3.12.イルーザ魔道具店
扉を開けるとカランカランという音が鳴り響き、お客が来たと伝えてくれてた。
魔法屋……ではなく、魔道具屋の店主はすぐに出てきて対応をしてくれた。
その人物は背が低く、明らかに魔導士ですよと主張しているローブを着ていて、三角帽子を被っている。
首からペンダントがぶら下がっており、そのペンダントには歪んだ星のマークが描かれていた。
笑顔の似合う顔で少し幼さが残っている。
「いらっしゃいませ! 何をお求めですか?」
男の子の様な見た目だったが、声を聴いてこの人物が女性であるという事がわかった。
どうしよう。
流石に気になったから入っただけだとは言えない。
ここは当り障りのないように言葉を選んだほうがいいだろう。
「あー……。ここにはどんなものが置いてあるんだ?」
すると店主の目がキランと輝いた。
俺は即座に悟った。
地雷を踏んだと。
「ここ! イルーザ魔道具店にはありとあらゆる魔道具を取り揃えて御座います! 戦闘用、防衛用、はたまたペット、奴隷、ましてや魔物用まで使うことの出来る道具がてんこ盛り! そして何と言いましても冒険者の皆様方にはこれ! この魔道具袋がとっても大人気! 見た目はとっても小さい只の袋なのですがその内容量はとんでもなく大きいのです! なんとなんとAランクからSランクの皆さまにまで愛用されておるのでございます! ですがちょっとお値段張ります! これ一つで金貨二枚! ですがお客様ここに来たのは初めてのご様子……。出鼻から正規価格で販売してしまえばそれ以降寄らなくなってしまうお客様もおられますなので、なんとなんと今回に限りこの魔道具袋を一つ、そして金貨から銅銭まで入る特別な財布、更に更に水魔術書・初級をおまけしましてお値段金貨一枚と金銭五枚! 初回限定出血大サービスです! いかがですか!?」
「買う」
「軽い! 有難う御座いまーす!」
流れるように商品を購入した。
高いのだけども、内容量の多い魔道具なんて面白そうじゃないか。
それにこの女性、若いのに商売上手だ。
金貨二枚と初めに言っておいてから初回だけという決まり文句を言った後、商品を追加で二つサービスという形で提供してくれた。
相場をまだ完璧に理解していない俺にとってはまさにお得だ。
そう思えてしまった。
ていうか日本人はお得という言葉に弱い……それは俺も同じだったようだ……。
もしかしたら嘘をついているかもしれないけど、これだけ面白そうだなと思えたものを提供してくれたのだ。
ここは素直に貰っておいた方がいいだろう。
それに金にも余裕があるしな。
「では、魔道具袋と、財布と、水魔導書・初級です」
「今確かめてもいいか?」
「勿論ですとも!」
偽物の場合もあるので金を渡す前に確かめておく方がいいだろう。
魔道具袋は少し大きめの腰袋のようだ。
それに手を突っ込んでみると肩まで余裕で入っていった。
どうなってんだと思った。
ていうか肩まで入れたのにまだ底に手が触れない。
どうやらこの魔道具は本物のようだ。
財布も少し大きめだ。
中を覗いてみると六つ分お金を入れる場所があった。
口はジッパーのようなもので作られており、開閉が可能らしい。
日本でよく見る財布の形をしている。
魔導書は魔力の使い方などが書いてあった。
入門編と言う所だろう。
もしかしたらこれを学んでいれば、人間が使う魔術を使うことができるかもしれないな。
「確かに確認した。じゃ、金貨二枚な」
「はい確かに。ではおつりとして金銭を五枚を……」
「ああ、釣りは取っといてくれ」
「そ、そういうわけにはいきませんよ! 銅貨や銀銭ならばまだわかりますが金銭ですから……」
「まぁまぁ。初めて来た場所でこんなに親切にしてくれる奴はいなかったからな。その礼だよ。いいサービスしてくれたんだから、それに金払うのは当たり前だろう」
完全に海外の人の考え方だけどこれくらいいよね!
欲しい物手に入った感じがするし。
店主は少し悩んだ後、きゅっと金貨二枚を握りしめて懐にしまった。
とりあえずは納得してくれたようだ。
その後ビシッと姿勢を正してから軽く礼をした。
「貴方は面白い人ですね。名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「応錬だ」
「応錬さんですか。私はこのイルーザ魔道具の店主をしております、イルーザ・マチスです。以後お見知りおきを」
イルーザは軽く礼をした拍子にずれた帽子を直しながら手を差し伸べて握手を求めてきた。
俺はそれに答えて手を握り返す。
イルーザの被っている帽子はサイズが合っていないのか、しょっちゅう帽子がずれたり傾いたりしていた。
「いや~値切りすることもなく、高過ぎると文句を言うこともなく、私が指定した金額で買ってくれた人は久しぶりです」
「お、したほうがよかったか?」
「そうなっていたら私はそれを売っていませんよ。ですが貰った金銭五枚分の何かを提示したいのですが……何か聞きたいこととかあります? すぐに渡せるものと言えば情報位なもので……」
「ああ、じゃあまずこの魔導書について教えてくれるか?」
この魔導書……もらったはいいけど必要性が全く見いだせないのだ。
技能で水魔法は持っているし、魔法系技能も結構持っている。
人には必要なものなのかもしれないが俺には必要がなさそうだった。
だがイルーザは首を傾げている。
何か疑問があるようだ。
「見たところ応錬さんは水系の技能に長けておられます。あと土も。ですがそれって全部技能ですよね?」
「? そうだが?」
「水魔術はあまり鍛錬されていないのでは?」
「ん? なんだ水魔術って」
「ええ?」
「?」
なんだか話が嚙み合わない。
イルーザが俺の得意な技能を一発で言い当てたのも驚きだが、よくわからないことを言っているのが気になって仕方がない。
水魔術……水系の魔法技能って事ではないのか?
「もしかして応錬さん……技能と魔術は違うものだって知らないんですか?」
「なに?」
「……なるほど……どうりで魔力の渦が少ないわけだ」
一人で頷いて納得している。
頷く度に、サイズの合っていない三角帽子がグワングワン揺れているのが面白いが、自己解決しないで俺にも教えてほしい。
「なぁ。魔術と技能が違うってどういうことだ?」
「これは金銭五枚には程遠い情報ですが……説明しましょう。まず技能。技能は様々な人が使える物で、技能名を口頭で言えば何も考えずに発動させることができます。ですが技能は再現だけで、あまり応用はできません。それを可能にするのが魔術なのです」
「……すまん、よくわからん」
「えーっとですね……。じゃあ技能と魔術を比較しましょう。水の技能が得意なのであれば『水弾』という技能を知っていると思います」
水弾……小さな水の弾丸を飛ばす技能で、MPの量で水圧が強くなったり硬くなりする技能だな。
加えて威力も上がる技能だったはずだ。
実際に使った記憶がないが……獲得してすぐに合成に回してしまったんだったか……?
とりあえずこの技能は知っている。
そう頷くとイルーザは説明を続けてくれる。
「水弾は水の玉を再現して飛ばす技能です。技能は作り出すのではなく、“定められている技能”を再現する物がほとんどです。魔力を籠める程威力が上がりますが、致命傷にはなりません。ですが魔術では、その水弾を“改変”して鋭利な弾丸に変えることができるのです」
「改変?」
「はい。自分の中にある魔力を使って技能を少し弄くるのです。ただの球状の水の玉が、矢じりのように鋭利になるように。これが魔力を使った術、魔術です」
つまり……技能は基礎、魔術は応用といった感じなのだろう。
その事をイルーザのに聞いて確かめると、大体あっていると言われた。
確かに技能の説明では“再現する”という言葉が使われていることがあった。
イルーザの説明してくれたことはあながち間違いではない。
となると、技能を改変して作り出した技は技能になるのかと言うと、そうではないらしい。
この原理はよくわかっていないようで、魔術で改変して作り出した技能は本当の意味でオリジナルの技として覚えておかなければならないらしい。
技能に記録はされないのだとか。
だが魔術を使えるようになるのは、随分と長い鍛錬が必要らしい。
自分の中に流れている魔力を感じ取り、技能に魔力を使う時にその魔力だけを弄る。
これがとんでもなく難しいのだとか。
一生できない者もいるらしい。
だがそういった者は剣術や体術に優れているので、魔術を使える者たちに劣ったりすることはないという。
体を鍛えれば魔術は衰え、魔術を極めれば体は衰えていくのだとか……。
魔術を使う者の中には、杖に印を書きこんで詠唱を省略する者や、魔法陣を展開して魔法弾を撃ち込む者、本からの知識を借りて強力な魔法をぶっ放す者など様々らしい。
剣士もそれに負けておらず、体一つで岩を砕き、流派を元に構成された武術を扱い、様々な武器を使いこなすのだという。
だがこういった者たちは高ランク帯にしかいないのだという。
しかし、裏を返せば高ランク帯にはそういった人物しかいないということになる。
そいつらと今後渡り合って行く為には必要な知識だ。
イルーザには感謝しておかなければならないだろう。
「ほぉ……勉強になった」
「いやこれ一般知識なんですけどね?」
まじか。
一般知識としてこのことが広まっているのなら、何も知らない俺には到底回ってこなかった情報だな。
こいつは早いこと魔術を使った技能を作り出してみるのがよさそうだ。
しかし……ビジョンが全くと言っていいほど思い浮かばないな。
まぁそれは後々でもいいか。
「んー……ほかに何か聞きたいこととかありますか?」
「あ。じゃあ奴隷商がどこにいるか教えてくれ。できるだけ口の堅い奴」
「奴隷商……ですか。何かあるのですね?」
「まぁな」
「でしたら口止め料として頂いておきましょう」
イルーザはあの金銭五枚をどうしても何か理由をつけてもらっておきたいらしい。
それだったらもうちょっと強く拒みなさいよ。
まぁ自分が納得できるのならいいんだけどね。
イルーザは帽子を取って口を隠すようにして、奴隷商の情報を教えてくれた。
髪の毛の色は黒ではなくて藍色だった。
「ここは西区です。この店を出て東区に行った所に小規模の奴隷商がいます。大きな教会が目印で、その近くにドーム状のテントを張っている場所があるので、すぐにわかるかと思います」
「助かる」
「いえいえ! これも良いお客様の為ですので」
そう言って帽子を被りなおす。
被った途端にまたずれたが、すぐに片手を添えて安定させる。
なんでそんなサイズの合っていない帽子をずっと被っているのかはわからないが、人のファッションにとやかく言うのはやめておこう。
そういえばイルーザは俺の得意な技能を水だとすぐに見破ったな……。
あれはどうしてだろうか?
「最後に一つ聞いていいか?」
「一つと言わず十個でも百個でも!」
「どうして俺の得意な技能が水系だとわかったんだ?」
「ああ、それは私の技能ですね。雰囲気で相手がどんな技能を得意としているかわかるんです。それだけですけどね」
そう言って苦笑いを浮かべていた。
何かあるのかもしれないがそれを聞くのは無粋だろう。
俺は短く別れを告げて店を後にした。
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