3.14.情報交換


 あれからしばらく愚痴は続いていたが、口に出してすっきりしたのか落ち着きを取り戻していた。

 子供に対する優しさと、奴隷商人に対する不満を持っているドルチェは割といい奴なのかもしれない。

 少なくとも俺の中では評価は上がっていた。


 愚痴を聞いていて明らかになったことはドルチェは被害者であるという事だ。

 闇奴隷を孤児だとして受け入れたらしい。

 ドルチェはその子供が闇奴隷であるとは知らなかった。

 なのでできるだけいい貴族や商人を探して売り払ったのだとか。


 この王国に孤児院は一つしかないらしく、新しい孤児を受け入れる余裕はないらしい。

 酷い話ではあるが、受け入れることのできない子供は奴隷商に渡ることがほとんどで、売り払われた後は何もできない様だ。

 買い取った主も簡単に手放そうとは思わないだろうしな。

 それに孤児院に渡すくらいならもう一度奴隷商に売り払ったほうが金になるのだ。


 孤児院は奴隷商にいる子供を引き取ろうとはするのだが、金がなくて引き取ることはできないらしい。

 ドルチェはそれを知っているが、自分一人では何もできないと頭を悩ませていたのだ。

 いい奴やん。


「……失礼しました」

「気にしていないさ。お前がいい奴だってのはわかったしな。さ、教えてくれ。アレナはどうした?」

「大変申し訳ございませんが……ここにはいません」

「ではどこに?」

「少々お待ちください」


 ドルチェは近くにあった本棚を漁り始めた。

 これでもないあれでもないとぶつぶつ言いながら書類をどんどん出していく。

 あっという間に机は書類の山ができたが、本棚にはまだまだ書類が残っていた。


 暫くそんな様子を見ていると、本棚の書類を三分の一程度出したところでドルチェが反応した。

 どうやら見つけたようで、一つの紙を持って足元に落ちた書類を踏まないように気を付けながらこちらに近づいてきた。


「ありました!」

「ちゃんと残してくれていて助かったよ」

「うちはまだ規模が小さいですからまだまとめ切れているのですよ。それに子供の奴隷だとまたこちらに売り払われる時もあるので、売った時の金額と誰に売ったかなどの情報は持っていた方が都合がいいんです」

「そうなのか」

「まぁこの辺は企業秘密なので……。そんなことより、これがアレナの書類です」


 ドルチェから書類を受け取ってみてみる。

 どうやら金貨五十枚で買っていったそうだ。

 買った人物はラムリー家という貴族のようだった。


 ドルチェも人を選んで奴隷を販売するようなので、すぐに壊すような人には極力売らないようにしているが、表の顔だけではわからないこともあるので失敗に終わったりすることもあるようだ。


 因みに奴隷を買い戻すなんてことはできないので、売ったら最後、奴隷商は手をだせなくなるようだ。

 だがどこにいるかまでも絞り出せたのだからとりあえずは良しとしよう。


「アレナは大丈夫なのか?」

「私としてもそれは知りたいですね……なんせ売ったのは二週間以上も前です。ラムリー家は奴隷を多く使用していると聞きますが……大体は世話係です。問題はないと思うのですけど……」


 二週間前と言うと……俺がガロット王国に到着したあたりか。

 ていうことはサレッタナ王国に到着してここに来た時、アレナはすぐに売れてしまったのだろう。

 手回しの早いことだ。


 ドルチェは説明した後心配そうな表情をした。

 問題ないとは言っていたが何か気になることはあるようだ。


「何かあるのか?」

「はい……ラムリー家が奴隷を買うといったことはよくあるのですが、売るという事はないのです」

「それに何か問題が?」

「奴隷を売るという時は、使い物にならなくなった時や必要なくなった時です。それだけであればなんに問題もないのですが、気になる噂がありまして……」

「噂?」

「まず屋敷内で奴隷の姿を見ないのだそうです。外で見たという事も庭にいたという事もないそうで……。そう言ったことから売り物にならないように何かしているのではないか? もしくは見られては不味いことを奴隷でしているのではないか? と囁かれているのです」


 とんでもない話だ。

 だが事実かどうかは全く分からないらしい。

 なので衛兵たちも動くことはしないのだとか。

 あくまでただの噂。

 ラムリーが奴隷を買いにここに来た時それとなく聞いたらしいのだが、軽くあしらわれてしまったのだという。


 しかしそんな噂の囁かれている場所にアレナを置いておくわけにはいかなくなった。

 一刻も早く戻ってウチカゲに報告しなければならない。


「感謝する。俺は行くよ」

「そ、そういえば……そんなことを聞いてどうするつもりですか? まさか奪いに行くとか?」

「奪うとは人聞きの悪い。助けに行くんだよ」

「ええ!?」


 とんでもなく驚かれた。

 そんなに驚くことかね。

 アレナは奴隷狩りで捕まったんだぞ?

