3.1.戸惑い
天の声から人間になれますよ宣言を受けた俺は固まってしまった。
一体何がどうしてこうなったのか理解できずに頭の中でグルグルと思考をし続けていた。
だが考えても考えてもどうして人間になれる条件が整ったのか全く理解ができなかった。
ちょっと何言ってるかよくわからないよ。
うん。わからねぇよ!!
なんだそれどういうことだ天の声この野郎!
【……】
おい! この期に及んでだんまりか!
ちゃんと説明しやがれ! 人間になれるってどういうことだ!
【個体名応錬は人間になるための条件が整いました。人間になるための条件は、人間と同等以上の質量を進化で所持する事、人の会話を聞き続ける事、様々な人間の姿を見る事、人間の社会を学ぶこと、人間に対して善行を行う事。この五つの条件が揃った時、人間の姿を形取ることができます】
天の声はいつもの調子でつらつらと説明してくれた。
これはちゃんと聞かなかった自分が悪いとはいえ、どうしてそこまで大切なことを教えてくれなかったのかと怒りを覚えそうだった。
だがそれよりも人間になれるという事が、怒りなど何処かへすっ飛ばしてしまうほど衝撃的だった。
ま……まじか……まじかよ……。
やったぁ……やったぁ! 人間になれるぞ!
やっと喋れるのか……やっと! やっと味がわかるのか……!
こうしてはいられない。
今すぐにでも人間に……。
そう思い至った時、ふと周囲を見渡した。
そこにはアスレをはじめ、バルト、ジルニア、ターグ。
そして鬼であるテンダとウチカゲ、更にサテラがいた。
既に会談は始まっており、全員が難しい顔をして全員がアスレの言葉を聞いていた。
そこで冷静になる。
ここで人間になってしまったらいろいろまずいのではないかと。
鬼たちは良いとして、アスレやバルトは人間だ。
それに俺のことを信仰しているわけでもない。
魔物がいきなり人間の姿になったら驚くはずだ。
それに絶対に騒ぎになる。
そうなれば衛兵たちがここに押し寄せてくることは避けられないだろうし、最悪の場合俺は捕まるかもしれない。
それに今俺はサテラに抱えられている。
このまま人間に進化したら幼い少女を踏み潰す形になりそうだ。
流石にそれは俺が許せない。
難しい話をしているしここで話の腰を俺のせいで折るのは良くないだろう。
本当ならすぐにでも人間の姿になりたいがここはじっと我慢しておいた方がいい。
後でこっそり人間の姿になることにしよう……。
それに考えてみれば不安なことはある。
まずこのまま人間になったとしたら絶対に裸だろう。
男だけだったらまだいいがサテラがいるしな……。
一気に俺の評価が落ちそうだ。
でもまぁどうせ人の姿にならないと服なんて用意してくれないだろうからな。
人間の姿になるときはどう足掻いても裸になるだろう。
兎にも角にも今はここで人間になるべきではない。
話も拗れそうだしな。
「アレナを助けに行くのは良いですが、アズバル様の領地はどうしましょうか? もう他国にあの領地が襲われているという事がバレていてもおかしくありませんが」
「それに関してはもう隠すことはできないだろう。だから情報が回り切る前にアレナを助け出す必要があるな」
「結構難儀だね~。スピード勝負って所かな? アスレの言った通りアズバルの領地が襲撃されたことがバレることは避けられない。そうなるとどこのどいつがアズバルの領地を襲ったのかと他国は騒ぐだろうね。僕としてはアスレの即位式で正式に事の顛末を報道して国民に周知させてから他国に伝えて行ったほうがいいと思うな。悪い事をやったのは父上とラッド兄さんと奴隷商なんだし、その事もついでに話せば大体許してくれるよ」
「そう簡単な話だといいのですが……」
っと……俺が戸惑っている間に話が結構進んでいる。
ガロット国の奴隷商が奴隷狩りをやっていたという事実をもう一度しっかり国民に話してから他国にも説明しに行くようだ。
で、その首謀者の王と兄の代わりにアスレが罰してアスレが王になったという事もその時に伝えるらしい。
この辺に国がどれほどあるのかはわからないがしばらくアスレはあっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しくなるだろうな。
アスレもそれがわかっているのか、額に手を当てて嫌そうな顔をしていた。
完全に王とラッドの尻拭いをしている感じだもんな。
そりゃ気を付けていても嫌な顔が表に出てしまうだろう。
まぁ皆手伝ってくれるから頑張れ。
「では早速アレナを助けに行く人員を探したいのですが……誰か良い人はいますか?」
俺!
