3.3.説明
だだっ広い廊下を歩いて俺とウチカゲはアスレのいる部屋に向かっていた。
とは言っても実際にはどこにいるかわからないのでその辺にいる衛兵達に話を聞こうと思っている。
しかし……この格好は城の中では随分と目立ってしまう。
行きかう衛兵やメイドたちには必ずと言っていいほど二度見されてしまった。
ウチカゲはセンスはあると思うのだが場をわきまえないというかなんというか……。
まぁ選んでもらって来たんだから我儘は言わないけどさ。
また衛兵が横を通り過ぎた。
しかしその後にウチカゲが衛兵に声をかける。
「そこの衛兵。少しいいか?」
「え、は、はい! なんでしょうか」
「アスレ殿は何処にいる?」
「アスレ様でしたら自室にいるのではないでしょうか? ですがもう夜ですしお話でしたら明日のほうが良いかもしれませんが……」
「本当はそうしたいんだがそうも言っていられないんでな。場所を教えてくれるか?」
「わかりました。こちらです」
衛兵はそう言うと先導してくれた。
どうやらアスレの部屋まで連れて行ってくれるらしい。
他にも衛兵がいたが何故この衛兵にだけ話しかけたのかと少し疑問に思った。
多分若い衛兵を探していたのだろう。
お客人という事で俺たちはここに居るからな。
若い衛兵であればそういった者の頼みは断りにくいのかもしれない。
しばらく衛兵の後をついていっていると、どうやらアスレの部屋に到着したようだ。
衛兵はノックをして扉に向かって声をかける。
「夜分に失礼いたします! ウチカゲ殿がアスレ様にお目通りを願っておりますが」
部屋の中でガタタッという音が聞こえたかと思ったら勢いよく扉が開け放たれた。
アスレは寝間着姿だがお構いなしに出てきた。
「ウチカゲ殿ですか! 一体どうされましたか? っとその前に部屋へお入りください」
「あ、ああ……」
「はははは。昼と随分様子が違うな。あ、衛兵君。ご苦労様」
「あ、はい」
ほけっとしている衛兵を放っておいて俺たちはアスレの部屋に入った。
アスレは俺たち二人を椅子に座るように勧めると果実が乗っている大皿を机の上に置いた。
そして俺たちと向かい合うようにして座った。
「こんな格好で申し訳ありませんね……」
「いや、大丈夫だ。しかしどうした。昼と様子が随分違うが……」
「王としての顔は明るいうちだけでいいんですよ。ウチカゲ殿は私にとっては恩人のような人なのですからね。感謝してもしきれないですよ。して……隣のお方は誰ですか? ウチカゲ殿が連れてくる人物ですのであまり疑いはしなかったのですが……」
「お、俺がわからないか? まぁ無理もないけどな~」
「……?」
少し意地悪してみたけど全く分からないらしい。
これでは意地悪にも何もならないではないか……。
蛇の姿に戻ってもいいがそれだとMP消費が激しすぎるので代わりに水を生成して淡い緑色に発光させる。
これはアレナの模型を作るときに使った技なのだがこれで気が付いてくれるだろうか?
