3.13.サレッタナ王国の奴隷商
イルーザ魔道具店を出て東にひたすら進んでいく。
方角は看板があったのですぐにわかったのだが、方角だけしか書かれておらず、マップのようなものは一切なかった。
簡易地図でもいいから欲しい所だ。
せめて教会の名前くらい聞いておくんだったと後悔しながら、人通りの多い街を歩いていく。
目印は教会だという事なので教会が見えるまではひたすらに真っすぐ歩いていくことにした。
道中薬屋とかポーション屋が見えたが、この二つは何が違うのだろうか?
別に一緒でもいい気がするのだが……。
薬と言うと、俺の中では病気に効く薬を思い浮かべる。
ポーションと聞くと、一時的に身体能力を上げてくれる物だという認識がある。
俺の中の決めつけがこの世界で適用されているのであれば、確かに店が分かれていてもおかしくはないと思うが……。
だけどポーションはどんなものなのかよくわかっていない。
戦闘に役立つものだとかそんなものなのだろうか?
即効性のある薬をポーションと言うのか、はたまた本当に飲むと何か効力がある物をポーションと言うのかは謎である。
だが今は気にしていても仕方がないので、その二つの店は素通りした。
また事が落ち着いたら話を聞いてみることにする。
……イルーザからもう少し聞いておけばよかったな……。
◆
あれからずっと東に向かって進んでいるが、教会がなかなか見えてこない。
イルーザはすぐにわかると言っていたからそんなに目立たない物ではないと思うのだが……。
ていうか周囲の建物が高い。
視界が悪いというのもあるだろう。
こうしてずっと歩いていても埒が明かないので、泥人を使って蛇を作りだし、背の高い建物に登らせて周囲の状況を見ることにした。
蛇はするすると建物を器用に登って行き、あっと言う間に屋上に辿り着いた。
そこから周囲の建物を確認してみると、教会の頭が見えた。
どうやらもう少しだけ歩いていけば、この背の高い建物群を抜けて教会を発見することができたらしい……。
MPを無駄使いしてしまったようだ。
だが教会の場所がわかっただけだ。
教会はただの目印だからな。
今探しているのはドーム型の大きなテントだ。
泥人を使ってそのまま探してみる。
教会の場所から少し離れた場所に、赤茶色のドーム型のテントが見えた。
恐らくあれがイルーザが教えてくれた奴隷商のいる場所だろう。
場所もわかったので泥人を解除し、見つけたテントへと進んでいく。
奴隷商は皆ああいう形の色をしたテントを使っているのだろうか?
それなら今後探す時わかりやすくて便利なのだが……。
先ほどいた場所から奴隷商のテントまではさほど時間がかからなかった。
テントを前にしてみると、その中から鎖が擦れ合う音が聞こえてくる。
その音を聞いているだけで入るのを躊躇してしまいそうだ。
まず奴隷と言う文化が前世にはなかった。
そのせいもあって奴隷商を嫌悪しているのは確かだ。
好き好んで奴隷商と会話しようとも思わないし、奴隷を見るだけでも気分が悪くなる。
だが俺は話し合いに来たのだ。
ここで下がってしまえばここまで来た意味がない。
意を決してテントの幕をくぐって中に入った。
中は会議室程度の空間が垂れ幕で仕切られており、そこには机や木箱……他にもさまざな書類が積み込まれている棚が並んでいた。
この場所だけは綺麗にされている。
しかしランプの光が少しだけ不気味さを醸し出していた。
ここは奴隷を収容している場所ではなく、客人と会話をする場所であることが分かる。
しかし中には誰もいなかった。
留守なのだろうか?
「おーい! 誰かいないか!」
そう叫ぶと垂れ幕の奥からガチャガチャと鎖を乱暴に振り回すような音が聞こえた。
それに紛れて唸り声も混じっている。
少し驚いてしまったが、多分初めに俺が驚かせてしまったのだろう。
心の中で謝っておく。
すると垂れ幕を払って誰かがやってきた。
その人物は丸眼鏡をしていてにこにこと笑っている。
随分と豪華そうな服を着ているが貴族ではないだろう。
何故テントと同じような色の服を着ているのかが疑問だが、似合っているので何も言うまい。
こいつがここの奴隷商のオーナーなのだろうか?
