3.2.人間の姿


 会話を終えた俺たちはテンダを見送ってから今日泊まる部屋に案内された。

 その部屋は本当に一人で使うためだけの部屋なのだろうかと思われるほど広く、随分と凝った装飾が施されている。

 明るい白壁は太陽の光を反射させて目をチカチカとさせるが、床は壁とは対照的に少し暗めの色を使っているため反射を緩和させていた。


 サテラに一部屋、ウチカゲに一部屋貸し出されて俺はサテラの部屋に連れていかれた。

 勿論強制的にである。

 俺に選択権はなさそうだ。


 アスレから自由に城の中を動き回っていいとの許しを得たサテラは、居ても立っても居られないのか俺を抱いたまま城を散策し始めた。

 俺も城の中を探索したいなとは思っていた所だ。

 城なんて初めて見たし初めて入ったからな。

 気にならないほうがおかしい。


 今回はサテラに連れ回されることにしよう。

 まずサテラが向かったのは城の一番上だ。

 向かっている最中、ウチカゲも一緒に居たと思うのだがサテラはいつの間にか撒いてしまっていた。

 ウチカゲを撒くほどに走り回るサテラは才能があるのではないかと少し思ってしまった。


 暫くすると目的地に辿り着いた。

 城の一番高い場所はそれほど飾られているわけではなく、見張り台のような感じがする。

 だが綺麗にはされており、絵画が一枚だけその部屋にあるだけだった。

 随分と豪華そうな額縁の中に人物画が描かれているが、周囲が他より質素なためこの絵だけが浮いているように見える。


 部屋には外に出るための扉があり、そこを開けると床が少し出っ張っていて外に出れるようになっていた。

 手すりが落下を防ぐために扉の周囲を囲っている。

 サテラは石で作られた手すりに掴まって手すりの隙間から外を見ていた。

 俺もそれに釣られて手すりの上に乗って一番高い場所から城下を眺め見てみる。


 城の一部が手前に鎮座しており、大きな庭や石像が見て取れる。

 そして城を囲むように造られている壁を越えた先には、大きな館や家が並んでいるようだ。

 他にも教会や家とは違う建物がある。

 その奥に行けば小さな家が無数に点在していて人々がひしめき合っているのが見て取れた。

 そしてその全ての家々が、大きな城門をはじめとする城壁に囲まれて守られているようだ。


 城壁の外は平原が広がっているがすぐに森が始まっている。

 川が近くにあるようで水を城の中に引いていた。

 他にも近くには村が数件ほどあり、広大な畑が広がっている。

 村の人々が住む場所の近くには必ず城門がありすぐに動けるようになっているようだ。

 随分と民たちのことを考えている城の作りだ。

 この城を作った人物は国民の大切さをわかっているよき人物だったのだろう。


 サテラは初めてこんな高い場所から街を見たのか、興奮した様子ではしゃいでいる。

 高い所から街を見るのは前世でも見たことがあったと思うが、ここは異世界で完全に西洋に近い作りの街だ。

 俺も心の中ではめちゃくちゃはしゃいでいる。


 だが高い所ではなく近くで見てみたいというのが俺の本音だ。

 だがサテラがいると城下での行動は難しそうだ。

 それに今の俺は蛇だしまともに取り繕いでくれる場所などはないだろう。


 人間だったらいいのだろうけどな。

 今日の晩にでも少し人間の姿になってみるとするか。


「蛇さん! 次行こ!」


 そうしてまたひっつかまれて抱かれる。

 もう少し優しくしてほしいのだが……まぁ子供だしな。

 最上階から降りている時にウチカゲにすれ違った。

 だがサテラはウチカゲを全力で無視して何処かへ行ってしまった。

 ウチカゲは呆気に取られて追いかけてきたが……また見失ったようだ。

 追いかけてこない。


 この子本当に何なのだろうか……。

 そういう技能でも持っているのかな?



 ◆



 夜になった。

 一日中サテラに連れまわされた俺はげんなりとしていた。

 あっちに行ってはこっちへ行き、こっちへ行けばあっちへ行きと随分振り回される。


 本当にこの城の隅から隅まで回り切ったのではないだろうか?