「…………え? 応錬……殿?」
「おお! 正解!」
「なんと!」
アスレは眠気も吹っ飛んだといった表情で目を見開いて驚いている。
時々目をこすって俺をもう一度見たりして夢ではないという事を確認しているようだ。
「人の姿になれたのですか!」
「まぁそうなんだけど、人の姿になれるようになったのはついさっきでな……いろいろ条件があったんだよ」
「ほぉ……いやー驚きました。蛇も人間になれるのですね」
「まぁ俺が例外なだけだとは思うが……。とりあえず無駄な混乱を防ぐ為にこうして伝えに来ただけなんだ。すまんな」
「そうでしたか。バルト兄様には私から伝えておきましょう」
「おう。助かるぜ」
おもむろに果物を口に運ぶ。
変った味だが悪くない。
みずみずしさが口の中に広がって強い甘みと若干の渋みがある。
癖の強い果実だ。
「美味い……」
「コクラの実ですよ。ここでは有名なのですが……」
「味がする! 味がするじゃねぇか! 美味い!」
初めてはっきりとした味のする食べ物を食べた。
本当に美味い。
初めてのことに随分とテンションが上がってしまったが二人は気にしてはいない様だ。
それに気が付いてふと冷静になる。
「んん……すまん。ちょっとはしゃぎすぎた」
「応錬殿は味覚を持っていなかったんですか?」
「あ、ああ。蛇の姿だと殆どと言っていいほど味がしなくてな。今なら何食べても美味いと言えそうだ……。アスレ! 明日の朝食は豪華にしてくれ!」
「はははは! 良いですよ任せてください」
「おし!」
なんだか大の大人が食事のことで盛り上がっているのは面白かった。
それはウチカゲもアスレも同じなのでひとしきり笑いあった。
だがこれは俺にとってとても重要なことだ。
今まで味覚がなかったのだからな。
これから食事は俺にとって超重要な項目になるだろう。
俺は先ほど齧ったコクラの実をゆっくりと食べている。
他のも食べてみたいが、それは明日まで取っておくことにする。
「しかし……応錬殿がこんな性格だったとは」
「むぐ?」
「いや何、ウチカゲ殿とテンダ殿に強く当たっていた所を見ていた物ですからもっと厳格な性格かと思っていまして」
「むぐむぐ……っ。いやいや、そもそも皆が俺に硬すぎるんだよ。もっと気楽に当たってくれればこっちもやり易いんだけどさ。ま、こういう性格だから貴族とかには向いてないだろうなとは思うけど」
「とは言いましても、俺たちにとって白蛇様は神のような存在ですからね。そうも言っていられないんですよ」
「まぁ悪い気はしないんだけどさ。どうも俺から近寄りにくいんだよね」
これは前鬼の里にいた時によくあったことだ。
鬼たちが楽しそうにしている所にひょっこりと顔を出すと皆恐縮したように俺に対応してくれる。
なんだか邪魔をしてしまったなと思うことがあって城下にはあまり出なくなった。
多分どう接していいかわからないのだろう。
子供たちは良く俺に近づいてきてはくれたが、結局はすぐに親が出てきて怒られるという事がよくあったしな。
俺はそれを見るたびに悪いことをしたような気分になってしまっていた。
この姿でならそんなことはなくなるだろうか?
口が利けるだけでも儲けものだし今度は気にしなくていいと良い回っていったほうがいいかもな。
普通に話をしたいだけだったしなぁ。
「そうでしたか……配慮が足らず申し訳ありません」
「謝るなって。これからは喋れるし仲良くやれるだろうさ」
少し落ち込んでいるウチカゲの肩を軽く叩いてやった。
「そうだ、応錬殿」
「ん? なんだ?」
「アレナとはどういうご関係で……?」
そういえばあの時まだ蛇だったから伝えれていなかった。
実はあの時から人間になれたけどいろいろまずそうだったからな。
俺は思い出すように虚空を見上げて説明した。
「ああ。俺がまだウチカゲたちに出会ってなかったときの事なんだが……うっかり奴隷商が仕掛けた罠に引っ掛かってしまってな……。で、奴隷商の乗っていた馬車に突っ込まれたんだ。アレナにあったのはその後だったな。奴隷の乗っている馬車がいっぱいになったからアレナだけがこっちに移動してきたらしくてね。隣の檻に入れられて……俺が言葉を理解するってすぐに見抜いたな。そっからいろいろ話を聞き出したって感じだ。俺が檻から出るために協力してくれたから、ある意味恩人って形になってる」
「なるほど……」
「本当はあそこでアレナも助けたかったんだが……あの時は難しくてね。それにアレナからサテラをまず助けてくれって言われたからな。宝石のことはバルトの言っていた通りアレナから聞いたよ」
これはアレナの提案で一番効率の良い作戦だった。
宝石を見せたらサテラもすぐにわかってくれたし、助け出すこともできた。
アレナはまだ奴隷商に捕まっているだろうが死んではいないはずだ。
力がなかったばかりに助け出せれなかったことは悔やまれるが……過ぎたことを悔やんでも仕方がない。
明日からアレナ救出作戦が始まるんだ。
気を引き締めていかなければならないだろう。
「そんなに前から繋がりがあったんですね……。応錬殿、アレナの存在がバレてしまえばサレッタナ王国が危なくなります。最悪戦争にもなりますので、くれぐれも迅速にアレナを助けてやってください」
「もとよりそのつもりだ。サレッタナ王国にはどれくらいで着くんだ?」
「馬車で八日……と言ったところでしょうか」
「随分遠いな……」
「応錬様、馬車で八日を遠いと言っていてはこれから先移動は苦しくなりますよ」
「そうなのか?」
「ガロット国から一番近い国が前鬼の里。次がサレッタナ王国。その次はパルバン王国。パルバン王国に行くのは半月ほどかかります」
それを聞いて少し気が遠くなった気がした。
俺は完全に前世での感覚で物を言っていたことに気が付く。
どれだけ遠くても飛行機なんて使えばすぐに到着してしまう。
日本の中だって電車を使えばいいし安く行こうと思うならバスだって何でもあった。
だがここは馬車しかない。
それに道も全てが整備されているわけでもないし魔物だってそこら中にいるのだ。
コンビニで食料を買うこともできなければ、ホテルで宿をとることもできない世界であったことを今更ながら思い出す。
随分と蛇での生活が長かったので人の感覚を忘れていた。
つくづく文明の利器とはすごいものだなと思い直した。
何とかならないかと考えてはみるがない物ねだりをしていても仕方がない。
こればかりは慣れていくしかないだろう。
「考えを改める必要があるな……。ウチカゲ、路銀はあるのか?」
「……まさかそこまで考えておられるとは思いませんでした」
「それなりにお前らのこと見て勉強したからな。それにサテラもいるんだ。子供に長旅は辛いだろう」
それを聞いていたアスレがくすくすと笑った。
「フフフ、随分と優しいですね。応錬殿。明日ウチカゲ殿と応錬殿には今回の件で功績を治めたとして報酬をお支払いいたします。それを路銀の足しにしてください」
「俺なんかしたか?」
「何を言いますか。サテラを助けてくれたではありませんか。それにジルニアのこともありますし」
「ああ、あれな。ジルニアには俺が回復技能をかけてたんだ。寝なくて済んだのはそのせいだろ」
その言葉にアスレはぱちくりと目をしばたたかせる。
何か変なことを言ってしまっただろうかと思ったが、そこでテンダに言われたことを思い出した。
回復系技能を使える者はすごく少ない。
自分で自分を回復させる技能を持っている者は多くても相手を回復させる技能を持っている者は利用されると聞いたことがある。
それを思い出してしまったと思ったが、アスレはまた控えめにくすくすと笑っていた。
「流石応錬殿。素晴らしい技能を持っておられますね」
「……テンダにあんまり言い振らすなって言われてたの忘れてたぜ……」
「はははは、大丈夫ですよ。他の者が知ったのであればともかく、私が知れたのは大きいです。何かあればお守りできますからね」
確かにアスレが俺のことを利用するようには思えない。
信用しているとはまだ言えないけど、信頼しているからこそ口走ってしまったのかもしれない。
回復させる技能を持っているということはやはり隠しておいた方がよさそうだ。
「じゃあこのことは内密に頼む……。その代わり誰か治してほしい人がいるなら言ってくれな」
「有難う御座います。因みにヒールですか? ハイヒールですか?」
「……いや、大治癒だ」
「ほぇあ!?」
「!?」
アスレは驚いたように妙な声を出し、ウチカゲは体を震わせて驚いている。
テンダと姫様の時との反応とはずいぶん違う。
あの時はこんなに驚いた様子はなかった。
だがすごいとは言っていたな。
なんでこんなに反応に差が出ているんだ?
アスレとウチカゲは一度目を見合わせてから軽くうなずいた。
アスレが俺に随分と慎重に口に手を当てて小声で話しかけてくる。
「お、応錬殿……本当に誰にも話さないほうが良いです。それが知られれば国が動きます」
「なに?」
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