3.4.隠れていた人物
「それはどういうことなんだ?」
随分と慎重になっているウチカゲとアスレに問う。
回復系技能はすごいという事は知っているが……なぜそこまで慎重になるのかが理解できないでいた。
「ば、バルト兄様を呼んできてもよろしいでしょうか」
「え、いいけど……なんだ? そんなにやばい話なのか? ちょっと待ってろ。『操り霞』」
操り霞を展開して誰かが近くにいないかどうかを確認する。
部屋の中、扉の外、廊下、窓の外全てに霞を送り込んで妙なシルエットがないかどうかを探していく。
幸い部屋の中以外には妙な人物はいない様だ。
少し離れたところにも展開してみたが、聞いてからすぐに逃げたと思わしき人物もいないという事がわかった。
「ふむ。大丈夫だな。ここにいる奴以外は誰もいない」
「応錬様……感知能力まで持っておられるのですか」
「シルエットでしか認識できないからちょっと不便だがな」
「でしたらとりあえず話はできるのですね……ですがバルト兄様は呼んでおきましょう」
「いやいやちょっと待て。俺はここにいる奴”以外”は誰もいないって言っただけだからな」
「……?」
「『無限水操』」
無限水操で水を出してMPをたっぷりつぎ込む。
これで中の水圧は相当高くなった。
それを壁に向かって飛ばした。
バチン! という音を出して水はその場に停止したが、それ以外に違う声が聞こえた。
「がぼぼぼぼ!」
「!?」
水圧をあげているので水はしっかりその侵入者を捕まえてこちらに持って来てくれた。
上半身にあった水を腹部に下ろして息をさせてやるが、腕と足は水で拘束して動けないようにした。
無限水操に捕まった人物は黒いローブを被っており、フードを目深にかぶっていて顔はまだ見えない。
今までずっと気配を消していたのかと思うとすごい技量の持ち主だと思ったが、とりあえず拘束できたので良しとしよう。
操り霞を展開させて良かったと心底思った。
「ぜー……ぜー……」
「ん?」
息ができるようにするが、何故だか肩で息をしている。
気配を消すのに随分と力を使ったのかとも思ったが、気になるところはそこではない。
このローブの男には見覚えがあったのだ。
「こいつ……サテラを保護してくれてたローブ男じゃねぇか」
「あ! バラディムじゃないか!」
アスレが指を差して叫んだ。
相手もバツが悪そうにして俯いている。
「え? アスレ知り合い?」
「ええ……。アズバルの影……アレナとサテラの父親の用心棒を務めていた男です。なぜ私の部屋に……。それに応錬殿、サテラを保護していたとは一体……」
「俺がサテラを助けに行くとき、こいつとラッドが密会を開いているところを見つけてな。そこでサテラを見つけたんだが……どうもラッド側じゃなさそうだったし一回話を聞きたいと思っていたんだ」
バラディムと呼ばれた男は俺の顔を見た。
目元は今だフードで見えないが、口元だけは笑っていた。
だが不敵な笑みではなくどこか安心した笑みだった。
「そ、そうか……お前があの時の気配か」
「あの手紙を書いたのは貴様だな?」
「そうだ。妙な気配がしていたが悪い気配ではなかったからな……ラッドにアズバル様の娘様が利用されるのは耐えられなかった……。だからお前に託したんだ」
「よく信用しようと思ったな……」
「とりあえずラッドの目から逃れればそれでよかったんだ。だが俺も心配だったからこうして気配をたどってサテラ様を探しに来ていた。それとサテラ様を助けてくれた奴がどんな人物かも確認しておきたかっただけだ」
本当にサテラが心配だっただけの様だ。
アスレもこいつのことを知っているようだし拘束を解いても問題ないだろう。
水をはじけさせて拘束を解く。
バラディムは拘束されていた手首をさすりながらその場に立ち上がった。
「こんな形でサテラ様の恩人と会いたくはなかったが……。俺はバラディム。バラディム・エムシアだ」
そう言ってバラディムは俺に手を差し伸べてくる。
断る理由もないので俺はその手を握り返して挨拶をする。
「応錬だ。お前のおかげでサテラを助けやすかった。礼を言う」
「…………」
「……? どうした? おい」
バラディムはそのまま口を開けてまま動かなかった。
目の前で手を振ってみたがまるで気が付いていない様だ。
握手している手を放して猫だましを喰らわすとようやく意識が帰ってきたようで、驚いて後ろに数歩下がった。
だがバラディムはそのまま動かす、握手した手を見返していた。
よく見れば震えているようだ。
「? どうしたんだバラディム」
「……ず、随分とお強いのですね……」
「なんだ。力量を図っていたのか? そんなの歩き方で大体わかるだろ」
「「いや、わかりませんよ」」
アスレとウチカゲに同時に突っ込まれてしまった。
「……俺が間違っているのか?」
そう思うほどに完璧のタイミングではもってきたので若干引いてしまった。
どうやらバラディムは相手を触ることで力量がわかる技能を持っているようだ。
それがどの程度なのかはわからないが、バラディムの判定での俺の強さは出会ったら逃げろだそうだ。
なんて失礼な技能なんだと思ったが天の声ほどではないなと思ってその場を笑い過ごす。
落ち着いてきたバラディムからも少し話を聞いた。
