10.22.解呪と制限


「ヘハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

「はっはっはっはっはっはっは!!!!」

「はははははははははははは!!!!」


 酷い笑い声が耳に響いて来る。

 下卑た笑いというのはこういうのを指すのだろう。

 球の姿から人の形を成した声たちは、腹を抱えて今も尚笑っている。


 飾りつけの多い白い服を着た天の声。

 優しそうな表情は何処へやら、今は狂気的な笑みを浮かべこの現状に大いに満足しているようだった。


 黒い服をベースにベルトやバンドを巻き付けている地の声。

 恰好は零漸に似ているが、長く伸ばした髪がベルトに絡みついている。

 一度姿を目にしたことのある零漸は、以前出会った時とは比べ物にならない変わりように呆然としていた。


 牧師の様な格好をしている陸の声。

 初老ではあるが、顔を歪めて大笑いをする彼は酷い不気味さを醸し出している。


 誰もが三人に目をくぎ付けにしていた。

 吹き飛ばされたり、何とかその場で耐え抜いた者たちも同様だ。

 遠くまで聞こえる笑い声の主が、宙を飛んでいる。

 それだけで目立つのには十分だろう。


「はははは!! ついにこの時が来た! よーくやった雑魚共! 私を顕現させるためによく悪魔を邪魔し続けてくれた!! ははははははは!! 日輪とは違って魔力量を増やしておいてよかったなぁ!!」

「まったくじゃ!! 今回・・は四人……もう全員が顕現した!」

「あぁ~あ、長かったねぇ~。天使たちのお陰だねぇ」


 目的を達成することができてテンションが上がっているのか、大声で話している。

 もう自分たちが悪だと公言しているが……それだけ自分の力に自信があるのだろう。

 誰にも邪魔されない程の力が、あいつらにはあるんだろう……。


 ……待て。

 今回……って、どういうことだ?


「……ぅぐ……」

「! おい悪魔! マナだっけか!? 大丈夫か!?」

「治療してくれたのね。ありがとう……」

「おい、あいつら今回は四人顕現したって言ったぞ。どういう意味だ?」

「……」


 マナは何かを考えていた。

 それに気付いて俺はしまったと心の中で呟く。


 呪いを発動させないように、言葉を選んでいるのだ。

 迂闊に質問してはいけないんだった……。


「あ、もう何をしゃべってもいいよ~。君たちの呪いは解いたから」

「……」

「うわぁ~怖い睨むなよー。本当だよー。だってもう呪ってても意味ないからね~」


 天の声がけらけら笑いながら、俺たちの会話に首を突っ込んできた。

 鋭い目つきで睨み、マナは立ち上がる。

 槍を持ち上げてその切っ先を向けたが、先ほどの攻撃でぽっきりと折れてしまっていた。

 すぐに捨て、再び魔道具袋から新しい槍を取り出して構え直す。


「……声ぇ……!!」

「ほーらね? 私の名前を呼んでも発動しないだろう? さぁもっと喜んでいいんだぞ! もう頭を使って言葉を選ばなくでもいいんだからねえ!」

「貴様のせいで……どれだけの同胞が……死んだと思っている!!」

「呪いを解除できない君たちが悪い。弱い君たちが悪いのさ。それに生かしているだけ有難いと思ってもらわないと! ま、あの時の私には悪魔を全て殺すことはできなかった。殺しちゃいけないっていう理由もあったんだけどね~」


 悪魔に呪いをかけたのはやっぱりこいつだったのか……。

 本当に神らしい力は持っているらしいな。


「あ、それとそれと」


 天の声が人差し指を立てた。

 次の瞬間には、俺の目の前にいた。


「は──?」

「君の奥義、強すぎるから制限かけるね」


 額を指で弾かれた。

 たったそれだけだったのだが、その威力は有り得ない程に強力な物だった。

 一瞬で視界が何度も何度も回転し、どちらが上なのか分からない。

 俺は何度も地面をバウンドして遠くへと転がっていく。


「兄貴!!?」

「「応錬様!!?」」 

「貴様ああああ!!」


 マナが槍を振るう。

 だがそれは簡単に受け止められてしまった。

 余裕そうにしていた声は、マナの目を見る。


 しかし、そこにマナはいなかった。

 おやと思って首を傾げると、後方から気配がしたのでそのまま握っていた槍を後ろへと突く。

 だがそこにもいなかった。


「ああ、狙いはこっちか」


 槍を片手で折る。

 軽くなった柄を思いっきり横に振るうと、マナの腹部に直撃する。

 手を伸ばして体に触れようとしていたらしいが、結局吹き飛ばされて振出しに戻った。


 ガガガガガガッ!!