そう心の中で叫んで尻尾をあげる。
するとサテラがその尻尾を掴んで下げさせた。
なんで?
「そうですねー……ターグ、誰かいるか?」
俺だってば!
もう一度尻尾をあげる。
ついでに顔も上げて意思表示をするがサテラは両手で頭と尻尾を抑えてきて下げさせてきた。
今はマジでやめてほしいのだが。
「いえ、そもそもアレナの顔がわかりませんのでいたとしても探し出すにも時間がかかるかもしれません」
俺知ってるから! クッソ!
どんだけ主張しようとしてもサテラがじゃれついてくるから俺が意思表示しているって理解してくれねぇ!
サテラ! 俺の尻尾を下げさせるな!
体じゃ無理か!
だったらこれだ無限水操!
無限水操で手の形を作って手を挙げる。
誰の目にも止まる水の手は全員の視線を注目させた。
アスレやバルトはこれを見て目を見開いて驚いていたが、ジルニアは納得したように頷いた。
「ああ! そういえば応錬殿はサテラを助けてくれたのだったな!」
「何? この蛇がか?」
ターグが不思議そうな目で俺を見てくる。
この蛇が、と言ってしまったので鬼たちからは物凄い怒気の篭った目線を送られているが。
「はい。応錬殿はずっと私の隣にいたはずなのですが……サテラが私の家を訪問したときにはサテラは応錬殿のことを知っておりましてね……。サテラに聞いてみれば応錬殿に助けていただいたと言っていましたよ。そうだったよな? サテラ」
「うん!」
「そうか……応錬殿はサテラのことをすでに知っていて行動してくれていたのか……。改めて礼を言うぞ、応錬殿」
アスレが笑顔で俺にお礼を言ってくれた。
まぁ結果的にアスレたちを手助けすることになっているだけなんだけどね。
本当はアレナに頼まれてのことだったしな……。
だから俺はアレナを助けに行きたいんですー!
誰か気が付いてくれ!
「……あ、蛇さん蛇さん。蛇さんは誰からお父さんの宝石のことを聞いたの?」
サテラが俺を机の上に置いてからそう聞いてきた。
そういえばサテラ以外にあの宝石のことを教えたことがなかった。
あれはアレナから聞いたことだがそう説明するにはどうも難しかったので、できずにいたのだ。
だが今はサテラが隣にいるので何とか説明できそうだ。
無限水操で水を作り出してアレナの等身大模型を作り出す。
全て水で作っているので形は綺麗に整えていても輪郭は透明なのであまり安定しない。
なので大治癒で淡い緑色に発光させる。
これで少しはまともに見えるといいのだが……。
水で作ったアレナ模型を見たサテラは目を輝かせて大きな声で叫ぶ。
「あ! アレナ!」
「何? この子がアレナだというのか? という事は応錬殿はアレナに会ったことがあるのか!」
「そうなのですか? 応錬様」
頷いて意思表示をする。
やっとこさ話が良い具合に進んでくれた事に安心した。
これなら捜索は俺に任せてくれるだろう。
だが俺だけでは無理なことも多いだろうからテンダとウチカゲはついて来てほしいなぁ……。
だがそうなった場合はテンダだけは一度前鬼の里に帰らなければならないだろうな。
事後報告は大切だ。
どっちが俺と一緒に行くかで口論になりそうだが、その時はテンダに押し付けてウチカゲを持っていこう。
話を聞いていたバルトが納得したように頷いている。
何か腑に落ちたことでもあったのだろうか。
「なるほどね~。てことはサテラの言っていた宝石のことはアレナから聞いたのかな? そういうことなら応錬君にアレナの救出は任せた方がよさそうだね。サテラを助け出してくれたこともあるし、蛇だから怪しまれることもないから適任かもしれないね」
「バルト兄様、まずは応錬殿に聞いてくださいよ……」
「あ。そうだね。どうかな応錬君。任せてもいいかい?」
勿論だ。
始めからそのつもりでここまでついてきたわけだしな。
それにこいつらは国のことで忙しくなるんだからこういうところまで手は回せないだろう。
ターグもジルニアも家臣だし、仕事は山積みのはずだ。