バラディムはアズバルの領地を守るために戦いたかったが、その時はラッドに命じられて一度城に戻っていたようだ。
その時に襲撃されてしまったらしい。
アズバルは領民から非常に慕われている人物であり、小さな領地ではあったがそれでも商人のつながりや開拓をして繋いできたようだ。
だがそんなアズバルの領地を襲うのには奴隷狩り以外の理由があるはず。
しかし、未だにそのことは聞きだせていないらしい。
そもそもアズバルの領地を襲った兵が見つかっていないのだ。
だが奴隷商が絡んでいることは確実である。
しかし奴隷商が動かせる部隊だけでの襲撃は不可能である。
その事をすでに捕らえた奴隷商に聞いてみたところ、援軍が来たという情報を引き出せたのだという。
しかし、その援軍がどこから来たのかがわからないらしい。
これもどこかの闇組織の可能性もあるが、そういう組織は明るいうちに襲撃したり、小さいとは言えど一つの領地を襲撃したりはしないだろう。
この辺はまだ情報を収集しなければわからない。
鬼の里もそうだ。
何処の兵が襲ったのかわかっていない。
千の軍隊で襲って来たのにそれはおかしいとは思ったが、本当にわからないそうだ。
どういうことだよ。
そしてラッドが主犯だと知って腸が煮えくり返りそうな思いだったそうだが、アレナとサテラを見つけ出すまでは利用して情報を聞き出そうとしていたらしい。
その甲斐あってサテラだけは保護できたそうだ。
そして今はサテラを保護してくれた人物を探すためこうして城まで赴いたのだとか……。
「お前も大変だったんだな……」
「アズバル様のお役に立てず……本当に情けない……!」
バラディムは拳を固く握り、何処にもぶつけることのできない自分への怒りを押し込めていた。
俺はバラディムの肩に手を置いて慰める。
気の利いた言葉でもかけれればいいのだが俺はそういったことが不得意だ。
アレナ救出に参加してもらおうかとも思ったが……それを決めるのは俺ではない。
アスレを見てこいつをどうするかを聞いてみた。
「アスレ」
「はい……バラディム。私は本当であれば貴方にアレナを助けに行ってもらいたいのですが……やってもらいたいことがあるのです」
「……」
「バラディム。貴方はラッド兄様としばらく行動をしていましたね? でしたら奴隷商のことも知っているはずです。まだ捕まえれていない奴隷商はこのガロット王国に沢山いるはずです。それらを全員捕まえて欲しいのです。奴隷商は口を割りませんしラッド兄様も父上も喋りません……。裏を知っている貴方であるからこそできる仕事です。やっていただけますか?」
バラディムは握りしめた拳を緩めて考え始める。
バラディムとしてはアレナ救出に行きたいはずだ。
だがアスレから頼まれたのは国絡みの依頼だった。
今、バラディムは個人の意思を突き通すか国のために動くかのどちらかを迫られている。
もし国のために奴隷商を片っ端から捕まえていればアレナ救出にはいくことは到底できない。
しかしアレナ救出に行くとするのであれば、また奴隷商は力を蓄える可能性がある。
危ない芽は摘んでおいた方がよいのだが、今それを決めるのはバラディムだ。
バラディムはしばらく悩んでいたが、フードを取って跪いた。
バラディムは随分としぶい顔で髭を蓄えていた。額には黒い額当てを付けており、後ろでは風もないのに長くはためいていた。
「俺の私情で動くわけにはいきません。アスレ様、どうぞ存分に俺を使ってください」
「よし! いいだろう! では早速……明日の馬車を準備してきてくれ!」
「は!」
そういってバラディムは窓から飛び出して夜の闇に紛れて行ってしまった。
だが俺はその会話で引っかかりを覚えた。
「アスレ?」
「はい、なんでしょう?」
「なんで今馬車の話が出てきたんだ? 昼までに整える時間あっただろ」
アスレはカチンと固まってそっぽを向いた。
なにか言い訳を考えているようだが俺の目はごまかせないぞ。
「おいこら」
「ちょ、ちょっとごたごたしてしまいまして……申し訳ないぃ」
「……それ聞いたらバラディム怒るぞ?」
「ははは~……」
アスレは乾いた笑いでごまかしていた。俺達二人もやれやれと言った表情でもう一度椅子に座った。まぁ明日の朝までに馬車が準備できるのであれば問題ないという事にしてそろそろ本題に戻したい。
「で? 回復技能の事、教えてくれねぇか?」
「その前にバルト兄様を呼んできますね」
アスレは俺達の返答を待たずに部屋から出て行ってしまった。随分と話をもったいぶるなぁと思って先ほど齧っていたコクラの実をもう一つ選んで齧る始める。美味い。
「はぁ……周囲には誰もいないんだがなぁ」
「そうですが……いなくても音だけを拾う技能もありますし用心に越したことはないかと」
「ふーん」
確かにそんな技能があってもおかしくはない。だがそこまで警戒していては一番大切な話をできないこともあるのではないだろうか。ここは城の中だからいいとしても外ではこうもいかないと思うのだが……。それほど大切な話なのだろうか。
もう一度コクラの実を齧る。俺はコクラの実を齧りながらウチカゲと他愛もない話をしながらアスレとバルトが戻ってくるのを待った。
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