 だったら助けるってことで間違いないではないか。


 だがドルチェが危惧しているのはそこではなかったらしい。


「そ、それは無謀です!」

「何故そう言い切れる」

「ラムリー家には用心棒としてSランクの魔法使いの冒険者がいるのです! 屋敷に侵入するだけでも難しいのに、奴隷を抱えて逃げるだなんて無理ですよ! 助けるってことは不法侵入するわけですよね!? だったら殺されても文句は言えないんですよ!?」

「そういうもんか」

「そ、そういう物です」


 ちょっとでかい壁が立ちふさがっているようだ。

 Sランクの冒険者か……。

 それも魔法使い。


 確かに悩むところではあるが、それが理由で助けに行けないという理由にはならないだろう。

 ここまで情報が出揃ったんだ。

 あとは何とかして見せるさ。


 しかし……ドルチェは俺を心配しているのもそうなのだが、随分と協力的だ。

 情報は武器になるって言った奴が何の報酬もなく情報を教えてくれるだなんて思えない。


「ていうか、ドルチェは随分と俺に協力的だな。教えろと言っていないものまで教えてくれているが……何故だ?」

「え? その分の情報は貰っているからです」

「? なんか情報あげたっけ?」

「奴隷狩りのことを教えてくれたじゃないですか」


 ……そういえば言ったわ。

 どうやら教えろと言われていないのに勝手に教えていたのは俺の方だったようだ。

 これはとんだ勘違いをしてたな。

 失敬失敬。


「……そうか。ま、俺は行くわ」

「いやちょっと待ってくださいって! 絶対無理ですよ!」

「無理かどうかじゃないんだよ、行くか行かないかなんだよ」


 ドルチェはそれからしばらく説得を試みてくれたようだが、俺には何にも響かない。

 暫くそうしているとやっと折れてくれたようだ。


「うぬぬ……止めても無駄ですか……」

「悪いな」

「で、でしたら……最後に用心棒の情報だけでも買っていきませんか?」

「……お前俺が死ぬと思ってないか?」

「!? め、滅相もない!」


 いやこれはどう考えても、どう見てもそう思ってただろ。

 動揺の仕方を見ただけでもそれは明らかだ。

 全く失礼な奴だ。

 そんな奴から買う情報はありません!


「情報はいらん」

「そ、そうですか……」

「ただ一つ聞きたい」

「?」

「なんでそこまで俺を引き留めようとするんだ?」


 初めて会ったっていうのに結構しつこく説得してきたからな。

 それが俺は純粋に気になったのだ。

 普通は初めて会ったやつにここまで説得をしようとは思わないだろう。


 俺がそう聞くと、ドルチェは手を頭にやって少し悲しそうな顔をしていた。

 それからぽつぽつと話始める。


「……子供の奴隷のために動いてくれる人を……失いたくなかったので……」

「だから死なねえっつってんだろうが!」


 本当に失礼な奴だな!

 頭叩き割ってやろうか!


 でもまぁ……そういうことね。

 ドルチェは子供のことが好きなのだろう。

 だからここから子供を何処かへ売り飛ばすのは相当堪えたはずだ。


 だが、こういう仕事をしていれば子供を売るという事もしなければならないはずだ。

 どうして奴隷商を続けているのだろうか?


「え……だって……理解のある誰かがこういう所にいないと……助けれないじゃないですか」

「……お前やっぱセンスあるよ。無事帰ってこれたらそれ、手伝ってやるから待っとけ。じゃあな」


 これ以上話しているとまたしばらく拘束されそうなので、軽く手を振ってすぐにテントを出た。

 最後はドルチェの顔を見ていないので、どんな表情をしていたのかはわからなかったけど、悪い表情はしていなかっただろう。


 よし、じゃあ一回帰ってウチカゲに報告だ。

 アレナのいる場所もわかったし何とかなるだろう。

 ただ問題はSランクの用心棒か。

 もし対峙する事になったとしても、Sランクの冒険者がどれほどの実力なのかを知れるいい機会だと割り切っておこう。


 さぁ。準備をするぞ。

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