「あーいやいや、お出迎えが遅くなりまして申し訳ございませんお客様。貴方様は……っと初めてのお客様ですね? この度はご来店ありがとうございます。私は此処のオーナーをしております、ドルチェ・ナイラルと申します。以後お見知りおきを」
随分と変わった喋り方だ。
無駄に演劇がかった喋り方をしてくる。
だが口に出す言葉を一つ一つ綺麗に言うように心がけているのか、とっても聞き取りやすい。
しかしこいつの声を聴いていると、会話を相手のペースに持っていかれそうな気がする。
ちょっと気を付けておこう。
「ああ、よろしく」
「ここは魔獣を使った移動手段で様々な場所に行くことのできるサービスを提供しております。お預かりした荷物なんかも必ず届けますよ。馬の代わりになる魔獣もたくさんおりますが……今回はどういったご用件で?」
「あれ? 奴隷商じゃないのかお前」
ドルチェの動きがピタッと止まった。
暫く固まっていたが今度は手を顎に当てて何かを考えているようだった。
ちょっと俺も迂闊だったかもしれない。
表立って奴隷商をやっている奴もいるだろうが、小さい規模の奴隷商はそう言うわけでもないだろう。
多分ドルチェの場合は後者。
表の生業は魔獣を使った宅配サービスや魔獣販売だったのだろう。
少し変だと考えればわかることだったがついつい口に出して聞いてしまった。
これは……どうなる?
少し心配したがドルチェは、先程と変わらぬ口調で話しかけてきてくれた。
「ほぁ……知っておられましたか。失礼ですがどなたからの紹介ですか?」
「イルーザだ」
「ほぉほぉ! イルーザ様が! という事は信用できそうなお方ですな! ではではどのような奴隷をお探しですか? 獣人か、人間か、はたまた魔人か……いろいろありますが」
「いや、奴隷はいらないんだ。情報が欲しいんだ」
「情報……ですか」
この流れ……イルーザで押し売りされた時にすっごい似ていたので途中で言葉を遮った。
あのままだと完全に相手のペースに乗せられるところだっただろう。
奴隷なんて買いたくないからな……。
とりあえず早く話を切り出しておくことにする。
「ああ。探してほしい人物がいるん──」
「ちょっと待ってください」
ドルチェは手で俺の言葉を制した。
その後おもむろに蝋燭を取り出して、ランプの灯をそれに移す。
写した後はランプの灯を消して回り、火のついた蝋燭を机の上に置いた。
この光景、何処かで見たことがある。
「『静寂』」
ドルチェが技能を使ったようだ。
周囲の空気が少し冷たくなる。
これはバルトが使っていたものと同じ技能だ。
ドルチェもこの技能を持っているのか……。
準備を整えた奴隷商は一つ息を吐いた。
「これでいいでしょう。お客様、情報という物は時に恐ろしい武器になります。念には念を……ということでこうさせていただきました」
「ああ、すまん。少し軽率だった」
アスレたちに回復系技能のことを聞くとき、確かに慎重だったの覚えている。
これは王族や貴族に限ったことではないようだな。
まぁこの世界……何が悪用されるかわかったようなものじゃないからな。
いろんなことに気を付けておいた方がいいのかもしれない。
前世での常識は基本的に通じない様だしね。
「ふむぅ……イルーザ様がご紹介してくださった方なので、できる限りのことは協力させていただきたいのですが、それも物によります。これは理解しておいてくださいませ」
「わかっているつもりだ。無理強いはしない」
「して、ご用件とは?」
「とある人物を探してほしい」
そういって無限水操でアレナの姿を作り出す。
もう手慣れたものだが、今回は発光させるのはやめておく。
大治癒の特徴は淡い緑色に光る事。
もしドルチェがそのことを知っていればすぐにばれてしまう。
なので今作り出したアレナはただの水で作り出したものなので少し見えにくい。
ドルチェもその姿を見るのに苦労しているようだ。
「んー少し見えにくいですね……」
「すまん。俺はこれが限界なんだ」
