6.8.Side-ウチカゲ-現状


 今までのペース配分など全く無視して、全力で前鬼の里に向かう。

 地面を一度蹴る度に、土がめくれ上がる。


 次第に近づいてくる前鬼の里は、ボロボロになっていた。

 遠目からでもわかる。

 独立して建っている建物が一つもないのだ。


 見える範囲で唯一残っているのは、天守閣ただ一つ。

 それ以外はどこかしらが崩れていたり、斜めになって他の建物にその重みを預けている。

 預けられている建物も、また倒れてしまったりしており、まるでドミノ倒しの様な光景だ。

 それが全ての建物に見て取れる。


 このような光景は見たことが無い。

 まるで、強い風圧で押し倒したかのような壊れ方だ。

 そんな化け物、この辺りにはいないはず。


「…………」


 いやな予感がする。

 見当違いの事であって欲しいと願っている俺がいる。

 だが、一番それに近しい答えを既に持っていた。


 姫様……。

 悪鬼化が進んでしまったのか……?

 今になってどうしてそんなことに?


 応錬様が現れてからという物、その兆候は一切見られなかった。

 涙を流しても尚、姫様は悪鬼化を進めていない。

 これは奇跡にも近しい物であり、以前お会いした時も普通に皆と楽し気に過ごしていたはずだ。


 だが……所詮は奇跡……。

 それが続くほど、甘くは無かったか……。


「デン様!! デン様ー!! 誰かいないか! 俺だ! ウチカゲだ! 誰か何処かにいないかー!?」


 ここにはいつもデンが畑仕事をしていた場所だ。

 稲も作物も、飛ばされてきた瓦礫や木材で潰されてしまっている。

 子供一人居やしない。


 遠くには城下町に入る為の場所が見えた。

 あそこでは双子の鬼が仲良く棍棒を持って門番をしていたが、今はいない。

 それどころか、門であった物すら見当たらなかった。

 根本だけはかろうじて残しているようだが、建物と一緒に何処かに吹き飛ばされている。


 何度か叫んで誰かを呼ぶが、返事は無い。

 畑の前で今の現状を目にしていると、胸がざわついてくる。


 いつもならここで、デンが笑顔で、笑いながら、へらへらと寄ってきては話し相手になってくれていた。

 状況を瞬時に判断し、いつも助けてくれたお方が、今いない。

 それだけでどうしてこんなにも寂しい物なのか。


「頼む……」


 俺はまた走り出し、ボロボロになった前鬼の里の城下町へと足を踏み入れた。


 建物という建物は全て破壊されている……。

 とんでもない力だ。

 小さな力の集まりではなく、強い力一つのせいでこのような惨状になっているに違いない。

 そうでなければこのような壊れ方は……しないはずだ。


 しかしおかしい。

 城下町の中腹まで走ってきているが、怪我人どころか死人も見つからない。

 それに……サレッタナ王国から派遣されたという兵士も……見えない。


 何処に行った……?

 誰か説明してくれ。

 何があったんだ……。

 俺がいない間に、何が起きてこんなことになってしまったのか、誰か説明してくれ……。


 走る速度が遅くなっていく。

 これ以上探しても意味がないのではないだろうか。

 一瞬でもそう思ってしまった自分がいた。


 諦めたくはないが、どう見たって間に合わない。

 何故誰一人いないのだ。

 喰われたのか……?

 連れ去られたのか……?

 ……埋められたのか……?


