこうやって先のことを考えて重要なことを見逃してしまうではないか。
今は後先のことを考えるな。
この現状だけを整理しろ……。
「知らない? 名前も聞いたことがないのか?」
「はい。どの様な物なのかも良く分かりません」
「おかしいな、零漸という有り得ない程に防御力の高い黒髪で短髪の男が、君が魔水晶の事について知っていると言っていたんだが」
「そうは言われましても……」
……当てが外れたのか?
だが零漸の言っていた容姿と一致している。
子供も確かにいた。
零漸と会った人物がこのイルーザだという可能性は非常に高い。
だが、彼女は知らないという。
ここでもう少し話を聞くべきか……だが知らないという以上、もし知っていても口を割ることはない。
そこで彼女の目を見てみる。
顔こそは何を言っているのか良く分からない、と言っているようにも感じるが、目だけは何故か見開いていた。
そこまで大きく見開いているわけではない。
多少の変化ではあるが……これは……。
「因みに、どの様な物か教えていただいてもよろしいですか? 何かの参考になるかもしれません」
「う、うむ。水晶の中に魔物が入っているのだ。それを地面に埋めることにより地上の何処かに魔物が永遠に出現するという恐ろしい魔道具である」
「それだけ……ですか?」
「これだけだ。これしか分かっていないのだ。だからこうして魔水晶のことについて知っているかもしれないという君の場所を訪れたのだが……無駄足だったようだな……」
ここは、一度退散しておいた方がよさそうだ。
これ以上の詮索はしらを切られて終わってしまう。
零漸を連れてくれば変わるのだろうが、今はあいつは活動ができない。
もう寝ている可能性もあるしな。
これだけの魔道具を扱っている人物なのだ。
魔水晶のことについて知っていてもおかしくはない。
だが彼女は知らないという。
これが本当なのか嘘なのかは今はよく分からない。
だが隠しているというのであれば……状況は変わってくるぞ。
「すまない、時間を取らせてしまったな」
「え、あっ」
「茶菓子を用意してくれたこと、感謝する。では」
ここは素早く立ち去った方がいい。
何か悟られても面倒くさいからな。
だが席を立ち、ドアノブに手を掛けた瞬間にイルーザが声をかけてくる。
「あの! 鳳炎さん!」
「む?」
「そ、その魔水晶の情報は一体何処から……?」
何処から、と言われても……。
恐らく零漸が地の声に聞いたのだろう。
そうでなければ誰も知らない魔水晶の情報についてなんて出てくるはずもないからな。
しかし声に聞いたと言っても信じてはもらえないだろう。
ここは、そうだな。
「鑑定師が見てくれたのだ。危ないものだとわかったのですぐに壊したが……」
「そ、そうですか。お力になれず申し訳ありません」
「構わないさ。こちとら連敗続きなのだ。次を当たる。ではな」
そう言って、今度こそイルーザ魔道具店を後にした。
さて次はどうしようかと考えながら、鳳炎は一度宿に戻るのだった。
鳳炎を見送ったイルーザ。
見えなくなるのを待ってからすぐに店の中に入る。
二階へ急いで上がり、自室へと駆けこんだ。
「『静寂』」
指を鳴らしたと同時に指先に炎を灯し、それに静寂を掛ける。
小さな燭台にその火を移した後、鍵が何重にも掛けられている棚を開錠してその中から一つの水晶を取り出した。
それを丁寧に机の上に置き、隣に燭台も置く。
次に机の上にあった魔道具のスイッチを押し、何かを解除した。
最後に帽子をベッドの上に放り投げて、水晶に語り掛ける。
「ダチア様、ダチア様。聞こえますか?」
イルーザの頭には、小さな尖った角が二本、生えていた。
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