 地面に爪を立てて勢いを殺す。

 なんとか止まって足を踏み込んだが、腹部の激痛に耐えかねて膝を落としてしまった。


「カッハ……!」

「ん~、まだ体が慣れないなぁ~。よぅし! いっちょパフォーマンスといこう!!」


 天の声は浮遊し、二人の元へと戻った。

 パンッと手を叩き片手をガロット王国へと向ける。


「!! やめッ……グゥウウゥ……!!」

「ウチカゲ!」

「応!!」


 テンダとウチカゲが踏み込む。

 そのあと後方からアレナが技能を使った。


「『重加重』!!」

「おや?」


 三人の声の体が重くなる。

 だが浮遊はそのまましており、たいした効果はなさそうだった。


 それでも構わないと、テンダとウチカゲは跳躍して声に武器を振りかぶる。


「鬼人舞踊・薪割り!!」

「鬼人闇影……熊の手!!」


 テンダは朝顔で、ウチカゲは闇を熊手の形にしてそれを天の声へとぶつけた。

 振り抜いたその攻撃は見事天の声へと命中し、周囲に爆風を引き起こす。

 しっかりとした手応えもあった。


 先ほどマナとやり合っていた天の声を見て、出し惜しみをしている暇はないと既に全力を出している。

 これが通じなければ自分たちに成す術はない。

 だが手応えがあったので、何とか戦えると二人は少し安堵した。


「チィ……なんで鬼人から進化した鬼がいるんだ……。それに鬼人舞踊? 煩わしい……!」

「「なっ」」


 二人の攻撃は、謎の半透明の壁に防がれていた。

 傷はついているが、破壊するまでには至っていない。


「邪魔だ!!」


 天の声が初めて顔色を変えた。

 渾身の力を込めて腕を振るう。

 すると簡単に二人は吹き飛ばされ、更には地上にも爆風が再び襲ってきた。


 零漸たちは何とか耐えたが、テンダとウチカゲは地面に叩きつけられ、アレナはその爆風で遠くに吹き飛ばされてしまう。

 

「おお、おお~。あまがそんなに怒るとはね」

「黙っていろろく。もとはといえばお前が一人で突っ走って撃退されたから、こんなことになっていることを忘れるな」

「す、すまん……」

「興も削がれて腹立たしい。さっさと消す」


 天の声は再びガロット王国へと手を向けた。

 力加減の練習として、誰も居なくなった都市は良い役割を果たすだろう。


 ボッ。

 グゴゴゴ……。

 ゴゴガラガラガラガラガラ。


 ガロッド王国が………………押しつぶされていく。

 城壁は崩れ、家屋は潰れて地面にめり込んだ。

 それは城も同様であり、同じ様に瓦解して地面へと沈んでいく。


 すべてが地面に沈むのは、一分も経たなかった。

 今そこにあるのは、まっさらな更地。

 元からガロット王国という都市など無かったと言わんばかりに、静寂がその場を支配した。


 その様子を、前ガロット王国国民は黙って見ているしかなかった。

 幸いにして国に人はいなかったが、それだけである。

 生活に必要な物を置いてきている者も多い。

 お金だって隠していたかもしれない。


 だがそんなことより、今目の前にいるあの存在の圧倒的な力が恐ろしくてたまらなかった。

 あれなはんなのか。

 一体誰なのか、そもそも人間なのか。

 ただ分かるのは、得体の知れない自分たちと同じ姿をしている人物がガロット王国を破壊したという事実のみ。


「ふーん、これだけしかないのか」

「悪魔に斬られ続けたからね。もう少し時間が経たないと元の力は使えないさ」

「ああ、なるほどね。そういえばくうは?」

「あそこ」


 地の声が指を指す。

 そこには仰向けの状態で飛んできている空の声の姿があった。

 眠そうな顔で近づいてきて、ずいっと天の声に顔を近づける。


「……ここは天に任せるよ。鬼がいたら昼寝もできない……」

「うん、了解だ。私も始末しておこうと思ったんだよね」

「んじゃ~……後は宜しくぅ~」


 大きな欠伸をした後、溶けるように消えてしまった。

 地の声も地面に降りると、沈んでいなくなってしまう。

 陸の声はワープゲートの様な物を作り出して逃げた。


 それを見たマナが槍を投げるが、当たる直前で地面に沈み切ってしまった。

 動いたことで再び激痛が走ったのか、腹を抱えて倒れてしまう。


「くそ……くそう……!!」


 地面を叩く。

 四人同時に顕現してしまったら、もう手が付けられない。

 まだ天の声が残っているが、一体だけでも勝てる見込みは少なかった。


 昔であれば……そうはならなかっただろうが。


「治療してもくそいてぇ……。つーかどこ行きやがった他の奴……」

「大丈夫か応錬」

「! ダチア!!」


 吹き飛ばされた二人が、何とかこちらに戻ってきた。

 治療も済ませているので、戦える準備はできている。


 あの野郎……思いっきり吹き飛ばしやがって……。

 頭割れるかと思ったぞ。

 防御力高くなっててよかったよ本当に。


「兄貴ー!」

「零漸、無事か」

「もう痛みには慣れたっす!」

「……二人とも、戦うつもりなのか」

「俺らが持ってきた元凶だからな。俺らが戦わないわけにはいかないだろう」

「……日輪も全く同じことを言ったぞ」


 へぇ、そうなのか。

 ……てことはあいつら一回声と戦ったことあるのかよ。

 すげぇな……。


「おーい、僕らを忘れるんじゃねぇよ」

「えー……ティック、カルナ。マジで戦う気っすか?」

「あったりめぇよ! お前らだけじゃ無理そうだから! この僕が助太刀しようっていうんだから、ありがたく思え!」

「ティックがいるなら百人力っすねー」

「おい、棒読みじゃねぇか」


 こいつら……ガロット王国が沈んだの見てるよな……。

 なのに戦おうってすごいぞ。

 あいつの力がどれだけのものか、完全には分かっちゃいないんだ。

 とんでもない芸当ができる可能性もある。

 だから危険極まりないが……。


 一緒に戦ってくれるっていう奴がいるだけで、こんなに安心できるもんなんだな。


「治療はする。でも突っ込みすぎないでくれよ? 回復できなくなるからな」

「応錬みたいに素直になれよな零漸っ! じゃ、僕は援護するぜ! カルナは?」

「私は行動を制限する。前に出るよ」

「人間の団結力は嫌いではない……。まぁ精々死なないことだ」

「なんかとんでもない組み合わせっすね……。人に悪魔に魔物って……」


 確かにな……。

 こんなことになるなんて考えたこともなかった。

 でもまぁ、心強い。


 天の声はこちらを見た。

 狂気的な笑みを浮かべて、手を大きく広げる。


「鬼の前に、まずは君たちだ」

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