ジルニアがまた無理をしなければいいのだが……。
ていうかもうここでいいや。
一回眠らせよう。
俺がバルトの意見に同意してくれたことに安堵していたアスレたちだが、俺はジルニアの前に進む。
どうしたのだろうかと疑問符を浮かべているジルニアの首筋を尻尾で叩いた。
自動発動技能の防御貫通を併用させて衝撃波を打ち込む。
もちろん最大限まで手加減して致命傷にならないようにしておく。
成す術もなく攻撃を喰らったジルニアは「うっ」という声をあげてソファに深く腰掛けて背もたれに全体重を預けている。
それを見ていた他の人達は心底驚いていたようだが、ターグだけは平常心を保ったままだった。
アスレは焦ったようにして俺に言葉をかける。
「お、応錬殿!? 一体何を……!」
「ああ、アスレ様。いいのです」
「何だと? ターグ、どういうことだ?」
「いや……こいつ五日ほど寝てないんですよ。応錬殿はその姿を間隣でずっと見てきていますから……多分いい加減寝てもらいたかったんじゃないですかね? そうですね? 応錬殿」
ターグの言葉に頷く。
どれだけ回復技能で体を癒していても疲れは溜まっていくはずだ。
どんな技能も便利すぎる物はない。
流石に寝てもらわないとこれからこの調子で無理しそうだしな。
これからは回復もないのだからこのままいけば確実に体を壊すだろう。
「無茶してたのか……」
「まぁ大丈夫ですよ。俺はジルニアを寝かせてきますね。お先に失礼します」
「ああ、助かる」
ターグは重そうなジルニアの体をひょいと持ち上げて肩に担ぐ。
家臣であるのに随分と荒い行動をする。
ターグはそのままの格好で部屋を後にした。
それを見届けたアスレはなんだか困ったように顔をしかめている。
「ふむぅ……随分と苦労を掛けてしまったようだな……」
「なぁ~に、大丈夫だよ。ジルニアに仕事を任せたのアスレでしょ? 五日も徹夜するくらい頑張ってるってことはアスレに対する忠誠心は尋常じゃないってことだしね。」
「そうですけども……」
「じゃあまた今度労ってあげないとね」
「確かに……そうですね。しばらく後になってしまいそうですが」
「だね。よし、話はほとんどまとまったね。アズバルの領地は僕が何とかしておくよ。えーっとテンダとウチカゲだっけ? 君たちはどうするの?」
バルトがテンダとウチカゲのほうを見る。
テンダとウチカゲは一度顔を見合わせた。
「俺は人を助け出すに特化した技能は持ち合わせていない。ウチカゲ、お前が応錬様と一緒にアレナを助けに行ってくれるか?」
「わかった。任せておけ」
意外と平和的に話が付いたことに驚いた。
てっきり言い争うものだと思っていたが……そこは兄弟と言うべきか。
仲が良くて結構なことである。
サテラは流石にここに置いていても仕方がないので、アレナ救出についてきてもらうことにした。
一番アレナの姿を知っているのはサテラだし、アレナ救出でも役に立ってくれるはずだ。
なによりアレナを安心させてやりたいしな。
もしかしたら結構危険な旅路になるかもしれないが、ウチカゲもいるし問題はないだろう。
俺も人間になれることだしな。
「話はまとまったかい? じゃあ今日はゆっくり城で休んでね。馬車は明日の朝までには準備しておくから……明日の朝にでも出発してね」
「わかった。テンダはどうする?」
「ああ、俺はもう前鬼の里に戻ることにする。申し出は有難いのだがライキ様のこともあるしな。報告をしに行かなければならないので……」
「そうか……わかった。落ち着いたら遊びに行くとライキ殿に伝えてもらってもいいだろうか?」
「ああ、ライキ様もさぞ喜ぶだろう。では俺はこの辺で」
テンダがアスレとバルトに軽く一礼して部屋を出ていく。
もうここで話し合うことはないのでテンダに続いて俺たちも部屋を出たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます