3.67.怒りの理由


 奥の部屋に座らせられた俺は、今イルーザと対面している。

 未だに何故俺が怒られているのか全く理解できていないし、イルーザが何に対して怒っているのかすらもわかっていないので、俺はどうすればいいかわかっていなかった。


 だがまた妙な言葉を呟けば、火に油を注いでしまうかもしれないのでとりあえずイルーザが口を開くのを待ち続けた。


「で! どうしてくれるんですか!」

「だから何がだよ! 全然話が見えてこねぇぞ!」

「この店の状況をですよ! この状況をどうしてくれるのかって聞いているんです!」

「この状況……? 繁盛してるって事か?」

「そうです!」

「……はぁ? え? 繁盛しているからいいじゃねぇか。子供達もいい経験になるだろうし」


 どうやらイルーザはこの店が繁盛してしまっていることに怒っているらしい。

 しかし……店が繁盛して怒ることがどこにあるのだろうか……?


「では初めから話しましょう……!」

「とりあえずその剣幕押さえてくれんかね」


 そうは言ってみるがイルーザは聞く耳を持たずに話し始めた。

 もう一度言っても聞いてくれそうにないので、俺は素直にイルーザの話を聞くことにする。


 イルーザの話は、俺が子供達を預けたところから始まった。


 まだ精神の状態が不安定だった子供達を育てるべく、とりあえずはその症状を緩和させようと色々な方法を使って治療したらしい。

 一番有効的だったのが、日々の安定した生活だったようで、子供達はすぐにイルーザに心を開いてくれたのだそうだ。


 しかし、俺が預けたお金だけではこの先やりくりなどできそうになかった。

 そこで子供達に店番をさせるという事が決まったらしい。


 客が来ることは少ないので、子供達だけでも対処できるだろうと踏んだイルーザは、早速店や商品のことを教えていった。

 子供達の記憶力は凄まじく、教えたことをすぐに覚えて実践してくれていた。

 これならば安心して店を任せることができるだろうと、イルーザは調合素材を集めるために暫くの間店を開けていたそうなのだ。


 そして帰って来た時、事件が起きていた。店の前で人がごった返していたのだ。

 一体どうしたことかと思い、裏口から中に入ってみれば、店の中も沢山の人がいて子供達がその対応に追われていた。


 すぐにジンを引っ張って話を聞いたところ、子供達が頑張ってこの店の宣伝をして回ったらしいのだ。


 子供が働いている店というワードから興味を引かれて入った店は、何とあのAランク冒険者のイルーザが経営する店ではないか、と瞬く間に噂になり、今に至るのだという。


「それのどこか問題なんだ」

「子供達の成長を見るのは楽しいし、あの子達は商売の才能があるってこともわかったし、この経営は成功しているとも思っています。だけど……私は……私は……!」

「……おう」

「働きたくない!」

「……」


 机に乗り出したイルーザの頭に音速の勢いでチョップをかます。


「ギャン!」


 俺は机の上に突っ伏して伸びているイルーザの上から浴びせるように声を投げつける。


「子供達が頑張って店の経営をしているというのに、その雇い主であるお前がそんなんでどうするんだ! 上に立つ者としての自覚を持て!」

「でも!」

「でもじゃねぇ!」

「ギャン!」


 顔をあげたイルーザの頭にもう一度チョップをかまして黙らせる。

 あれだけの剣幕を押し付けられるものだから何かと思ったが、ふたを開けてみればたわいもない物だ……焦って損をした。


 ま、商品が動くからイルーザは働かざるを得なくなっているようなので、それがいい薬になってくれていることを願おう。

 まったく……これでは子供達の誰かを店主にしたほうがいい気がしてきたぞ……。


「はぁ……くだらんことに時間を使った……」

「私にとっては大問題なんですけど!?」

「いい加減にしないと斬るぞ」


 鋭水流剣を作り出してイルーザの顔の近くに寄せる。

 武器と俺の圧を感じ取ったイルーザは、顔を青くして大きく後ずさって謝った。


「……す、すいましぇん……」

「よろしい」


 今のこの店であれば、イルーザがいなくても何とかなるだろうけど、それでも俺が子供達のことを頼んだのはイルーザだ。

 保護者としてしっかり面倒を見てもらいたい。


 というかそもそも、ここに来たのはイルーザの愚痴を聞くために来たのではない。

 そろそろ本題に入らなければウチカゲが先に帰ってきてしまいそうだ。


「よし、じゃあ本題に入ろう。座れ」

「あ、はい」


 おずおずとイルーザは椅子に座った。


 さて、何から聞くか……。まぁ気になっていることから聞いていくのが無難だろう。

 俺は奴隷たちがどうなったかを聞いてみることにした。


「イルーザ、あの奴隷達はどうなった?」

「え、えっと……応錬さんから話を聞いた翌日にはギルドに報告しました。そうすれば私たちの身の安全も保障してくれますし、救助にもいってもらえるかなと思いまして……」

「で、奴隷たちは?」

「えっと……応錬さんが街を出てから二日で調査隊が派遣されたのですが……全員死んでいたそうです」

「……そうか」


 証拠隠滅。そんな言葉が頭の中に浮かび上がった。

 レクアムは俺たちがあの呪いを解くだけの技能か何かを持っているのを少なからず予測していたはずだ。

 もし、あの呪いが解かれて奴隷たちが情報を吐いてしまったのであれば、追手がすぐに来る事を予測した為、口封じのために全員を殺したのだろう。


 奴であればやりそうな手段であるなと考えながら、あいつを殺し損ねなければ、それを防げたかもしれないと後悔した。

 あの時にはすでにもう、間に合わなかったのである。


「奴隷ってのは墓に埋葬されるのか?」

「いえ、適当な穴に放りこまれるか、燃やされて適当な場所に埋められる程度です」


 奴隷に落ちれば墓すらも作ってもらえないらしい。

 同じ人だというのに、その立場だけで死に場すら選べないというのはなんとも残酷なことである。

 本気で人を殺そうとした俺が言えた立場ではないが。


「……じゃあ、ラムリー家はどうなったんだ?」

「ラムリー家にはギルドの調査員が入って調査を実施し、地下を見つけました。非人道的な実験行為をしていたレクアムを匿っていたとして、地位や財産全て没収されて没落貴族に成り下がっていますね」

「当然の報いか」


 ふとガロット王国の元王と、ラッドを思い出した。

 あの二人も没落貴族のような生活をしているのだろうかと思うと少し笑えるが、それだけのことをしてきたのだからそれも当然だ。


「レクアムは?」

「逃げたって聞いてます」


 あれがそう簡単に捕まるはずもないか……。

 さて、後聞くことは……。


「ドルチェは息災か?」

「ええ。今でも頑張っているみたいですよ? 今では孤児院に資金を少なからず提供しているとか」

「相変わらずだな。あれだけ孤児院のことを悪く言っていたのに」

「そうは言っていても、孤児院以外に気軽に子供を奴隷以外の目的で引き取ってくれる所なんてありませんからね」

「そうだな」


 ドルチェはドルチェで意外と頑張っているようだ。

 あの時手伝うって約束してしまったし、また一度会いに行ったほうがいいだろう。


「あ、そういえば……アレナちゃんとサテラちゃんはどうしたんですか?」

「サテラは故郷に戻って復興のために力を注ぐらしい。アレナは冒険者になって故郷を守れる力が欲しいってことだったからついてこさせてるよ。今ではパーティを組んでいる」

「アレナちゃんが?」

「おう。ジグルも頑張っているらしいな」

「あの子はまだEランクですよ」

「……頑張ってんだなぁ……」

「?」


 ジグルがまさか俺たちよりランクが上だとは思わなかった。

 とはいってもFランクなんてすぐに上がるだろうから急ぐ必要は全くないんだけどな。


 ジグルはパーティを組んでいるのだろうか?

 流石にソロで進むなんて危ない真似はしていないと思うが、ランクが上がるのに年齢の制限はないのかと少し心配になる。

 Eランクからは普通に魔物とやり合うことが予測されるし、まだ幼いジグルには少々荷が重いように感じるが……。


「ジグルは大丈夫なのか?」

「冒険者としてはうまくやって行けているようですよ。魔術も教えましたし、その辺の冒険者よりは強いはずです」

「そんな簡単に魔術って扱えるようになるのか?」

「コツさえつかめば……」


 なるほど、魔術とはそういう物なのか。

 ローズの魔術を一度見たが、あの時はイルーザが教えてくれた通りの魔術を展開していたように思える。


 簡単そうには見えるが……まだやってみたことがないのでよくわからない。

 俺は水弾という技能は持っていないので何か別のもので実験してみるしかないからな。


「また今度魔術を教えてくれ。どうにもわからんくてな」

「基礎だけ教えてあげますね。それさえできれば他の物にも代用できますので」

「有難い。じゃ、俺は此処でお暇するよ」

「そうですか。あ、もしジグルを見かけて何か危ないことをしようとしていれば止めてあげてくださいね」

「おうよ。じゃ、ちゃんと仕事しろよ」

「うっ……わ、わかりました……」


 最後にイルーザに釘だけ刺しておいて、俺はイルーザ魔道具店を後にしたのだった。

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