 考えれば考える程、嫌な方向に思考が持っていかれる。

 それに気が付き、無駄な思考を振り払うが如く頭を強く振った。


「まだだ……! まだ探していない場所はある……! 唯一残っている天守閣……。頼む……頼むぞ……!」


 あの衛兵は二日前の出来事だと言った。

 であれば避難は既に完了しているかもしれない。

 城だ。

 城に行くまでは諦めてはいけない。


 ダンッと地面を蹴って前鬼城へと向かう。

 あの場所にしか望みは無い。

 誰が居るか分からないし、居るかどうかも分からないが、自分の目で確かめるまでは諦めてはいけない。


 その時。


「ぬぉ!!?」


 一瞬前鬼城の一角が光ったかと思えば、雷がこちらに飛んできた。

 ズバンという音と共に、今まさに走ろうとしていた地面が割れる。

 割れた地面から、パリパリと雷は迸っていた。

 これは見たことがある。


「テンダ!!」

「──!」


 声は聞こえない。

 俺の事を発見してくれたようで、すぐに高台から降りてきた。


 ここからであれば俺が走った方が早い。

 テンダもその事は知っているはずだ。

 だが自分からも近づいて、早く接触しようとしているという事が見て取れた。

 余程伝えたいことがあるのだろう。

 この現状を見ればそんなことは分かる事だ。


 ダン、とまた足で地面を蹴って跳躍する。

 石垣を登り、屋根を伝ってテンダの場所まで到着した。


「テンダ!! ッ!?」


 その時、俺が見たテンダは……。

 隻眼だった。

 眼帯もせず、ただ抉り取られた傷を晒し続けている。


 よく片目だけで俺の場所まで攻撃を投げたものだ。

 流石は若大将なだけのことはある。


 俺の姿を見たテンダは、走ってきて服を掴み、縋るようにこう言った。


「ウチカゲ……! ウチカゲ! 応錬様は!! 応錬様は!!?」

「ま、まず何があったのか説明してくれ! これは一体どういうことだ! 何があった! 誰がこのようなことをした!」

「応錬様は……」

「…………来て……いない……」

「っ!!」


 テンダは服を手放し、手を地面に突いて項垂れた。

 こんな姿は見たことが無い。

 いや、見たくもなかった……。


 俺も衛兵から話を聞いて、あの水の玉が壊れた理由を知った。

 テンダたちも賭けだったのだ。

 あれが壊れただけで、来てくれるとは限らない。


 罪悪感だけが残る。

 何故気が付いてやれなかったのか……。


「テンダ。もう一度……」

「無理だ……もう遅い……。それに、もうない……」

「無理ではない! 俺は応錬様から姫様にこれを手渡すようにと命じられてここに来た!」


 そう言って、懐から応錬様から託された水の玉を取り出す。

 それを見たテンダは、目に光が戻った。

 希望がまだ残っている。

 それに気が付いたのだろう。


「……という事は……! 応錬様は気が付いてくださっていたのか!」

「そうだ! 壊れた瞬間、水の玉が割れたと言っておられた! 気が付いてくださった! そして今も姫様を気にかけてくださっている! だからこうしてこれを作って頂いた! もう一度壊せば、真意に気が付いてくださるはずだ!!」

「よ、よ! よし!! わかった!」

「だが……俺だけじゃこれは壊せなかった! テンダ! 手伝え!」

「応!!」


 水の玉をポーンと高く上に投げ、俺は数十メートル後退する。

 一方テンダはその場を動かず、握りこぶしを作って構えた。


 水の玉が落ちてくる。

 テンダの頭上付近まで落ちて来た瞬間、テンダは勢いよく腕を振るって目の前に来た水の玉を殴った。

 それに合わせて俺も動き出し、テンダが殴ったと同時に蹴りを入れる。

 鬼の力が双方からぶつかり合い、衝撃波が生まれた。


「『剛力脚』!!」

「『剛力腕』!!」


 ガチン!

 ビキキキ……パァン!!!!


「ぬおぉ!?」

「ぐぬっ!?」


 割れた瞬間、凄まじい圧が俺とテンダに襲い掛かった。

 数メートル程吹き飛ばされ、受け身を取ることが出来ずに体を地面に打ち付ける。

 痛みに顔をしかめながら、何とか上体を起こして立ち上がった。


「応錬様……頼みましたよ……!」


 ウチカゲとテンダは、応錬が来てくれることを切に願ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る