3.66.イルーザ魔道具店
並んでいる最中も、俺の後ろに行列が並び始めていたので、中に入ってもゆっくり話す時間はないだろう。
そんなことを考えていると、店の中に入ることができた。
中を見てみれば、依然来た時と何も変わっていない。
様々な商品が置いてあり、怪しげなものも置いてあるが、特に危険そうではない。
だが唯一変わっていることとすれば……子供達が店の中で商品の説明や、売り子をしているといったところだろうか。
俺はその子達全員に見覚えがあった。
売り子をしている二人の女の子はミナとムーだ。
二人は協力してその仕事を全うしているようで、ミナが商品を袋に詰めている間に、ムーが金額の提示をしてお金を受け取っている。
まだ少したどたどしいが、頑張っている子供をお客達は微笑ましく見守っているのだった。
そしてもう一人、店の中を縦横無尽に駆け回っている小さな少年がいた。ジンだ。
ジンは助けだした子供達の中で最年少であるにもかかわらず、全ての商品の使い方と用途を知っているようで、お客達の質問に的確に答えていた。
小さいのに大したものだとお客達からも褒められているようで、ジンは満足そうだった。
しかしあと一人……確か最年長のジグルが見当たらない。
店の中にはいないのだろうかと少し探している時に、俺に声がかかった。
「お客様、なにかお探しですか?」
声をかけてくれたのは先ほどまで接客をしていたジンだ。
自分から声をかけに行くのは抵抗があるとは思うのだが、それを全く感じさせない丁寧な接客に俺もまた感心してしまった。
だが、俺のことは覚えていないよだった。少し寂しかったというのは内緒だ。
「ジン、久しぶりだな」
「……? えっと……」
「はははは、まあ一日くらいしか一緒に居なかったからな。無理もないか。服装も違うしな。ほら、俺だ。おうれ──」
「あーー! 白い髪のおにいさーん!」
カウンターから大きな声がかかった。
見てみるとミナが仕事を放棄してこちらに走ってきているのが見て取れた。
ムーも俺のことに気が付いているようだったが、お客が目の前にいるためどうしていいかわからずおどおどとしているようだった。
ミナの言葉で、ジンも俺のことを思い出したらしく、ぱーっと笑顔になって飛びついてきた。
それに紛れてミナも飛びついていきそうな勢いだったので、顔を掴んでこれ以上来ないように押さえつける。
「ミナ、まず仕事しなさい」
「ムギギ……」
はて、この子達はこんなにもおてんばだっただろかと思いながら、イルーザの姿を探す。
だがイルーザもジグルと同じくこの店内にはいないようで、見つけることはできなかった。
少し残念そうにしてミナは仕事に戻っていったが、ジンだけはそこに残っていたので話を聞いてみることにした。
「ジン、イルーザとジグルはどこに行った?」
「えーと、先生は店の奥で調合してる。ジグルは冒険者になってお金を稼いでるよ」
「何?」
「この店の用心棒をするんだーって」
「ほお、いい心がけだな」
確かにジグルは結構強気な性格の少年だった。
あの事もあって何か思うことがあったのだろう。
小さな少年が冒険者活動をしていることにいささかの不安を覚えるが、ジグルもこの辺りで活動をしているだろうから、また会う機会もあるだろう。
その時はそれとなく助けてやろうと思う。
「ふむ……イルーザとは今話せるか?」
「えーと……調合中は入るなって言われてるからしばらくは無理だと思う。お仕事が終わるのが夕方だから、その時にもう一度来てくれれば空いてるよ。僕が先生に話をしとくから」
「そうか……ちょっと訳ありでな。早く話を聞きたいからその調合とやらが終わるまでここで待つことにするよ」
「わかった! ジグルも今日帰ってくるからご飯食べようね!」
「時間があればな」
そう口約束をして、俺はその辺の商品を見ておくことにする。
しばらく見ていたが、俺がここにいると子供達が仕事に集中できなくなってしまうようだったので、店の隅にある椅子に腰かけて刀の手入れをすることにした。
流石にこの部屋の中で三尺刀を手入れするのは目立つので、脇差の影大蛇だけを手入れすることにした。
手入れのやり方はあの鍛冶師の鬼から聞いているのでそれとなくできるようにはなっている。
刀身と柄を外し、拭い紙で刀身を拭き取った後に打粉で刀身を軽く叩いてやる。
黒い刀身をみて感嘆の息を漏らしながら、その美しさに見入っていた。
ふと銘の入っている場所を見てみると、確かにそこに影大蛇という銘が入っていた。
これが人の手ではなく、勝手に彫られるというのがなんとも不思議ではあったが、美しい事には変わりがない。
手入れを終え、油を塗ってから刀身を柄に入れ、柄頭を叩いてしっかり深くまで刀身を落とす。
目釘を入れて、しっかりとはまっているかどうか、軽くゆすって確認をした後、刀身を鞘に納めた。
「刀ってのは良いもんだな」
この調子で三尺刀にも手を伸ばそうとしたが、目立つという事を思い出してすっと手を引く。
なので刀を腰に携えることにした。
それと同時に部屋の奥から小柄な人が出てきたのを目で確認する。
その人物は三角帽子を被っており、サイズがあっていないのか時々その帽子を直していた。
「先生、白い髪のお兄ちゃんが来てるよ」
「白い髪……? え?」
そんな会話が聞こえてきたので、あれはイルーザで間違いないと再確認したところで部屋の隅から姿を現す。
出で立ちは全く違うが、イルーザは流石に俺のことを覚えていたようで、目を見開いて驚いていた。
「よう。久しぶりだな」
「応錬さん! 貴方って人は! 一体どうしてくれるんですか!?」
「何が!?」
イルーザは口を開くや否や、俺に謎の責任追及をしはじめた。
全く身に覚えがないので、俺は一歩後ずさってイルーザの剣幕を受け流すかなかったのだが、イルーザはズイッと一歩足を踏み込んでその剣幕を押し付ける。
「な、なんだってんだ」
「ここでは話せません! 来てください!」
イルーザは俺の手を強引に引っ張って店の奥に連れていかれてしまった。
お客は勿論、子供達もその光景をぽかんと見る事しかできず、ばたんという扉の音を最後まで聞いていたのだった。
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