 地下にも行ったしアスレの部屋にまで行ってしまった。

 流石に怒られるかと思ったが、アスレは城の者たちにサテラや俺のことはすでに話しているようで特段問題なく探索することができた。


 だからこそめっちゃ疲れた。本当にマジで。

 子供の体力甘く見てた……どれだけ走り回っても疲れるそぶりを見せる所か息も切らしていなかった。


「だ、大丈夫ですか応錬様」


 机の上にぺちゃんと突っ伏している俺にウチカゲが心配そうに声をかけてくれた。

 ウチカゲもサテラの暴走を止めたかったようだが、何故だか見失ってしまって追いかけることができなかったらしい。

 そう聞いてみるとなんだか妙な話だが、普通であればウチカゲが子供相手に後れを取ることはないはずだ。

 これは何かの技能があると思って間違いない。


 とりあえずウチカゲに尻尾を軽く振っておく。

 これをどう捉えてくれるかわからないが、何か反応をしておいた方がよさそうだったのでそうしただけだ。

 深い意味はない。


 今俺とウチカゲは夕食をとっている最中である。

 いつもなら食事で結構経験値を手に入れることができたのだが、ウェイブスネークになってから経験値取得量がめっきり減ってしまった為、まだレベルは13だ。

 何か理由があるのだろうが……今までの最大レベルの上限が少なかったこともある。

 これだけ上限が上がってしまったら必要経験値も多くなるのは仕方ないのかもしれない。


 随分と美味しそうな料理だが、やはり味がほとんどしない。

 早く人間になりたいものだ……ってそういえば俺なれるじゃん。


 あ! 人間の姿になれるじゃねぇか!

 やっべ……連れまわされすぎて疲れて忘れてたぜ……。

 今はウチカゲだけだし問題ないんじゃね?

 お? 俄然やる気が出てきたぞ?


 おーい、天の声。

 人間の姿になるにはどうしたらいい?

 それと何か注意することはあるか?


【MPを100使用して人間の姿になることができます。元の姿になる場合もMPを100使用します。MPを100使用しなければ何があっても変化は解けません。人間になった場合、経験値の取得方法が変わり、魔物を食べることではなく魔物を倒すことによって経験値を取得できます】


 MPを100も使うのか……。

 随分と食われるな。


 これは戦闘中ではあまり乱用できないな。

 戦う時はその姿のまま戦うことになってしまうだろう。

 まぁこれはその時に考えればいいことか。


 おっしゃ! じゃあ人間の姿になってみましょう!