「ちょっと手を加えても?」
「? いいぞ」
「では……『アイスウィンド』」
ドルチェが手をかざして技能を詠唱する。
すると次第に水で作ったアレナが凍り始めた。
一分も経たないうちに完全に凍り付き、アレナの姿がとても見やすくなった。
氷系の技能だ。
初めて見たな。
「いい技能だな。初めて見たぞ」
「そうですか? この技能は良いですよ~。拷問にぴったりです」
聞かなきゃよかった。
ドルチェは見えやすくなったアレナの氷像をじーっと観察していた。
周囲を回って見まわしている。
「……とっても良くできていますね! これなら造形師として稼げるんじゃないですか!?」
「見てほしいのはそこじゃないんだが」
わかっていますよ~と言いながらケタケタと笑っている。
こいつ……氷像の完成度を見ていたようだ。
すぐに金の話を持ち出すあたり商売人らしいと言えばらしいのだが……。
こっちは真面目なんだからしっかりしてほしいものである。
「えーと、この子の名前を聞いても?」
「アレナだ。最近発生した奴隷狩りで捕まった少女なんだ。サレッタナ王国にいるという事までは知っているんだがそれ以降の足取りが掴めない。一度奴隷商の所に引き取られているはずだから名簿か何かあると思うのだが……どうだ?」
「ああ、アレナですか。道理で見たことあると思いました」
「知ってんのか!?」
「知っているも何も、アレナと言う少女が奴隷としてきたのは此処ですもん」
なんとアレナが連れてこられたのは此処だったらしい。
しかし奴隷狩りをしていた奴隷商と繋がりがあるのであれば、こいつも仲間なのではないのか?
ガロット王国で奴隷狩りをしていた奴隷商は捕まり始めているのだが、こちらに渡った奴隷商はどうなっているのかわからない。
恐らくまだ活動はしている。
サレッタナ王国で知らん顔して動き回っている奴隷商ももちろんいるはずだ。
サレッタナ王国では奴隷狩りが起きているという事はまだ触れ回っていないだろうからな。
さて……今目の前にいる奴隷商はどっち側なんだ?
「しかし……あの子は奴隷狩りで捕まった子だったのですか……。私は一つ失敗してしまったようですね……」
「? 奴隷商なのに奴隷狩りが起こったこと知らないのか?」
「知りませんよそんなこと。私の所は規模が小さいので奴隷狩りをする余裕なんてないです。おおかたどこかの大きな奴隷商が欲に目をくらませて行ったことなのでしょう? でも自分の所だけで闇奴隷を売り払うと怪しまれるからこうして分散させたのではないでしょうか? 集めた奴隷は五割程度抱えていれば元は取れますからね」
どうやら違うらしい。
そのことに安堵して警戒を解いた。
だがその後、ドルチェの長い愚痴が始まっていった。
「そもそもですよ。まず間違いが結構あるんですよ。取り締まりの役員が衛兵じゃなしに奴隷商だっていう認識になってきていますしね? まぁ確かに犯罪者とか孤児とかも保護してますよ? でもそれ全部自分の利益になるんです。それがおかしい。犯罪者はまぁわかりますよ。悪いことすれば償わなくてはいけませんからね。その辺の奴隷制度は許しますよ。でも孤児。これはよくわからない。何故国は子供を保護せずに奴隷商に渡して奴隷にしてしまうのか。それに子供は高い。力はないけど育てていけば完全な奴隷になりますからね。その子に何をしようとも誰にも咎められません……。孤児院は何をしているんですか! いたいけな子供を奴隷に落とすなど……! 私の仕事は犯罪者に罪を償わせることと二度とこの国に戦争を仕掛けないように戦争奴隷を調教する事なんですよ! 子供はこっちで育てればいいことでしょうに! どこの国もケチりやがって! クソ!」
耳を塞ぎたくなるような大声で捲し立てていった。
やばいこの人、情緒不安定すぎる。
でも何だろう。めっちゃいい人な気がしてきた。
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