 ……あれ? そういえば俺どんな感じになるんだろうか……。

 まぁなったら分かるか。そいやっ。


 MPを100使用して人間の姿になる。

 体が燃えるように熱くなるが痛みはそこまでない。


 骨格が作り替えられて新しい骨が生成されていく。

 ボコボコと体が盛り上がっていき質量を完全に無視して体が大きくなっていった。

 しばらくしていると体に走る燃えるような感覚が収まった。

 うっすらと目を開けて自分の両手を見てみる。

 色白だ。

 何度か手を握っては開いてを繰り返して体に伝わる感覚を確かめるが特に違和感はない。


 今度は手で顔を触ってみたり体に手を当ててみたりする。

 筋肉質とまではいかないがそれでも多少に筋肉はついていた。

 胸はないので男性の姿だという事がわかる。

 体つきは優男の様な感じはするが、力は何処からともなく沸いてくるような気がする。


「…………」


 ウチカゲが口をパクパクさせながらこちらを見ている。

 流石に白蛇が人間になるという事は伝承になかったのだろうか。

 とは言ってもそれが普通なのだが。


 とりあえずウチカゲのことは置いておいて鏡で自分の姿を確認してみる。

 体つきは先ほど手で触った時に感じたものでほとんど間違いはなかった。


 問題は顔だ。

 恐る恐る見てみると、髪の毛は白かった。

 顔だちは少しだけ細い。

 目は鋭く瞳の色は黄色で蛇の目であった。

 ここだけは人に近づけることはできなかったのだろうか。

 だが天の声は随分とイケメンに作り上げてくれたらしい。


「あ、あー」


 喉に手を当てて声を出してみる。

 この声は零漸と会話していた時と同じ声だ。

 声帯は弄らなかったようだな。


 しかしなんだか違和感があった。

 手も動く、顔もいいし体つきも文句はない。

 しかしなぜだか足りない物があるように感じた。

 それは一体何かを首を傾げて考えていたのだが、それはすぐにわかった。

 男としてあるものも、女としてあるものもない事に気が付いたのだ。


「まさか……無性……だと?」


 そう、無性だった。

 なーんにもない。

 人として形をとっただけの生物が今ここに立っていたのだった。


「まじか……あの辞書何考えてやがる……」

「…………あ、あの……」

「ん? ああ、すまんウチカゲ。忘れてた」


 ウチカゲはすぐに席を立った。


「応錬様なのですか!?」

「おうよ。いや~長かったぜ……目玉だけは蛇のままだが意外といい具合に変化できたんじゃないか?」

「おお……! テンダや姫様が聞いたらさぞ喜ぶでしょう! 俺が一番初めに口をきいたことがバレれば姫様にまた怒られそうですが……」

「はっはっは! そんときゃまたかばってやるさ。あの時はウチカゲには世話になりっぱなしだったからな」

「何を言われますか! 当然のことをしたまでです! しかし……応錬様」

「ん?」

「何か御召し物を……」

「あ」


 そういや素っ裸だった。

 ていうかこれからいろいろ説明していかなきゃいけないのか。

 まぁここで説明しておけば後々は楽になるだろうしな。

 アレナに会う時だけは蛇の姿になっておかなければならないだろう。

 じゃないとわかってくれないだろうからな。


 ウチカゲが外に出て行って服を持ってきてくれた。

 少し時間がかかったのでどれだけ迷っていたのだろうかと想像していたのだが、しっかしこれまた随分とかっこいい物を持ってきてくれた。


 とりあえず着てみる。

 膝まである焦げ茶色の革ローブを羽織る。

 その中には真っ黒なシャツに灰色の紋様が入っている服を着て、ズボンは足に吸い付くようなこれまた黒いズボンを履く。

 腰にはベルトを二つしめている。

 一つは普通に、もう一つは片方の腰にだけ固定して反対側は自由にぶらぶらとさせている。

 なので太もも辺りにそのベルトがぶら下がっている状態だ。

 これはただのお洒落だろう。

 だがベルトについている装飾が随分と派手だ。


 鏡越しに見てみるとなんだかカウボーイの様な格好に見えなくもない。

 俺的には和服がよかったんだが今はないので仕方がない。

 これで行こう。


 しかしこんな服がよく城にあったものだ。

 普通はもっと煌びやかな眩しい服くらいしかないと思っていたのだが……。


「こんな服も用意してるんだな」

「ああ、これですか。メイドに服のある場所を聞いて見させてもらったのですが、どれも応錬様に合うようなものはありませんでした。なので武具庫に行かせていただいて拝借してきました」

「ほえー。でも俺は和服のほうが良いな。前鬼の里に戻ったら作ってくれるか? 刀も欲しいんだが」

「応錬様のために作るのであれば誰も首を横には振らないでしょう」

「そいつは楽しみだな」


 これで前鬼の里に戻る理由が作れた。

 この服も格好がいいがどうも落ち着かない。

 このローブは本当にかっこいいので持っておきたいが……和服には合わないだろうな。


「よし、じゃあ俺のことを少し説明しに行くとするか……」

「そうですね」


 ちらりとウチカゲを見ると随分と口元が緩んでいる。

 とても楽しそうだが……俺は気になったので聞いてみた。


「ウチカゲ、随分と嬉しそうだな。何かあったか?」

「あ、いえいえ! 応錬様が俺の想像通りの性格だったもので」

「なるほどなぁ。でも俺に威厳はないぞ?」

「はははは。そこが良いんじゃないですか」

「そんなもんかぁ……」


 少し照れ臭いので誤魔化すように頭を軽く掻く。

 ふと気が付いたが表情が作れるようになっていることに少し感動した。

 今までは絵文字や顔文字でなんとかしてきたけどこれからは人との会話が楽になりそうだ。

 そんなことを考えながら俺とウチカゲはアスレの元に向かった。


 ……聞きたいことも山ほどあるしな。

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